決着と新しい日々のはじまり
「――こんにちは。聖女様」
立っていたエリセはそう言うと蠱惑的に微笑んだ。
さも、近所で会ったかのような軽い挨拶に、私は顔を歪めた。
「残念ね。今度はお兄様を殺さずに済んで」
その言葉に私は目を大きく見開く。
まさか、彼女も記憶を……?
「あなたも記憶があるの?」
「えぇ、不思議なことにね。神の仕業なのかしら……? まぁ、どうでもいいわ。私の野望は変らないし」
「あなたの野望ってなに? 自分の息子を王にすること?」
そう尋ねれば、彼女は眉を顰める。
「息子……? あぁ、ニヒルのことね。あの子は、孤児院から引き取ったの。魔力が強いから役に立ちそうだったから」
ということは、やはり魔力を意図的に隠していたのか。
「まぁ、ニヒルのおかげで貴方のお父様が引っかかったけど。家族に強い憧れを持っていたようね。私達を本当の家族と思っているわ」
「父は操られているわけではないのね」
心のどこかでは操られていると思っていた。
今までの冷たさもエリセの魔力によってだから仕方ないって。
でも、状況は違っていたみたい。
「ニヒルではなく、私がこの世界のすべてを手に入れ王になるの。世界は全部私のもの。聖女なんだからそれくらいいいでしょ? こんなにすごい力があるなら利用するべきだもの。私はそのために生き返ったんだから。ふふっ、生前に錬金術を学んでおいてよかったわ」
「申し訳ないけど阻止するわ」
私が剣を抜けば、彼女は大げさにため息を吐き出す。
「その剣、まだ残っていたの? 私、嫌いなのよね。その剣」
「でしょうね」
エリセが忌々しそうに私が構えている剣を見ている理由を知っている。
彼女はこの剣で殺されているからだ。
「ほんと、嫌い。その剣」
彼女は右手を掲げて詠唱を唱えれば、黒い霧のようなものが現れだす。やがてそれは細めの剣になった。
「ねぇ、消えて。聖女様」
「それはこちらの台詞です」
エリセが獲物を捕らえた肉食獣のように一直線にこちらに駆け出すと、私に向って斬りかかる。
それを自分が持っていた剣で受け止めれば、再度彼女が剣を大きく振り上げた。
こちらに攻撃をする間を与えることなく、エリセは何度も剣を振り下ろしてくるので、私は防御するだけで精一杯になってしまう。
森に金属音が響き渡る中、私は隙ができるのを待っていた。
けれども、なかなか隙なんてできるもんじゃない。
もしかしたら、エリセは私の体力の消耗を狙っているのかも。
……短時間で決めた方がいいわね。
「神から授かりし聖なる力を持って我を守りたまえ」
私はエリセの剣を避けながら詠唱を唱えれば、白い霧が辺り一面に出現。
霧はだんだんと濃くなっていき、お互いの姿が見えないくらいにまでなっていく。
「あら? 霧で姿を隠して逃げるつもり? そんなのつまらないわ」
エリセはそう言った。
逃げるつもりなんてない。
それに彼女も私の姿は見えないけど、気配くらいわかるだろう。
逃げようとすれば追いかけてくるはずだ。
私は小声で詠唱を唱えると、手に光の粒子が集まった。
やがてそれは弓の形になり、私の手中におさまる。
「光の弓よ。我の敵を貫け」
私が彼女に向って矢を放てば、彼女の気配が一瞬消えた。
かと思えば、何の前触れもなく後方に彼女の笑い声が聞こえた。
「早い……っ!」
すぐさま反応して振り向けば、彼女が私に向って剣を振り下ろしている途中だった。
まるでスローモーションのようにゆっくりと見える。
「バイバイ、聖女様」
私は弓矢を捨てるとかがみ込み、カシュクールワンピースの生地が重なっている部分に手を入れる。
事前に仕込んでいたナイフをつかみ、エリセの胸元に刺す。
手に二度と感じたくないような感触が伝わった瞬間、「えっ……」という彼女の呟きが聞こえた。
エリセは私の声に反応することなく目を大きく見開きながら、己の胸元を見ていた。
胸元には刻印が施されたナイフが刺さっているんだけど、彼女が死体だからか血が一滴も流れていない。
エリセの胸に刺さっているのは、私が朝晩祈りを捧げて清めたナイフだ。
彼女が死体と聞いてから文献をいろいろ読み武器を作りあげた。
「さようなら。お父様もニヒルも間もなく貴方と同じ場所に向うでしょう」
そんな私の呟きが終わらないうちに、彼女の体は灰と化し、風に乗って消えていった。
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澄み渡った青空の下。
私はたくさんのお花に囲まれた墓石の前に立っていた。
私の隣にはお兄様が立ち、祈りを捧げている。
このお墓はお母様のお墓だ。
本来は代々王族ゆかりの墓地があるんだけど、お兄様がお母様の大好きだった湖の近くにお墓をたてた。
すべてのしがらみから自由になってゆっくり休んで欲しいという願いを込めて……
「お母様。全て終わりました。お父様のことも」
あの後。お父様もニヒルも捕まり、法にのっとり処刑された。
元皇帝の反乱のせいで王都は大荒れだったけど、これで不安要素がなくなり、本当の意味でも国内が安定するだろう。
「お兄様。お疲れではありませんか?」
「多少はな……このままルナと数日旅行に行きたいよ」
隣にいるお兄様は遠い目をしながら言う。
無理もないかも。
今まで机の上に書類が山積みになっていて大変だなぁと思っていたけど、残務処理で書類が部屋中に広がったから。
急遽テーブルが運ばれ、そこに書類が束になっている。
たしかに帰りたくなくなるよね……
「フレッド様が今日はお兄様とゆっくり過ごして来て下さいっておっしゃっていましたわ」
「あぁ。俺もそう言われている」
「では、森の離宮に戻ってお茶でもしましょうか?」
そう言った時だった。
辺り一面に大きな影がさしたのは。
雨雲……? さっきまで天気良かったのに。
ゆっくり顔を空に向ければ、白竜に乗ったレオ様の姿が。
彼は私達に向って大きく手を振っている。
「レオ様ですわ、お兄様」
「来たな、邪魔者め」
相変わらずなお兄様の態度に私は苦笑いをしてしまう。
「こんにちは、ルナ。お兄さん」
竜が地上に降り立てば、レオ様が私達の元へやって来た。
お兄様はレオ様の挨拶に対して、腕を組み彼を見下ろす。
「俺はおまえの兄じゃない」
「もうすぐなので同じですよ」
レオ様がそう言うと、にっこりと笑う。
もうすぐとレオ様が言っているけど、正確には三年後だ。
今回の件によって、お兄様がようやく結婚を認めてくれた。
ただし、三年後という条件付き。
なので、私達は三年掛けてゆっくりと式の準備をしていく。
「三年後も同じ気持ちでいられるか見てやる」
「言わずもがなだと思いますよ。僕は永遠にルナを愛し続けますので」
そう言うと、レオ様は私の手に触れた。
けれども、すぐにお兄様の手によって離されてしまう。
「気安く触るな」
「もしかしてお兄さんも俺と手を繋ぎたいんですか?」
「……寒気がする」
お兄様は若干引きながらレオ様を見た。
「お二人とも、いいかげんにして下さい。仲良く三人で離宮に戻りましょう」
私は右手でお兄様の手を握ると、左手でレオ様の手を握る。
レオ様は一瞬目を大きく見開いたけれども、すぐに微笑んだ。
でも、お兄様は苦い顔をしたままだった。
私が過去に戻ってやり直した理由は未だにわからない。
でも、大切な二人が傍にいてくれるし幸せだからループできて最良の結末だと思った。
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