エリセの正体
「まさか、ニヒルがルナの夢に……」
レオ様は私の話を聞き終えると、顎に手を添え思案し始めた。
周りの騎士達もレオ様と一緒に話を聞いていたのでざわめいている。
時折、深刻そうな顔をしたまま何か話しているみたい。
「しかも、ルナと結婚するつもりだとは。癪にさわる」
レオ様はそう言うと、お兄様のように禍々しいオーラを纏う。
目を細めて口元を歪め不快感を露わにしている。
――こういうレオ様を見たのは初めてだわ。
「竜王様。ニヒルはまた聖女様の前に現れますよね? 『もうすぐ会える』って言っていたそうですし」
騎士がレオ様に尋ねれば、彼が強く頷く。
「だろうね。まぁ、来たら叩き潰すけど」
「陛下への連絡はどうしましょうか? フレッド様は知らせたら陛下が駆けつけるからしなくてもいいとおっしゃっていますが……」
「僕もそれでいいと思うよ。ニヒルがすぐに来るってことはないから。すぐに会うつもりならわざわざ夢になんて現れない。それに今夜は僕がルナの傍にいるから心配ないし。外には竜達もいる。どうやら僕の存在が彼にとって邪魔らしいからね」
「しかし、どうやって他人の夢に入ってきたんでしょうか」
騎士が何気なく零した台詞に全員が無言になった。
――ニヒルと初めて会った時、特別な魔力を持っているようには感じなかったわ。でも、ただ隠しているだけだったのかもしれない。
私の悩みが増えた瞬間だった。
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翌日。レオ様と一緒に帰国したお兄様の出迎えをすれば、お兄様が「まだいたのか」という表情を浮かべた。
けれども、すぐに私の方へ視線を向けると顔を顰める。
「ルナ、どうした? 顔色がすぐれない」
昨夜はレオ様が一緒にいてくれたけど、全然眠れなかった。
ニヒルのことが原因で食事もあまり喉に通らなかったので、ちょっと疲れがたまっているのかもしれない。
朝の身支度の時間には、特に顔色が悪いと思わなかったんだけれども……
「お兄様。お話が……」
「なにかあったんだな」
お兄様は神妙な面持ちで私を見た。
「はい」
私が頷けば、お兄様が目を細めてフレッド様の方へ顔を向ける。
「俺に知らせが来ていないぞ」
「戻ってからで構わないと俺が判断したんだ。あいつはまだここまで来ないだろうから」
「誰が?」
「……詳しくは中で」
フレッド様に促され、お兄様が踏み出した。
場所を変え、私達は会議室へ。
お兄様の執務室かな? と思ったけど、以外と人数が多いので会議室だったのだろう。
私とお兄様が隣同士に座り、テーブル越しにレオ様とフレッド様が座っている。
その周りには騎士達の姿があった。
テーブルの上にはメイドが用意したお茶があるけど、誰も手をつけていない。
レオ様とフレッド様の口からお兄様へと伝えられるのは深夜の出来事。
話が進むにつれ、お兄様の眉間に深い皺が刻まれていく。
「……本当にろくでもない奴らだな」
お兄様が舌打ちをすると、椅子の背もたれに深く身を沈める。
お父様達の呪縛から早く解放されたい。
きっと、お兄様はそう思っているだろう。
「しかし、ルナの夢に入るとはニヒルは何者なんだ? 特別魔力が強いという感じはしなかった。むしろ、魔力の欠片も感じなかったぞ」
「私もお兄様と同様です。もしかしたら隠していただけかもしれません」
「一番怪しいのはあの女だよな……エリセは調べても過去が全く出て来なかったし」
「もしかしてお父様はエリセに操られているのでしょうか?」
「どうだろうな。どちらにせよ、邪魔であることには変わりない」
お兄様がきっぱり言った時だった。
部屋をノックする音が届いたのは。
誰だろう? と首を傾げている間にお兄様が返事をしたので、扉がキィという音を鳴らして開く。
すると、そこに立っていたのはルビナスだった。
彼は手に書類と共に麻布のようなものを持っている。
「おかえり、ルビナス」
「ただいま戻りました。聖女様」
私の挨拶にルビナスが微笑みながら言う。
ルビナスは数日前から外出中でいつ戻るか不明だったんだけど、用事が終わったのか戻って来たみたい。
「部下から聞きました。ニヒルの件。実は陛下達に見ていただきたいものがありまして……」
ルビナスは手にしていた麻布をテーブル上に置くと、何か取り出していく。
それは割れた鏡と破かれた紙だった。
紙には赤いインクで文字が書かれているみたい。
「なんだ? これは」
「前皇帝……ベラノ達が隠れていたと思われる屋敷から発見されたものです。かなり古い術式なんですが他人の夢に入る術式に使われたものです」
「他人の夢……」
私達は顔を見合わせた。
もしかして、使用者はニヒル?
「で? ベラノ達を捕らえたのか?」
「いえ。もぬけの殻でした。ですが、これ以外にも情報を得ました。こちらの書類を見て下さい。今朝、大聖堂から送られてきたエリセに関する書類なんです」
お兄様が書類に手を伸ばして眺めれば、目を大きく見開く。
かと思えば、すぐさまルビナスの方を見た。
「あの女……エリセはもう死んでいる者なのか!」
「もう死んでいるってどういう意味なんですか、お兄さん」
「エリセの正体は、四代目の聖女・クラウディだそうだ」
「クラウディって、前にルビナスに聞いたあの消された聖女の?」
ずいぶん前のことだけど、聖女に関する本を読んでいて四代目が抜けていたのが気になったことがあった。
その時にルビナスに彼女のことを聞いたことがあったんだけど……
まさか、エリセがクラウディだなんて。
彼女は三百年前くらいの人なのに。
「えぇ、あの聖女です。彼女は己の私利私欲のために世界を破滅に導こうとしたため、当時の教皇様の手により討伐されました。ベラノ達の目撃情報があった場所の共通点を探したら、クラウディに関する場所だったんです。それで、彼女の墓に行き棺桶を掘り起こしたら遺体が無くなっていました」
「なぜ棺桶を掘り起こしたんだ?」
「大聖堂でクラウディに関する資料を読みあさり、彼女が錬金術に精通していることを知ったんです。もしかしたら、何かしらの術で生き返った可能性もあるかもしれないと……」
「あれ? ルビナス、前にクラウディの資料は破棄されたって言ってなかったっけ?」
「大聖堂なら話は別です。特別な者しか入れない書庫があるんですよ。そこになら残されています……まぁ、書庫で調べ物している段階では死者が蘇るなんて思っていませんでした。ですが、彼女の肖像画を見て確信しました。彼女はクラウディです」
「似ていたのか」
「いいえ。そのままの姿でした」
話を聞いたお兄様は深いため息を漏らす。
「なんとも面倒な話になったな」
「そうですね」
「その女の目的はなんだ?」
「生前果たせなかった目的のためでしょうね。きっと、世界を自分の者にしたいんだと思います。最初はこの国をニヒルに継がせて……と考えていたのかもしれませんが、陛下がいるのでそれが不可能になった。聖女様もいますし。おそらく、邪魔な陛下と聖女様を狙うでしょう」
ルビナスの話を聞くとなんとなくわかった気がする。
私が前に殺された理由が。
きっとクラウディの手の者だったんだろう。
そして、お兄様の暴走は彼女が原因だったのかも。
例えば、私が前に浄化したあの黒い杭の影響とか。
「襲撃してくるのを待っているだけしかできないのか?」
お兄様の問いに対して、ルビナスが首を左右に振った。
「いえ。文献を読んで彼女の力は満月の夜に高まることが判明しました。ですので、仕掛けるから満月の夜。あと12日後ですね」
12日後……長いようで短い準備期間だと思った。
ルビナスにクラウディのことを教えて貰って対策を取らないと!
私は拳を握りしめて気合いを入れた。




