夢の中に現れたニヒル
楽しい時間はあっという間で、もう外は真っ暗になっていた。
夕食などを済ませているのであとは寝るだけなんだけど、私とレオ様はまだ話し足りないので部屋でおしゃべりをしていた。
「聖女様。そろそろお休みの時間です」
「えっ、もう?」
騎士に促され、私はティーカップに伸ばしかけた手を止める。
楽しい時間はあっという間だ。
――もう少し一緒にいたいけど、騎士達に迷惑かけちゃうもんなぁ。
私とレオ様は立ち上がると、それぞれの部屋で休むために廊下に出た。
「――しかし、毎回騎士の数すごいよね。そんなに見張ってなくても大丈夫だよ。ルナの部屋に侵入なんてしないから」
レオ様は廊下に整列している騎士達を見ながら笑った。
騎士達の傍には、今夜レオ様が宿泊するゲストルームへ通じる扉が。
ちなみにレオ様が部屋で休んでいる間も夜通しで見張っているみたい。
「聖女様に何かあったら、俺達が陛下に確実に殺されますので」
騎士達が真顔で言えば、レオ様が苦笑いを浮かべる。
「お兄さん、怖いよね」
「怖いってもんじゃありませんって! 竜王様だから怖いで済んでいるんですよ」
「確かに」
レオ様がクスクスと笑った。
「では、聖女様。そろそろお部屋に」
「はい」
騎士達に促されたので、私はレオ様の前に立った。
「レオ様。おやすみなさい」
「おやすみ。夢の中でも君に会いたいなぁ」
そう言うとレオ様が私を抱きしめる。
突然の出来事のうえ、騎士達が見ていることもあり、私は顔が熱くなった。
「……ねぇ。何もしないからルナと一緒に寝てもいい?」
ちらりとレオ様が騎士達の方を見れば、彼らが首を大きく左右に振りながら絶叫に近い声音を上げる。
「それ、俺達に言って許可おりると思ったんですかっ!? 許可したら、俺達が陛下に首と胴をバラバラにされますって!」
「……仕方ない。今日は我慢しておこう」
「今日も明日もやめて下さい。まず陛下を説得して下さいよ」
「説得しているんだけどね。ほら、お兄さん、重度のシスコンだから。うちや他国からの縁談を全部スルーしているでしょ? ルナを守るのが優先って。僕がいるから安心なんだけどなぁ」
「仕方ないですよ。陛下が置かれていた環境が環境ですから。ご存じですよね?前皇帝陛下の件を。陛下にとってたった一人の肉親が聖女様なんです。しかも、幼い頃に神殿に連れていかれバラバラに育ちましたし」
「わかっているよ。お兄さんにとってルナがどんなに大事なのか。まぁ、諦めずに説得するよ。ルナにとってもお兄さんは大切な家族だし」
そう言ってレオ様が私の肩を抱いた。
お兄様とレオ様は良好という間柄ではないけど、そんな風に考えてくれていたのが嬉しい。
お兄様もなんだかんだ言っても、レオ様のことを城内に入れてくれている。
本当に嫌なら入れることすらしないだろうし、お兄様なら力で追い出すことだって可能なはずだ。
「……レオ様。ありがとうございます」
「いいよ、君の家族は僕の家族でもあるんだから」
「お兄様のことも考えて下さって嬉しいです」
微笑みながらレオ様の腕にしがみつけば、彼が固まってしまう。
まるでブリキの人形のようにぎこちなく騎士達の方を見ると口を開く。
「どうしよう。あまりの可愛さに前言撤回して二人で竜に乗って駆け落ちしたくなった」
「やめて下さいよ!? 絶対に。両国間の騒動では済まされなくなるんですから。お二人は竜王と聖女なんですよ!」
「冗談だよ」
「竜王様が言うと冗談に聞こえないんですよ……」
大きく肩を落とす騎士達を見て「ごめん。ごめん」とレオ様が言った。
「じゃあ、そろそろ休もうかな。ルナ、お休み」
「はい。おやす――」
突然、頬に落ちた柔らかい感覚に私の言葉が途切れてしまう。
真っ白だった頭がだんだんとクリアになっていき、レオ様が私の頬に口づけを落としたと知った時。
私の体温は急激に高くなった。
「俺達はなにも見てない。なにも見てない」と呪文のように繰り返す騎士達の傍で、レオ様が手を振ると部屋に入って行った。
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+
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「……もう少し一緒にいたかったなぁ」
私はベッドの上で頬を押えながら呟く。
レオ様と別れた後。私は自室へ向った。
もう少しレオ様と話をしたかったのでちょっとだけ名残惜しい。
もう夜も遅いから仕方がないことだけど……
早く明日にならないかなと思いながら、ベッドの中に入って瞼を閉じる。
「夢に出て来て欲しいわ」
レオ様が夢でも私に会いたいって言ってくれたように、私もレオ様に会いたい。
どうか、レオ様が夢に現れますようにと願いながら、私は眠りについた。
眠りが浅かったのだろうか、「眠ったのかな?」と感じてから時間があまり経たないうちに目が覚めてしまう。
時刻を確認しようとゆっくり瞼を開けると、信じられない光景が広がった。
「えっ」
ついさっきまで自室で休んでいたはずなのに、気がつけば花畑のど真ん中で眠っていたらしい。
「しかも、この花って……フランの花だわ」
辺りを見回せば、数年前にお兄様に連れて行って貰ったフランが咲き誇る丘だった。
あぁ、これは夢かぁ。
気がついたらフランの丘で眠っているなんてあるはずがない。
それに、フランの花の時期はもうとっくに終わっているし。
「とっても懐かしい……また見に行きたいなぁ」
あの時、久しぶりにお父様に会ったのよね。
あと、初めてニヒル達にも。
お父様達、まだ見つからないけど一体どこに隠れているんだろう?
そんなことを思っていると、「ルナ」と背後から声を掛けられた。
聞き覚えのない声だったため、私は首を傾げながら振り向くと一人の青年が立っていた。
年は私と同じ年くらいだろうか。
彼は不思議そうに見ている私を喉で笑っている。
「僕だよ。ニヒル」
「えっ……」
私は目を極限まで見開く。
あの頃と違って声は低くなり、身長も大きくなっている。
月日がだいぶ経っているから当然だけれども……
「やっと君の夢に干渉できた。何度もチャレンジしたんだけど、できなかったんだよねー。さすが聖女」
明るい声を上げて笑っているけど、目が笑っていないのが怖い。
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
あの頃もニヒルの存在が怖かったけど、それはいまでも変っていなかった。
「あの頃よりももっと可愛くなったね!」
ニヒルがゆっくりと近づき、私の前に立つと手を伸ばし、私の手首を掴むとじっと見た。
「細くて折れそうだ」
手首を強めに握られ、私は痛みで顔を歪めてしまう。
今すぐ振りほどいて逃げ出したいのに、彼の力が強くて逃げられない。
「あー、早く君を手に入れたいなぁ。君との結婚式が楽しみ」
「結婚? 私は貴方とは結婚しないわ」
「するんだよ。僕と。だって、初めて君に会った時に決めたんだから。僕は将来、皇帝になる男だよ。皇帝は欲しいものはなんでも手に入る。そうお父様が言ったんだ」
ニヒルはそう言うと右手を伸ばして私の頬に触った。
冷たい手がなぞるように滑り唇に触れ、私は視界が滲んでいく。
――触られたくない!
腕に力を込めて動かそうとするが振りほどけず。
いっそのこと、蹴りを! と足を動かしかければ、「はぁ」という深いため息が聞こえた。
ニヒルは顔を歪めると天を見上げる。
「ほんと、邪魔。あの竜王」
そう吐き捨てると、私から手を離した。
「ルナ。残念だけど、今日はここまでみたい。でも、安心して。もうすぐ会えるから」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。次に会う時、君は僕のものだ。じゃあ、それまでバイバイ」
ニヒルが小さく手を振った瞬間。私の視界が真っ黒に染められてしまう。
次に感じたのは、強く体を揺さぶられる感覚と「ルナ!」と何度も強く呼ぶレオ様の声。
私がゆっくりと瞳を開ければ、必死の形相で私の名前を呼んでいるレオ様の姿があった。
その傍には心配そうに見つめている騎士達の姿も。
「レオ様……?」
「ルナ! 良かった。君が目を覚ましてくれて」
私が起き上がるとレオ様がきつく抱きしめた。
絶対に離さないとでもいうように、強く抱きしめられ困惑してしまう。
そんなに心配をかけるようなことをしてしまったのだろうか。
「竜達が騒いでいるから嫌な予感がしたんだ。君に何かあったんじゃないかって。それで君の部屋を訪ねたんだ。ドアをいくらノックしても反応がないからスペアキーを借りて入れば、君がうなされていて……何度呼んでも目を覚まさないから心配したよ」
「……あぁ、きっと彼のせいかもしれません」
「彼?」
「レオ様。夢でニヒルと会いました」
私はレオ様にしがみつきながら言えば、彼の顔が険しくなった。




