ニヒルの執念
暖かな日差しが入る神殿の書庫にて。
私は数日後に行われるお兄様を皇帝にするための儀式の準備を行っていた。
儀式は私が主となって行うので、いまルビナスに話を聞きながら打ち合わせ中。
テーブルの上にはたくさんの本が積まれ、私はこれを覚えなければならない。
「不足している道具は大聖堂側から借りられるってこと?」
「えぇ。手配済みです」
テーブルを挟んでルビナスと話をしていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
ルビナスが扉の方を見ながら口を開く。
「もしかしたら、マーガレットかもしれませんね。そろそろお茶の時間ですし」
「もうそんな時間?」
私は立ち上がり入室を促す返事をすれば、扉が開きマーガレットが姿を現した。
彼女は困惑気味な表情を浮かべつつ部屋に入ってくると、私達の傍に立った。
何かあったのかな?
「どうかしたの?」
「聖女様。実はトラブルがありまして。またニヒルが……」
その言葉に私とルビナスが顔を見合わせる。
ニヒルと初対面を迎えた後、もう二度と会わないだろうなぁと思ったんだけど、なぜかときどき神殿にやって来るようになってしまったのだ。
どうやら私の事を気に入ったらしく、たびたび面会を求めてくる。
正直、なんで気に入られたのかさっぱり。
心当たりがない上に、私としてはちょっと彼が怖い。
近づいちゃ駄目って本能的に感じるんだよね……
「今日はいつもと違って聖女様に会えるまで帰らないと。居座られても困りますので大神官様が説得にあたっています」
「ありがとう」
私がため息交じりに言えば、ルビナスが心配そうな視線を向けた。
「大丈夫ですか? 聖女様」
「大丈夫。ただ、ちょっと怖いんだよね。ニヒルのことがさ。理由はわからないんだけど……」
「聖女様。絶対にニヒルとは会わないで下さい。もしかしたら、何か感じているのかもしれません。一応、私の方で彼について調べておきます」
「……うん」
「マーガレット。聖女様に美味しいお茶と菓子を。昨日、陛下が届けて下さった菓子があるはずですよね。甘いものをとれば、少しは聖女様の気が紛れるかもしれません」
「畏まりました。今、お持ちいたしますね」
マーガレットは会釈をすると立ち去った。
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ニヒル来訪から数時間後。神殿にお兄様がやって来た。
ニヒルが神殿に来たときにすぐに城に連絡がいったらしいけど、お兄様は留守だったみたい。
城に戻ってニヒルの件を知り、すぐに駆けつけてくれた。
「一体、何を考えているんだ。あいつは」
ソファに座っているお兄様は顔を歪めながら忌々しそうに口にする。
側にいたフレッド様も表情が曇っていた。
二人とも重い雰囲気を纏って腕を組んでいる。
「……よほど聖女様が気に入ったんだろうなぁ」
「冗談じゃない。ルナは俺より弱いやつには渡さない」
お兄様は吐き捨てるように言うと、隣に座っている私のことを抱きしめる。
酷くいらついているらしく、不機嫌そうなオーラ全開だ。
フレッド様はそれを見て苦笑いした。
――ニヒル、また来るのかな?
さすがに私が暮らしている居住エリアまでは入れないから直接会うことはないけど。
「しかし、ルナ様が聖女で良かったな」
「どういう意味だ?」
「ほら、無闇に手をだすことはできないだろ。ほら、あの人たちのことだからニヒルが気に入ったからと無理矢理婚約とかさせそうだし」
「はぁ? まだルナは十二だぞ。まだ婚約なんて早い」
お兄様はフレッド様に対してきっぱりと言う。
「貴族の中には、婚約をしている人もいるぞ? まぁ、聖女様と婚約できるのは竜王様くらいだから普通の貴族や王族では不可能だろうけどさ」
突然、レオ様の名前が出て私はどきっとした。
頬が熱くなるのをおさえるためにティーカップへと手を伸ばす。
「竜王? あぁ、そういえば山ほどの縁談が舞い込んでいるらしいな。ちょうどルナと同じ年だったか」
「そう。同じ年。竜王様は好きな人がいるらしく縁談に乗り気じゃないらしい」
「レオ様、好きな方いらっしゃるんですか?」
気になって聞いてみたら、フレッド様ではなくお兄様が反応してしまう。
ぴくりと片眉を動かし、私をじっと見た。
な、なんでしょうか。お兄様……圧がすごいんですけど……
「竜王が気になるのか?」
黒いオーラを漂わせながら尋ねてきたお兄様から私はそっと視線を逸らす。
ここで素直に好意を抱いていると伝えたら、余計に不穏な空気が流れそうな気がする。
お兄様、レオ様のことをどう思っているのかしら?
「ジル、圧がすごい。圧が。聖女様、ジルは誰であろうと聖女様に近づく男が嫌なんですよ。年頃の娘に彼氏ができた時みたいな感じです」
「当然だろ」
「だったら、なおさら竜王との婚約は悪いことじゃないと思うけどな」
「はっ?」
「聖女様は15になったら居住を大聖堂に移すだろう? そうなったらほとんど会えなくなってしまう。婚約か結婚したら別に大聖堂にいかなくても済むし」
「居を移さなくてもいいか……」
お兄様は私を一瞥すると顎に手を添え、黙って何かを考えはじめてしまった。




