13 お届け者:02
爆音。轟音。そして破壊。
それら三つが過ぎ去った後、センは攻撃をして来た相手にこう告げる。
「ふむ。驚かせてしまったか。すまない」
「……っ?」
眼前で未だ怯え続けるご令嬢を観察しながらセンは根性で虚勢を張り続ける。
こちらが放った言葉と状況に対して相手が困惑の極致に居るのが確認出来るがあまり気にしていられないのが厄介だと思う。
だがここで相手に理解を求めるのも酷だと思った為にセンは次の暴発に備え続ける。
そうしてしばしのにらみ合いの後、にわかに騒がしくなった屋敷内と共に部屋の扉が開かれラタ爺が姿を見せる。その後ろにはテオ嬢も見えており二人はまず部屋の壁が消えているのを確認した後にセンの状態を見て言葉を失った。
センの右腕は見える範囲の殆どが炭化しており、右半身に大量の傷を負っていた。
その顔は脂汗でぐっしょりと濡れており、表情は若干引き攣ってはいるものの平常を装っておりその怪我を負わせた側だと思われる女性を気遣うようにその場を動かない。
予想外の事に慣れ切った従者二人をしてもこの状況は理解に時間が掛かる物であったがそれも主人の一言で切り替えられる。
「ラタ爺は女性を呼んで来て欲しい。出来れば母上か御婆様を」
「畏まりました」
「テオ嬢は……、出来ればで良いのだがそちらのご令嬢に何か書く物を渡してやって欲しい」
「は、はい!」
ラタ爺が扉をそのままに去り、テオがゆっくりと作業机に置かれていた筆記具をご令嬢の足元に置きに行くのをいつでも守れるように注意しながらセンは話しかける。
「文字は書けるだろうか、ご令嬢よ」
見慣れぬ物を横目で観察していた彼女もそこで何を求められているのかが解ったらしく床に置かれた紙とペンを広い、書きやすさに驚きつつもスラスラと文章を書いていく。
会話が出来る程度には理性が残っていてくれて良かったと思う反面喉に関してもキッチリ治した筈なのに話さないと言う事は精神的なモノが大きいと理解したセンは今後のケアが大変だなと既に回らなくなっている頭で考え続ける。
しばしの静寂の後大量に疑問が書かれた『声』が返って来る。
『ここは何処?私の傷は?枷は?貴方は誰?』
「場所はガルツ王国のラインボルト家だ。傷は自分が治した。枷に関しては元々奴隷扱いする気が無いから外しておいた。自分は長子のセンと言う。そしてご令嬢よ、一つ頼みがある」
「……?」
大量の情報を理解しようとしていう彼女を放置するのは避けたいとは思うのだが本人の口から了承を貰わなければならないと煮えた頭で思ったセンは真面目に口に出す。
「この傷、治療しても良いだろうか」
「!」
問われた相手が仰天し、扉の近くに下がっていたテオが呆れた顔をして額に手を当てているのが見え、慌てた相手からどうにか了承だと解る身振りを貰った所でセンは意識を失った。
こっそりと炭化から火傷に近い所まで治して置いたので後はテオに任せようと思いつつ。
***
近隣一体が吹き飛ぶような魔法の数々を一室の壁を吹き飛ばす程度に収束させた余波は大きかったらしく数日意識不明となった後、センは身体の回復にしばらくの静養が必要になった。
場所は自室にて追加されたベッドの上である。
そして作業机を挟んだ向かい側にはこちらに対し警戒し続ける令嬢の姿が見える。
視線をずらせば先日大穴が開いた壁はしっかりと塞がれており、ついでと言わんばかりに今までは無かったベランダも備え付けられていた。たまには日の光でも浴びろと言う事だろうか。
「さて。先日は途中で倒れてしまい申し訳ない。改めて名乗るとしよう」
「っ」
視線を戻せば慌てた様に再びこちらを睨み付けて来る。
こちらの一挙一動に注視せねばならない程に追い詰められてしまったのだろう。
どうにかせねばなと思いながらもセンは彼女との対話を試みる。
「自分はセン・フォン・ラインボルトと言う。貴女の名を伺っても良いだろうか」
躊躇していた所で関係が改善する訳も無いのでこちらから踏み込んで行く事にしてみたが名を尋ねれば相手から言いたく無いと読める感情を感じた為に若干慌てつつ言葉を繋げる。
「何、そちらが本名で名乗る必要は無い。愛称だけでも教えては頂けないだろうか」
『何故?』
「何故、と問われた所で答える必要がある物が多過ぎるな。説明しても?」
相手の頷きを確認した所でセンは話し始める。
相手が終始困惑と驚きに振り回されているのを眺めつつ普通はこうなのだなと再確認しながら。
「まず買った目的だが、貴女を親御殿の元に送り返すのが一つ」
「……?」
「そして貴女を攫ったと思われる連中の殲滅が二つ」
「!」
「傷を治したのは平和になった情勢を戦火に叩き込もうとする連中への妨害」
「……」
「後はまあ、そうだな。自己満足と言った所だろう」
「!?」
声を出さない癖に器用に感情を表現する様は見ていて面白いとは思いつつもこの後をどうするかと悩んでいればこちらに見える様に掲げられたスケッチブックにとある一文が記されていた。
『何故、怒らないの』
「ふむ、この怪我かね?」
『ええ』
「何、この部屋には大事な書類が多量にあったのでな。無理矢理改変させて貰った」
『ごめんなさい』
「構わん。そうさせたのはこちらの存在だからな」
「……?」
今でも全身に包帯を巻いているこちらが即答していくのが余程予想外の反応だったのか相手が悩みだす。既にこちらへの警戒心が途切れ途切れになっているのは注意した方が良いのだろうか。そんな事を邪推するぐらいには自分は変わり者な性格なのだろうとセンは感じた。
とりあえず、普通ではない。
そうこうしている内に何かしらの決心をしたのかスケッチブックに新たに筆が滑っていく。
『フィー』
「うん?」
『名前』
「なるほど、フィー嬢。自分の国は解るか?」
『帝国』
「北の大国か。生まれはどの辺りだろうか」
『首都』
先程とは違い必要最低限ながらも会話が成立し始める。
その後も注意深く聞いて行けば大分前に攫われて国を転々としていたらしく、その時点で心が折れていそうな話であったがどうにか耐え続けていた所でセンが買う前の主人によって色々な物を襤褸切れにされたようだ。肥え太った醜い女だったそうで美人に対する嫉妬心から言葉にするのも悍ましい仕打ちの数々を受けたらしい。
そこを話そうとした時点でフィー嬢の挙動がおかしくなった為にセンは急ぎ治癒魔法を掛けなければいけなくなり、強制的に寝かせる羽目になった。
どうにか寝息が正常な物になるまで見守った後に部屋の外で待機していたラタ爺を呼び出し情報を伝える。このいつもは表面上は冷静な翁も今ばかりは鬼もかくあらんやと激昂しておりその怒気に当てられたフィー嬢がうなされた表情を見て急いで取り繕う程だった。
部屋を出て二人で長い廊下を歩きながらセンは身体の包帯を解いて行く。
それをラタ爺に渡しながら言葉を零す。表情はいつもと変わらず。
「ラタ爺よ。どうして『俺』が今直ぐ家を捨てないか解るか?」
「何故、と問うても?」
「『俺』が手を下せる下衆がこの国に大量に居るからだ」
「その為に悪人になるおつもりですか?」
「善だと言うつもりは無い。が、平和を望んでいるのだろうな」
「セン様」
「うん?」
「この老骨、灰と化すまで仕え切りましょうぞ」
「頼む」
「はい」
その後とある商会ととある女貴族、そしてそれに関連する裏組織が幾つか潰れたと言う噂が王都を走る事となる。捕らえられた者達は一様にラインボルト家の名を上げたが彼等との繋がりの一切を見つけられず、逆に報復される始末となる。
この後なんだかんだとありましてフィー嬢がデレます。




