12 お届け者:01
皇女様お届けの関連話を一つ。
とある夏の日より半年ほど前。とある冬の日、自室にて。
センは中等部三年生の冬期休暇初日を机の天板にて迎えていた。
正確に言えば昨夜帰宅した後に書類仕事に忙殺されそのまま椅子上で意識を失ったらしい。
頬に天板の型が付いてしまっているのを手でさすり落とそうとしながらある場所を見やれば自分が普段使用している壁際のベッドにて穏やかな寝息を立てている客人が一人。
今は美人と判別出来る顔をしているが昨夜治療するまではデコボコに腫れ上がっていたと言われても殆どの者が信じられないに違いない。身体も火傷や切り傷、刺し傷に加え腹部への殴打によって内臓等も大分酷い状態になっていた為にこれで命がある方が奇跡だと医者に診断される程だった。
それをどうにかしたのは自分だったのだが自分でも出来るとは思っていなかった手法であり、これが他の者でも出来るのであれば様々な常識に対し激震が走ると言われた。
情報開示の仕方はその場に居た賢者達に任せる事にしたので自分は通常運転に戻れる筈だったのだがどうも無駄に広いこの屋敷の筈なのだがラタ爺より部屋が余っていないと言われ、自室に連れて来られた目の前のご令嬢はどうすれば良いのか。
実際に治療したのは自分なのでその後の不測の事態にも対処せよとのお達しだったがこんな素人に対して何を期待しているのだろうか。
そうしてしばし寝起きの頭で今日の予定を組み立てていれば日の光が目に付いたのかベッドで寝ていた女性が目を覚まし始める。
今はショートカットになっているが長髪がとても似合っていただろう白銀の髪が日に煌めく様はいつまでも眺めていられる。その顔は困惑に彩られており自分の体の状態を忙しく確かめており時折身が震えるのは若干治療しきれていなかった部分があるのだろう。今後継続せねばなと思いつつもセンは声を掛ける事にする。
なるべく威圧感を与えぬように、優し気な声音で。
「おはよう。よく眠れたかね?」
それに対し声を掛けられた側の反応は。
「――――――――!!!」
こちらの姿を見るやいなや声なき悲鳴と共に眼前に大量展開される魔法陣であった。
「は?」
この日、センの自室は外の景色が良く見える部屋になった。
とある夏の日の少し前。
初夏のある日、薬草室にて。
テオ・ラッソはこの部屋に居る時は外から聞こえて来る足音と扉の開き方で入室者を判別する。
ただしそれでも普段以上の音量を奏でられれば驚きもする。
「テオ嬢!朗報だ!」
「わっ、ど、どうしたんですかセン様!?」
慌てて振り向きながら入室者の顔を見やれば予想通り笑顔のセンがそこに居た。
出会ってから数年、見た目はそこらの男もかくやと言った整い方になって来ているのに本人はそれに殆ど頓着せずに夏は髪を丸刈りにでもしようかと至極真面目に言い出してそれを聞いた王女様が盛大に慌てていた記憶が真新しい。
そんな主人である。そんな主人が笑顔である。もう慣れた。
テオ・ラッソの心は数年で逞しくなっている。
「フィー嬢の事だ!」
「ああ~……」
今日は朗報と称してどんな無茶振りを言われるのかと身構えれば極々被害の少ない物だった。
ただ代償としてテオは生暖かい眼差しを向ける事になる。
「なんだその顔は。まあいい。それよりもついにフィー嬢が触れるようになったのだ!」
「聞く人次第で盛大な誤解を招きそうな言葉ですけど……。一体何にですか?」
いつもの事ながらまるで何かを演じているかの様な大仰な身振り手振りと共に話される内容は普通の者が聞いたならばどれだけの邪推が出来る物だと思っているのだろうか。
ともあれ自分も知っておきたい情報だったのでテオは大人しく聞く事にした。
あの『お客様』がとうとう手を出したのかと勘繰りつつ。
「うむ。『男が着ている服の袖』だ。以前は裾だったからな」
「へえー。それだけですか」
「そこまで興味なさげにされると理由が気になるがまあ良い、これで送り返しに行ける」
「あれ?もうですか?」
自信満々に話される内容が予想以上に初々しい物だった為に雑な反応になってしまう。
しかし次の言葉で疑問を抱く事になった。
確かにもうそろそろラインボルト家に来て半年程になるが人が大勢居る場所はまだ無理だった筈。
それに加え『知っている』身としてはあの可愛い人を応援したくもある。
「一応人と接する事が出来る様になったからな。後は道中で慣れさせつつ様子見だな」
「少し急ぎ過ぎな感じもしますけど」
「何、正式に発つのは夏季の長期休暇に合わせてになる。それまでにもう少し治療だな」
「他の方のお墨付きも貰えると良いですね」
「ああ!」
「あ、そう言えばですね。セン様」
知らぬは本人ばかりなのだが彼は知った時どんな反応をするのだろうか。
多分きっと唖然とするだろう。
そんな事を考えつつもテオはちょっとした時限爆弾を仕掛けて置く事にした。
「なんだ?テオ嬢よ」
「帝国の皇女様は男性に触れるとその人が婚約者になるそうですね」
「なんだそれは。確かに噂で誘拐されたと聞いた覚えはあるがフィー嬢がそうだとは限るまい」
性急に過ぎたかと思った所でこの鈍い主人は気付かないらしい。
「仮定の話ですよ?それでですね、もしもですよ?」
「なんだ?」
「セン様がフィー様に抱き締められたらどうします?」
「カウンセラーに対する感謝の念だと捉えるが」
即答に加え真顔でこう言い切られてしまえばテオは両手で顔を覆いたくなる。
それは色々な者が報われないセリフなのだが。
「……セン様は一夫多妻に対してどう思われますか?」
「何故いきなりそんな話題になるのかが解らぬがまあ男の度量によるだろう」
「ちなみにセン様は結婚願望はありますか」
「無い」
「そうですか……」
『結婚は成人してから』とは言っているものの彼の中では20代からと言った印象が強いらしく、理由を聞いては『異界の知識に引っ張られているようだ』と言いつつも彼は本心からそれらが自分の身に降りかかって来る可能性を考えていないと感じた。
正確には断れるからだろうか。
それに加えて言い切る必要性があるとすればアレだろう。
「……理由ってやっぱり、その、あれですか」
「うむ。身分を一旦捨ててからの自給自足ライフを田舎で過ごしたいからな」
「えっと、なんで捨てる必要が?」
「一言で纏めるとだ」
「いえ別に纏めなくても……」
「貴族としてのいざこざから逃げたい」
「侯爵家長子が何言ってんですか」
しみじみと言われれば普段の毅然とした態度は何処に行ったのかと思う程である。
思ってはいても言わないのが普通では無いだろうか。
「テオ嬢も逞しくなったな……」
「伊達に従者を務めてませんからね」
「まだ認めた訳では…」
「あ、既に周りは説得済みです」
「何ィ!?」
物心付いた頃から家族を説き伏せ、繁栄の道を邁進し続ける者が望むモノが没落と本人から聞かされたのは確か書類の山に埋もれていた時だった。
人手不足の頃にはテオも書類仕事に駆り出されその量に何度も意識を失いかけ、その時に若干の恨みと共に目元に隈を作ったセンに対し若干の恨み節をぶつけたら返って来た答えは聞いた瞬間は理解が出来ず、暫く経ってから大声を上げた事は今でも恥ずかしい記憶として残っている。
出力するのに手間取りました。




