10 とある夜の作戦会議
またまた10歳頃のお話。
その日の明け方。
「失礼。貴殿達は今、何と仰られた?」
「他国の王族を金で買うとは大罪に値すると言ったのだ!」
「……ラタ爺」
「これは面倒な事になりましたな。家族会議の用意を進めてきます」
「頼む」
「な、なんだ貴様は……、何者だ!?」
「他国の王族の方に語れる程の者とは言えませんが」
「か、構わぬ!それとわらわを買った目的は一体なんだ!」
「家に送り返そうと思ったからです」
「はぁ!?」
「家に送り返そうと思っただけです」
「何度も言うな!聞こえておる!」
「セン様、御婆様と母上様がお待ちです」
「ああ……、わかった。今行く……」
「このまま置いて行くのか!?」
「ラタ爺、任せた」
「任されました」
その日の夜。セン・フォン・ラインボルトの自室にて。
「セン様、またもや同盟と言う名の『情報開示』が求められております」
「またか……。今度は何処だ?ラタ爺」
ベッドと机、本棚以外のスペースが大量の紙で埋まった空間。
中央に置かれた机の前後には椅子が置かれ、片側にはセン、もう片方にはラタ爺が座る。
普通であればセンがラタ爺に教わる立場だと思うだろうがこの二人にはそれは当てはまらない。
一仕事を終えた後に難題を持って来られた大人の様に溜息を吐きながらセンが溜息を吐く様は目の前のラタ爺でさえも苦笑を禁じ得ない。
それでも仕事は続けるのだが。
「主体は薬師ギルド、魔術ギルド、服飾ギルドの三つ。他にも幾つかが名を連ねておりますな」
「見込みがありそうな所は?」
「上層よりも中層以下の方達でしょうか」
センは既に断る事を決めており、またラタ爺もそれを見越してか次の情報を出して行く。
センはそれを聞くとしばし悩んだ後に何かを確かめるかの如く言葉を紡ぐ。
「金を回す事を忘れたくは無いものだな」
「では引き抜きを?」
この小さき上司が投資をすると言うのならば今回は人材になるだろう。
そう聞けばセンはニヤリと笑い、楽しそうに手を掲げる。
「ああ、大量に基幹部分を引き抜いてやれ。悪役の様にだ」
「承知致しました。それと少数の賢者達についてはいかがいたしましょう」
「最悪は王への直訴も有るとしてしばらくは交渉だな。これから忙しくなる」
「期限は?」
引き抜かれる様な経営をして来た者達も悪い所ばかりでは無いのだがこの目の前の少年が起こし、そして興し続ける物は先進的過ぎるのだろう。
発想だけ持って来た等と嘯いては居るがその最初の考えを思いつける者が何人居るのだろうか?
それに加え実だけを取る様な事をせず木ごと引き抜くような真似を瞬時に思いつけるのがおかしいのだ。
本当の賢者達が集まったのならば何人がそれに勝てようか。
等と言う事をつらつら考えながらもラタ爺はセンとの会話を続けていく。
「中等部への入学まで。それに色々な者を抱え込んでしまった分解決も必要になった」
「セン様はお優しいですからなあ」
「自己満足に付き合わせるんだ、これぐらいはな」
目の前の少年が語る夢、それは最後だけがおかしい物であった。
『商会を興し、国を豊かにし、そして自分は没落する』
等と言う目的だが恐らく成功はすまい。
何しろこれから話す事だけでも勲功物、さらに言えばセン本人に爵位が与えられる程である。
「それにしてもあの奴隷商、まさか他国の王族を攫っているとは」
「阿呆の考える事はわからない。ああ本当にわからない」
「彼らは死にたいのでしょうか?」
「死にたくなるぐらいに追い詰めないといけないが」
「何年を掛けるおつもりで?」
「出来れば纏めて行きたいが……」
二人して同時に溜息を吐きながら乾いた笑いを零す。
大方大金を積まれたからの事だろうが連れて来られた側としては堪ったものではない。
こみ上げる頭痛にこめかみを抑えながらもこれから先増えるであろう仕事量を踏まえて国内全ての貴族のリストを脳裏に思い浮かべ、計算し、弾き出す。
「最低六年は掛かるかと」
「ならとりあえず入荷分は全て買い取り、それと並行してルート及び下手人の捜査を頼む」
この少年は六年と言う歳月を気軽に受け入れているがその気まぐれと真面目さにどれだけの者が救われ出すのかを理解しているのだろうか?
「『全て』ですか?」
「『事故に巻き込まれた者達』をなるべく、全て、だ」
「線引きが難しいですな」
「何、良識ある者としての基準で良い」
「御意」
それでいてこの柔軟さ。
こちらの裁量に任せると言われたならば自分の全ての伝手を使ってでも動きたくなるではないか。
ああ、人を助ける為に走った日々よ、今再び。
「とりあえずは他国からの旅行者を送り返す事を優先せねば馬鹿共のせいで国が亡ぶ」
「責任重大ですな、セン様」
「ラタ爺には過労で以てこの世を終えさせる事になるやも知れないな」
「ほっほっほ、望む所です」
「では仕事に掛かるとしよう。平穏な田舎ライフの為にな」
十中八九叶わないだろうと思う言葉であれど本人がやりたがっているのだからと止めないのは悪人になどなって欲しくないと思う自分の心からだろう。
孫可愛さに身を滅ぼし掛ける者と言うのは存外皆こうなのだろうか。
「それでは英気を養うためにもお茶を淹れて来ますかな」
「ああ、目が覚める位の物を頼む」
「承知しました」
そうして新たに発生した仕事に対して筆を走らせ始めるセンを見やりつつ立ち上がるとラタ爺はお茶の用意をしに部屋から出て行く。
そろそろ人手が欲しいと思いながら。




