課せられるもの
「…………」
ティオは馬車から飛び降りるようにキエト村の土を踏む。久しぶりのその感触が、遠い昔のものみたいだと感じられた。しかし、周りの草花を見渡すと、どこかしら、元気がないように項垂れているのが分かる。
「へぇ、ここがキエト村ねぇ。静かで良い場所だわ」
「俺も東の端に来るのは初めてだな」
リラとエルバは畑と放牧地、そして小さな家がぽつりとあるだけの風景を興味津々に辺りを見渡している。すると、遠くから声が響いた。
「ティオ――っ!!」
走ってくるのは紛れもない、シオンだ。
「っ!! おばさんっ!!」
ティオはルシェを頭に乗せたまま、シオンに向かって走り出す。シオンはそのままティオを強く抱きしめた。
「ただいまっ! ただいま、おばさんっ!!」
「だから、おばさんって言うなっ! あぁ、もう! ……おかえりっ!!」
「ピィッ!! ピィ!」
ルシェも久しぶりにシオンに会えて嬉しいのだろうか、頭の上で甲高く鳴く。
「おう、ルシェもおかえりっ! 何だ? 前に比べて太ったか?」
「ピィー!!」
文句を言うようにルシェが顔をぷいっと横に向ける。
「ははっ、嘘だ。ちゃんと立派な竜に見えるよ」
シオンはティオとルシェの頭を撫でてから、リラとエルバの方を見る。
「ありがとう、君たちが私の甥を助けてくれたんだってね。心から礼を言うよ」
二人に歩み寄り、その手を握り締める。
「危険な事もあっただろうに……本当にありがとう」
「い、いやぁ、そんな……」
「私達もティオにいっぱい助けて貰いましたから」
リラとエルバは照れながらも嬉しそうに笑う。まだその頬や腕に残る傷痕は消えてはいない。
「シオン」
馬に乗っていたカルロットが降りてきて、シオンの方へと向かってくる。
「おっ! カルロット!! 久しぶりだな」
懐かしそうにシオンは目を細めて、カルロットに手を差し出す。二人は手を握り合いながら、頷いた。
「まさか、ティオがお前の甥だったとはな」
「あぁ、そうなんだ。……カルロット、ティオを助けてくれてありがとう」
「……私は役目を果たしたまでだ」
無愛想にそう答えるカルロットは表情を崩さない。
「そんな所は相変わらずだな」
シオンは苦笑しながら、ティオの方へ向き直る。
「さて、村長達が待っている。行こう」
「……うん!」
ティオは息を整えて、村の中心部の方へと歩き出す。
その途中で、川や畑が目に入ってくる。川は底が見えるほどまで、浅くなっており、一月ほど前に蒔いていたはずの種は芽を出しておらず、土も渇いたようにぼろぼろしていた。
今までなら、このような光景を一度も見たことはなかった。
……竜がいなかったから、大地に影響が出ていたんだ。
それを本当の意味で今、実感していたティオは唇を小さく噛み締めながら通り過ぎていく。
広場には、村中の人間が集められていた。しかし、活気にいつも溢れていた彼らの表情はどこか重く感じられた。
「おぉ……ティオよ……」
村長であるポリスは薄い目を精一杯開いて竜の姿を捉えると、手を合わせた。
「あぁ、ご無事で……」
隣のシオンがこっそりと、告げ口するように伝えてくる。
「お前がルシェと旅立ったあと、この地は潤わなくなったんだ。山から流れてくる水は少しずつ減り、土は渇いていった」
「そうだったんだ……」
「――でも、お前がルシェと一緒に戻って来た」
笑顔でシオンはティオの背中を押す。その反動で、体が一歩前へ出た。
「あっ……」
村人全員が自分を見ている。こんな事、今までなかった。
自分なんて、いてもいなくても一緒。だって、自分は農作業一つこなせない、出来損ないのはずれ者だ。
何をしても溜息を吐かれ、頑張っても力が及ばない。期待外れの人間だ。
「……ただいま、帰りました」
声を震わせながら、ティオが村人に向かって、言葉を告げる。
いつもなら、自分に降りかかるのは冷たい視線、そのはずだった。
それなのに、何故か拍手が鳴り始める。そして、口々に「おかえり」「ありがとう」「無事で良かった」という言葉が聞こえた。
涙ぐんでいる人もいる。笑顔を向けてくれる人もいる。
そこにいる誰もがティオを、そして大地の竜を待っていたのだ。この拍手と自分にかけられる言葉がこれ程までに温かいものだとは知らなった。
……あぁ、やっと今、認められたんだ。
それを実感したティオは初めて村人に笑顔を見せた。それはあどけなさが残る笑みだった。
その夜、騎士団達とリラ、エルバを含めて村総出の宴が行われた。食料は騎士団の人達が村の非常時に備えて多く持ってきてくれていたものだった。今は畑や木々の実りは悪いが大地の竜が帰って来たこれからは、次第に潤っていくだろうとのことだ。
ティオはどんな旅をしたのかということを若者たちから詰めるように聞かれていた。ルシェは美味しそうな食べ物に目を輝かせながら、腹が膨れるまで食べていた。リラは得意の踊りを披露し、エルバは様々な情報を村人達に売ったり、買ったりしてそれぞれの時間を過ごしていた。
宴が行われている場所から少し離れた場所で、ティオは石の上に座り、休憩していた。
「お腹いっぱい食べられたかい?」
「ピィッ!」
すでにルシェの腹はぱんぱんになって膨れている。
「ティオ」
そこへ、騎士服のままのカルロットがやって来た。
「あっ、カルロットさん……」
ティオはすぐに立ち上がろうとするが、手で制されてしまう。
「いや、そのままでいい。……君には一つお礼を言おうと思ってな」
カルロットは最初、男性かと思っていたがシオンによると同い年の女性でしかも、聖都に居るキャロット・シャルディアの双子の姉であると後から聞いた。
弟の方は明るく朗らかであるが、姉の方は表情を一つも変えない人で、何とも対照的だと思った。
「えっ? あ、ルシェ、ですか?」
「いや、それもあるが……」
カルロットはティオの隣に座り、周りに誰も居ない事を確認してから、口を開く。
「君が、竜の同行者を担っていたが、本来ならばその役目はシオンが受けるものだったのだ」
「……え?」
「四人の王子と四頭の竜の話は知っているか?」
「は、はいっ」
「それには続きがある。……王子達は竜使いでもあったのだ」
「竜使い……」
「彼らは竜の言葉を理解し、また竜を自由に操る術を知っていたのだ。そして……その末裔こそが、シオンの家……ザルティルト家だった。一族は竜の秘密を握りながら、そっと竜を見守る役目を背負っていたのだ」
それはつまり、自分もその末裔だということだ。ザルティルト。それが東の大地の竜を守る王子の名前。
「シオンは悩んでいた。竜は好きだが、自分に守る器があるのかと。そして、竜を滅ぼし、国を破滅へと追い込んだ国の王子の末裔という事にも悩んでいた」
「……!」
知らなかった事実に、ティオはただ言葉を失っていた。彼女は自分の知らないところで、竜に対して責任を感じながら生きていたのだ。
普段はそんな風には見えなかった。ただ明るく、頼れる姉のようでもあり、親のようでもあり、大事な家族だったというのに、気付いてはあげられなかった。
「……シオンとは騎士訓練生の学校で一緒だった。一緒に学び、己を磨き合っている時に、姉夫婦が死んだと、連絡が入り、シオンはこの村へ戻る事を決意した。……残されたお前と、『大地の竜』を守るために」
あれはそう、確か十年程前だった。
両親を一度に失った自分は独りになり、そしてシオンが家族となった。
「竜の寿命がそろそろ尽きると分かっていたのだろう。悩みながらも守人として聖都まで同行する役目に対して、静かに決心し始めていた矢先のことだ。だが―――選ばれたのは君だった」
カルロットは静かにティオを見据える。
「君が、自らその道を選んでくれたことで、シオンの使命感に駆られる焦りと不安から解放してくれた。彼女の重荷を半分、君が引き受けてくれたんだ。だからもう、一人でその重荷に縛られることもない。これで、もう……あいつは心の底から笑えるはずだ」
ふっと、カルロットの口が緩んだのが見えたが一瞬だった。
シオンも自分と同じように不安だったのだ。竜を守れなかったらと、そう思っていた。結局、自分と同じだったのだ。
「――さて、長話が過ぎたな。今の話はシオンには内緒にしていてくれ」
「え? あ……はい」
「あと、向こうで君の仲間が探していたぞ。……そろそろ来ると思うが」
それだけ伝えてカルロットは立ち上がり、宴が行われている広場へと向かう。それを見送りながら、ティオは深く息を吐いていた。
「ティーオっ!!」
後ろからぽんっと肩を叩かれ、驚いたティオはすぐに後ろを振り返る。
「あぁ、何だ……リラとエルバか……」
「何だとはなんだ。折角、美味しそうな料理を持ってきてやったのによー」
それをティオの目の前へと置こうとすると、さっきまで満腹で横になっていたルシェが起き出し、皿へと食い付く。
「うおっ……こら、ルシェ! お前のじゃねぇよ! ルシェ!!」
「あらら……」
「ははっ……。……はぁーっ……」
ティオは空を見上げる。月は白く輝き、星はそれぞれの光を放っている。
「……今日で、僕らが揃うのは最後なんだね」
ぼそっと、ティオが呟くと二人は顔を見合わせて噴き出した。
「なぁに、しんみりしてるのっ」
ぼんっと背中が叩かれる。
「だって……」
寂しいとは言っていないが、恐らくこの二人は感じ取っているのだろう。
「大体、ルシェは俺達より長生きなんだぜ? 会おうと思えば、会いに行けるんだ」
「会いに……行けるの?」
子どもの頃は山の奥へ行ってはいけないと言われていた。
だが、今はルシェという存在を知ってしまった。この場合、どうすればいいのか。
「会いに行っちゃ駄目なのか? 誰かがそう決めたのか?」
「そ……それは……」
エルバの気迫に押されて、ティオは思わず黙り込んでしまう。
「それにねぇ、私達だって、会おうと思えば、会えるのよ」
リラは立ち上がり、手を広げる。
「だって、会いたいじゃない? それとも、ティオは私達に会いたくないのぉ~?」
むにむにと頬を抓られ、ティオは口でもごもごしながら「違うよ」と言った。
「そりゃ、僕だって……」
「なぁ、ティオ」
エルバが急に真面目な顔になる。
「お前はこの後、どうするんだ? ルシェを洞窟へと戻して、それから……また、村で暮らすのか?」
「え……」
その先を考えていなかったティオは口を閉じる。
「俺はまた、情報屋に戻る。リラはこのまま別の場所へ旅に出る」
「ぼ、僕は……」
何も、考えていなかったのだ。役目を果たすことだけしか考えていなかった。
だが、ルシェの存在を、この国の秘密を知ってしまった今では、現状を知らないままだった時と同じように過ごすことなど、自分には出来る気がしなかった。
「――ねぇ、一緒に行かない?」
リラが静かに手を伸ばしてくる。
「私は明日の夕方、ここを旅立つわ。勿論、エルバも一緒に」
「…………」
「一晩、じっくり考えてみてくれ」
「……うん」
ゆっくりと頷いた。
考える。自分で、考えて決める。
これからを、どう生きるか。
「よしっ、これで話は終わりっ!」
ティオの手を無理矢理に掴んで、リラはくるくると回り始める。
「さぁ、一緒に踊りましょっ!」
「えぇ?」
「あ、お前らだけずるいぞー! それなら、俺は……ルシェと踊る!」
そういってエルバはルシェを頭に乗せて、同じようにくるくると回った。
そこには、いつものように笑い合う三人と一匹の姿があった。疲れて足が動かなくなるまで、彼らは最後の夜を噛み締めるように楽しんでいた。




