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追うもの



 どれ程の時間を走ったのだろう。いつの間にか気を失っていたのか、ティオははっと目を覚ます。馬はまだ道を走っていた。

 暗闇だった空がもう、明ける頃だろうか。東の方が少し白んでいるように見えた。

「っ、ルシェ!?」

 胸にくっ付くように縋っていたはずのルシェは、いつのまにか馬の鬣の上で寝ていた。

「良かった……」

 ティオは後ろを振り返る。向こうの方までは見えないが、追っ手はいないようだった。

「……リラ。エルバ……」

 その向こうに置いて来た、仲間は無事だろうか。自分とルシェを逃がすために、囮となった彼ら。もしかすると……。その先を想像してしまい、ティオは口を押さえた。

 吐きそうなほど、気持ち悪い。

 ティオは馬の手綱をリラに教わった通りにゆっくり引いてから馬を止める。馬も疲れていたのか、ひどく呼吸を乱していた。

「ごめんね、ずっと走らせて……」

 ティオはそっと馬の体を撫でる。このくらいの明るさなら、周囲を見渡せる。耳を澄まし、どこかに川がないか探した。

「ピィ! ピィッ!」

 ルシェが何かを訴えようと鳴くと、馬がどこかの方向に向かって歩き出した。

「えっ、わぁ……ちょっと、待って……」

 しかし、どこかへ連れて行ってくれているような気がして、ティオはそのまま馬に道を任せる事にした。

 耳をどれだけ澄ましても、自分たちの足音以外聞こえない。静かで、何もない。

 すると、今度は急に馬が林へと入っていく。

「ねぇ、どこに行くの?」

 いや、それよりもここはどこなのだろうか。もう、ずっと、遠い地まで来てしまったのだろうか。

 ぴたり、と馬は止まる。そして、頭を屈めた。その先に目をやると、小川が流れていた。馬も喉が渇いたのだろう。

 ティオはそっと馬から下りて、自分も水を求めて川へと向かった。

「ほら、ルシェも喉が渇いただろう?」

 抱いていたルシェを川の傍へ下ろすと、水をごくごくと飲み始める。それを見て、ほっとしたようにティオも水へと手を伸ばした。

 その時、水面に映ったのは自分の姿。それを見て、固まってしまった。

「…………」

 なんて、最低な奴なのだろう。今まで、ずっと二人に頼ってばかりで。

「結局……僕は何もしていないじゃないか……っ。何も変わってないじゃないかっ……」

 ティオは水面に映る自分を消そうと、手を思いっきり叩きつけるように入れた。

 

 あの村にいた時と、変わらない。

 誰かに頼って、頭を下げて、泣いてばかりの自分。


「リラっ、エルバっ………!」

 大好きだった。自分に優しくしてくれたからじゃない。本当に心から信頼していた仲間だった。それを自分は裏切って、逃げてきた。

「ピィッ? ピィッ!!」

 ティオの様子に気付いたルシェが足元へと近づいて、顔を摺り寄せてくる。ティオは小さな体をそっと抱き上げる。

「ルシェ……」

 もう、ルシェだけになってしまった。自分を支える全てを一気に失くしたような気分だ。

「ごめん、ごめんね、ルシェ……。でも、君だけは絶対に守るから、帰してみせるから」

 それを二人は望んでいた。叶えなければ。


 思い出せ、どうしてこの場所にいるのかを。

 どうして、自らルシェを守ろうと思ったのかを。


「大丈夫。守るよ」

 その時だった。がさがさっと、向こうの茂みから音がしたのだ。そっちは確か自分たちが来た方向だ。

「っ!」

 もしかして、盗賊が自分を追ってきたのかもしれない。ティオはルシェを抱えて、腰に差していた短剣をさっと抜いた。錆びていても、自分にとっては身を守るためのものだ。


 ―――とにかく逃げろ。それが、お前が竜を守るための守り方だ。


 以前、シオンが自分に教えて言葉だ。でも、敵はすぐそばに居る。そのまま逃げたとして、逃げ切れる可能性はあるだろうか。息を潜めるように川を背にして、ティオは茂みの方向を見つめる。


 ―――絶対に、この家に帰って来い。生きて、帰ってくるんだ。


 ……帰るって約束した。


 剣先を動かさず、ただ自然に息を吐く。ガサッと茂みから出てきたのは、明らかに騎士団ではない服装の男だった。

「見つけたぜ……ったく、手間かけやがってよぉ……」

 獲物を見つけたと言うように、男の目が鋭く光っていた。やはり、リラとエルバの抵抗から掻い潜ってここまで付いて来ていたのだ。

「っ……!」

「おい、坊主。その珍しそうなの、寄越せや。そうすれば、命だけは助けてやろう」

 ティオは男の腰に下がっている剣を見た。いざとなれば、武力で自分は簡単に抑え込まれてしまうだろう。

 体が震える。動かない。どうして。守ると決めた。

「ピィ……」

 腕の中で、ルシェがか細く不安そうに鳴いた。

「!!」

 そうだ、自分はこの子の盾なのだ。その盾は破られてはいけない。守りきらなければならない。

 自分よりもこんなに不安がっているのに、どうして自分だけだと思い込んでいたのだろう。

「大丈夫、君だけは……守る」

 ティオは男を真っ直ぐ見る。そして、叫んだ。

「リラ! エルバ! 今だ!!」

「なにっ……まだ、仲間が……!」

 その声に男は反応し、周りを見渡す。

 その隙を狙って、ティオは馬の体を思いっきり叩く。驚いた馬は悲鳴を上げて、男の方へと走った。男は馬を避けようとして、そのまま尻餅をつく。

「なっ……」

 そして、ティオはその逆方向にルシェを抱えたまま走り出す。

「おい、こら、坊主!! 待ちやがれ!!」

 

 逃げろ、逃げるんだ。遠くへ、遠くへ。捕まらない場所に。もう、どこだっていい。この命が守れれば。ティオはそれまでにない速さで林の中を走る。後ろから、男の声が響く。

 ただ夢中になって、走っていた。足元も見ずに、ただルシェだけを抱えて。

「うわっ……」

 道の先が坂になっている事を確認してなかったせいで、ティオをそのまま滑り落ちる。

「わわわっ……!」

 ルシェを傷つけないように、しっかりと胸の中に抱いてティオは転げ落ちた。

「いたたた……」

 でも、休んでいる暇なんてない。再び、歩き出そうとした時、足に違和感を覚え、ティオはその場に蹲った。ずきずきと、右の足の関節が痛む。今、滑って転げ落ちた時に、挫いたのか。

「くそっ……どうして、こんな時にっ……!!」

 涙が出そうだった。自分の弱さに。自分の情けなさに。足音がこちらへ向かってくる。

 ティオはルシェを腕の中から離した。

「ルシェ、逃げて! 逃げるんだ! 君は飛べる! 自由に飛べるんだ!! だから、飛んで……村へ帰って!!」

 縋るように泣き叫んだ。しかし、ルシェは首を縦には振らない。ティオの傍から離れずに、ただ寄り添っていた。

「お願いだ! 言うことを聞いて……ルシェ!!」

 それでも、ルシェは動こうとしなかった。そして、とうとう盗賊の男が追いついてしまった。

「やっと、捕まえたぜ……」

 少しずつ、少しずつ近づいてくる。

「ルシェ!!」

 男があと三メートル程まで近づいた時だった。ルシェがティオを庇うように前に出る。その動きがあまりにもゆっくりに見えた。

 ルシェは羽を広げ、空気を多く吸い込む。そして、叫んだ。

「ピィッ――――!!!」

 その声が木々の間を木霊していく。そして、反響するように木々が大きく揺れはじめたのだ。

「なんだっ? おい、なにしやがった!?」

 地面が、振動する。何かが起こるのだ。

 それは、突然きた。木々の向こうから、鋭く早い何かが貫けるように来る。

 ざわっと、強い風がティオの横を掠めて通り過ぎ、男へと直撃した。

「ぐおっ!!!」

 男はそのまま、風に貫かれるように木にぶつかり、そのまま横へと倒れる。

「な、何っ? 何が起きたの……」

 ぽかん、と口を開けてティオは状況を判断しようとするが、追いつかなかった。ただ、目の前に居るルシェがとても誇らしげにしている。

「もしかして……今の風、ルシェが起こしたの?」

「ピィ!」

 そうだよと言っているように、ルシェは返事をする。

「すっ……凄いやっ! ルシェ! 今のが竜の力なの!? 風を操れるの!?」

 ティオはルシェを抱きしめて、頬ずりする。ルシェは嬉しそうに鳴いた。しかし、そのまますとん、と力が抜けたようにルシェは項垂れる。

「っ!? 大丈夫!? ルシェ……!」

 息はしているみたいだ。慣れていない力を使って、疲れたのかもしれない。とりあえず、ほっと胸を撫で下ろす。

「ぐっ……くそがっ……」

 地から這い蹲るような声が聞こえ、ティオははっとして、男の方を見る。彼は体を木に打ちつけただけで、気絶していなかったのだ。

「逃がさねぇぜ……」

 体を引きずるように男はこちらへと向かってくる。

「っ!」

 ティオはルシェを自らのマントで覆うように隠しつつ、再び剣を向けたその時。

 ヒヒンッ、と馬の鳴き声とともに、黒い影がティオと男の前を遮る。黒い影だと思っていたのは大きな黒毛の馬で、その上には誰かが乗っている。

「――お前が、ティオか」

 低くも凛とした声がその場に響く。ティオはただ、ルシェを抱いたまま黙って頷いた。目を凝らして、その姿を捉える。

 飾りの付いた馬に跨っているのは髪の短い人。そして、その胸にある紋章を見て、ティオは息を漏らした。

「中央騎士団……っ!」

 竜が剣を持つ姿が描かれたその紋章は、この国が見たら誰でも分かる国旗の文様。その人は短く頷いて、来た道へと叫ぶ。

「こっちに残党が残っている! 来い!」

 沢山の足音が聞こえ、茂みから同じ服装の人間たちが武器を持って溢れ出てくる。騎士団の兵と思われる男達は盗賊の男を素早く抑え込み、何か口々に言っている。さすがにこの人数を相手に出来ないと思ったのか、盗賊の男はしぶしぶ騎士団の兵達の言う事を聞いているようだった。その光景をティオは呆然と見ていた。

「乗れ」

 声の持ち主に、ティオ痛い足をゆっくりと上げる。そして、引きずられるように馬の上に乗せられると、その馬は来た道へと走り出した。

「あの、あなたは……」

「中央騎士団団長、カルロット・シャルディア。盗賊の討伐で、そなた達の護衛が遅れてしまった事をお詫び申し上げる」

 どこかで聞いた名前だなと思ったが、国一番の騎士団団長に謝られると思っていなかったティオは慌てふためく。

「いえっ、そのっ……助けてくださってありがとうございました」

 ティオは自分の背もたれになるように後ろに座っているカルロットに向かって頭を下げる。

「……竜は大丈夫なのか」

「あ、はい……。さっき、僕を助けるために、大きな力を使って……。今は寝ているみたいです」

「そうか」

 カルロットは表情を変えずに頷く。そのまま無言が続くまま、ティオは馬の上でじっとしていた。

「あの、このまま村へ向かうんですか?」

「……いや、仲間のもとへ向かう」

「そう、ですか……」

 恐らく、騎士団の仲間が林を抜けた先で待っているのだろう。それ以降、カルロットは何も話さなかった。

 腕の中で眠る命は、守られた。少しだけ安堵したが、それでも心残りが一つある。


 ……リラ、エルバ……


 二人は無事だろうか。生きて、いるだろうか。涙が滲みそうになるのをティオは必死に堪え、ただこの馬が進む先を見据えていた。


  

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