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別つもの


「本当は、私も同行したいのですが、教皇の近衛兵を務めている手前、付いていけなくてすみません」

 申し訳無さそうにキャロットは頭を下げる。

「い、いえっ……あの、こうやって乗り物までお貸しして貰って……なんとお礼を言ったらいいか……」

「同行する騎士団の者を四人ほど付けているので、道中は大丈夫だと思いますが……何せ、今は盗賊が多い道なので、くれぐれもお気をつけて帰って下さいね」

「はい、ありがとうございました」

「ピィッ!」

 馬車の扉がぱたん、と閉じられ、御者の声で馬が動き出す。

「うおっう……初めて馬車に乗るから緊張するな……」

「ルシェの調子は、どう? ティオ……」

「うーん……大地の竜としての力は授かってるはずだけど、……あんまり変わってる感じがしないよね」

 そういって、ルシェの顔を見ながら、お互いに苦笑する。


 今日はオイザル草原の方の道で帰るため、ミオレミールに着く前の町で休むと聞いていた。馬を使えば、四日程でキエト村に着くらしい。

「とりあえず、やる事が終わるとほっとするなー……俺、寝てるから後で起こしてくれ」

「えぇ……もう、仕方ないわねぇ」

 エルバが壁に背をもたれながら目を閉じる。しかし、ティオも緊張が一気にとけたのか、だんだん意識が薄れてくる。

 そして、とうとう眠りへと落ちていった。



 ヒヒンッ、と馬が甲高く鳴く声と、急に止まった馬車の揺れによって、いつの間にか寝ていた三人は目を覚ます。

「なんだ? もう、町に着いたのか?」

「さぁ……それなら、もうちょっと、優しく起こして欲しかったわね」

 欠伸をしながら、リラは背伸びするが、何かの物音に気付いたのか素早く馬車の扉を開けた。

 タンッ!!と素早い音が響き、馬車へと何かが突き刺さる。リラの真横に刺さったのは弓矢だった。

「なっ……弓矢っ!? ちょっと、どうしたんですか!?」

 馬車の周りを固めていた騎士団の兵にリラは大声で尋ねる。

「盗賊だ!! 奴らが襲ってきたんだ!!」

 馬に乗ったまま、騎士団の兵達は何かと対峙するように剣や弓を構えていた。ティオも目を凝らしながら、向こう側を見る。暗闇に見えた動く影の数は、一瞬では数え切れない程の人数だった。

「っ!?」

「逃げろ!! 狙われているぞ!! 早く次の町ま……」

 どさり、と兵の一人が体勢を崩して馬から落ちる。

 それがあまりにも一瞬で、馬車の中から様子を見ていたティオは絶句した。

「くっそ、奴ら、こっちの道まで来やがったのか……!」

 悔しそうにエルバが呻く。

「とにかく、ここから離れるわよ! 囲まれるわ!」

 リラの言葉にはっとした二人は、素早く馬車から飛び降りる。御者の姿はなかった。恐らく、盗賊と交戦しているのだろう。

 しかし、リラは馬に付けられている、馬車を引っ張るための金具や部品を急いで外して、それに跨った。まるで、馬に乗ることを手馴れているようだ。

「えぇ!? ちょ……逃げるって、馬で!?」

「当たり前よ! 馬車で走っていたら、すぐに追いつかれるわ。ほら、ティオ! 乗って!」

「う、うん」

 リラに手を引かれて、ティオはルシェを頭に乗せたまま、リラの前へと座る。

「そっちの馬はエルバが乗って!」

「俺、馬に乗ったことないんだけど……」

 珍しく情けない声でエルバが愚痴を溢す。

「死にたいなら、自分の足で走りなさい!! あの盗賊が、どんなに恐ろしいか一番知ってるのはあんたでしょ!」

 リラに叱咤されて、エルバは恐る恐る馬へと跨った。

「ほら、行くわよ!!」

 ばんっと、リラは馬の体を叩く。エルバはそれを見様見真似で馬を叩いた。走り始める二頭の馬は並ぶように月が昇る方へ進む。

「いい!? 止まるときは、手綱を引いて! ぎゅんって引っ張っちゃ駄目よ!」

「怖えぇ!! ちょ、まっ……うおおっ……」

 走るその速さに、ティオは目を瞬かせた。ふと、後ろを見る。先ほどまで、騎士団の兵が乗っていた馬が自分たちを追いかけてきていた。

 いや、違う。もっと目を凝らしてみると、馬に乗っているのが誰なのかがはっきりと分かった。

「っ……!」

 そして、気付いた。その馬に乗っているのが兵ではないと。兵達はそれぞれお揃いの服装をしていた。 だが、今、月に照らされてはっきりと分かるその姿は、兵ではない者だった。

「リラ! エルバ! 後ろから、盗賊が追ってきてるよ!!」

「なにっ!?」

 エルバは馬に必死に掴まりながら、後ろを振り返り、その姿に唇を噛み締めた。

「ルシェを追ってきているのか!?」

 確かに、馬車から降りる時、ルシェの姿を見られたのかもしれない。それなら、一層、逃げなければならない。

「ちっ……。あんまり、これは使わないでおきたかったけど……。ティオ、そのまま手綱をしっかり持っててね」

「ふぇっ!? あっ、リラっ!?」

リラは背中に背負っていた弓と矢と取り出し、体を逆方向へと向ける。そして、そのまま弓をゆっくりと構えた。

「おい、リラ! 殺すんじゃねぇぞ!」

「そんなへまはしないわ。止めるだけで十分なんだから」

 深呼吸して、リラはその矢を放した。ひゅん、と風を切る音が、追いかけてくる馬の目の前にぐさっと刺さる。それに驚いた馬は前足を上げて横に倒れた。それと同時に乗っていた騎手も一緒に倒れていく。

「やっりぃ! さすがリラ! 見込んでいた通りだぜ!」

「まだ、安心出来ないわ……」

 前方に注意しつつ、ティオも後ろを見る。多くの盗賊が獲物を逃がすかと言わんばかりにそれぞれの足や馬に乗って追いかけてきていた。

「くそっ……騎士団は何やってんだよ! 盗賊を討伐してるんじゃ、なかったのかよ!!」

 エルバの叫びが馬の蹄の音の間に響く。

 

 本当なら、静かに村へと帰る予定だったはずなのに。ティオは唇を噛み締めながら、ルシェを片手でしっかり抱いた。

 リラはそんなティオを見て、そのままエルバの方へと振り返り、まるで何かを察したように頷き合った。

「――ティオ、聞いて」

 リラの声が、喧騒の中、静かに聞こえた。でも、同時に嫌な予感が胸の奥でざわつく。

「私とエルバが、囮になって足止めするから、あなたはルシェと一緒に逃げて」

「っ!?」

 ティオはがばっと身体ごと向けて、リラの方を見る。その表情はこんな喧騒に似合わないほど、穏やかだった。

「何を……言っているの……?」

「あなたは村へ帰るの。大丈夫よ、帰られる。私達が帰してあげるわ」

 悟ったようなそんな笑顔、ティオは見たくなかった。

 

 嘘だ。

 嘘だと言って欲しい。


 縋るようにティオは首を横に振った。

「我侭言わないの。あなたはルシェを守らなきゃ。それが、あなたの役目」

 エルバが、ティオ達の方へと馬を近づけてくる。

「嫌だ……、嘘だっ……。ねぇ、一緒に……一緒に行こうよ!」

「駄目だ。このままだと追いつかれる」

 静かに諭すようにエルバが言った。確かに、後ろの追っ手がだんだんと距離を縮めている。

「っ……。じゃあ、僕も戦うよ! だからっ……」

「駄目だって言ってるだろ!!」

 エルバが叫んだ。その瞳に涙が浮かんでいる。

「いいか! お前がここで立ち止まったら、ルシェはどうなる!? 捕まったらただじゃ済まないんだぞ!! 村で待っている人や、この大地は!? 今まで、頑張って竜を守って来た人達の努力と時間、大地を守って来た竜達の意味が、全部ここで終わる事になるんだぞ!!」

 分かっている、頭で理解はしている。それでも、この感情が、思いが、気持ちが彼らを見捨てたくないと心から叫んでいた。


 見捨てるな、見捨てるな。


 それでも、自分の弱い力じゃ盗賊なんて、どうする事も出来ないのだ。

「大丈夫よ、また……きっと会えるわ。だって、私達、あなたの事が大好きだもの」

 静かにそう告げて、リラは馬の上に立ちあがり、そのまま軽業師のようにエルバの馬の方へと飛び乗る。

 エルバの乗っている馬にリラの重さが加わると、馬の走りが遅くなり、次第にティオの馬と速さが合わなくなって離れ始める。

「俺達は大丈夫だ! お前は行け! 行くんだ!! もう、振り返るなっ!!!」

 身体を大きく振り返りつつ、ティオは手をもがくように伸ばす。最後にエルバが叫び、リラが再び弓を構える姿が目に映る。


 届きはしないと分かっているのに。立ち止まる事なんて出来ないと悟っているくせに。

 それでも、二人と離れることを諦めたくはなかった。


「リラッ――!!エルバッ――!!」

 ティオは叫んだ。友の名を。この馬を自ら降りれば、自分は二人の元へと戻る事が出来る。

 でも、そうしないのは、頭の中でそんな事をしても無駄だと、二人が望んでいないと分かっているからだ。

「ごめんっ……ごめん………っ!!」

 ティオは馬にしがみ付いた。その進む方向が合っているのかさえもう、分からない。

 ただ、進まなければならない。逃げなければならない。自分が預かっている命が、大きいものだと知っているから。


 月が照らす草原の道に、一頭の馬だけが寂しく走っていた。


   


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