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受け継ぐもの


 ふと、風を感じたティオは顔を上げる。結局、一つの部屋に三人で寝てしまっていたため、ベッドの上は雑魚寝状態だった。

 風がどこから吹くのか周りを見ていると、大きな扉となっている窓のカーテンが揺れているのが目に入る。そこに近づこうとすると、後ろから声が響いた。

「ピィ」

 静かに鳴く声が、自分の後ろをとことこと小さい足で付いて来ていた。そして、足の爪を使って器用にティオの頭まで上ってくる。やはり、そこが一番落ち着くらしい。

「君はそこが好きなんだねぇ」

「ピィ!」

 少しずつ、大きくなる体。そして、前に比べて寝ている時間も減っていった。ルシェも確実に成長しているのだ。

「最後にお話しようか。君が『ルシェ』として、最後の夜だし」

 そう言って、ティオは、ベランダと通じている窓をそっと開けて、外へと出る。部屋の中よりも、外の方が明るく感じられた。

「わぁ……ほら、月が綺麗だねぇ」

 満月ではないが、空に浮かぶ月は静かにティオとルシェを照らしていた。

「ねぇ、知ってる? どうして夜の月が光ってるのか」

「ピィ?」

 分からないと言うように、ルシェは首を傾げた。

「あのねぇ、月が輝くのは、夜に一人で居ても寂しくないよって、守ってくれてるからなんだって。……って、僕のお母さんが言っていたんだ」

「ピィ……」

「うん、寂しい時ってやっぱり誰にでもあると思うんだ。夜になると、自分は一人なんだって、思っちゃう時もある。ほら、僕って凄く寂しがりやだし」

 穏やかに話しながら、ティオはルシェの頭を優しく撫でていた。

「でもそんな時は月を見るんだ。大丈夫だよーって、一人じゃないからって」

 

 ルシェは自分のものではない。誰のものでもない。だからこそ、独りなのだ。

 それが、ティオにとってはとても寂しかった。


「君が……一人で居ても、僕はずっと君の事を想っているよ。月に僕の代わりにルシェを守って、ってお願いして。……だから、君は一人だとしても、独りぼっちじゃないんだよ」

「ピィ……?」

「本当だよ。大丈夫だよ」

「ピィ!!」

 嬉しそうにルシェは鳴いた。愛おしいと思った。ティオはルシェを頭から下ろして、腕の中で抱きしめる。

「大好き、大好きだよ、ルシェ。ずっと、ずっと、大好きだから……」

 これが最後の涙だ。もう、絶対に泣かない。

 だから、最後だけ、沢山泣かせて欲しかった。



 その日、夢を見た。体が大きくなったルシェの背中に乗って、広い空を飛んでいる夢を。楽しそうにルシェは翼を動かし、自由に空を舞っていた。自分はルシェと一緒に、幸せそうに居る夢だった。


 ……あぁ、もう、満足だ。


 そう思える夢だった。



 次の日、ルシェは洗礼を受ける前に様々な儀式を受けなければならなかった。空が見える吹き抜けの部屋で、東西南北の噴水の水が一箇所へと集まる場所にちょこん、と座らせられて、神官のような人から水をかけられている。どうやら、身を清めるための行いらしい。

 その後も、一番この国で高い場所である塔から、四方向からの風を受け、四つの炎に囲まれて、教皇から何かの言葉をかけられていた。ティオ達三人はそれを見守る事しか出来なかった。


「ルシェ、大地の竜になっちゃうんだね……。ちょっと、寂しいかも」

「うん……」

 でも、泣かないと決めたティオは真っ直ぐとルシェだけを見ていた。全てを記憶に収めるように、ずっと忘れないように。

 全ての儀式が終わったのは、昼前だった。ルシェが、とことこと歩いてティオの元へやって来る。

「お疲れ様、ルシェ。大丈夫?」

「ピィ!!」

「あと、少しだけだから、頑張ろうね」

 もう、洗礼を受けるだけだ。教皇がゆっくりと自分の前までやって来る。

「ティオ、そなたも来るといい」

「え?」

「神竜が呼んでいる。ルシェと、そなたを」

 ティオはその意味を理解するのに戸惑った。なぜ、神竜と呼ばれる存在が自分のような人間を呼んでいるのか。

「こちらだ。なに、怯えることはない。……彼はとても優しい竜だ」

 教皇の後に、ティオはルシェを抱えて付いて行く。

 後ろを振り返ると、リラとエルバが笑顔で自分を見送っていた。

「……この地が聖都と呼ばれている理由、それは神竜が住んでいるからだ。彼は自然という大きな力によって生きている。自然を壊せば、竜は絶える。竜が絶えれば、自然は壊れる。それがこの世の理だと知っている人間は少ないだろう」

 物語を語るように教皇は静かに告げる。

「そなたには神竜に会う権利、義務がある」

「そんな……。あの、僕はただの子どもで……」

 取り柄のない、ただの子どもだ。そんな子どもが、このような場所で、教皇と会っていることさえ普通なら考えられないのに。

「遥か昔、この国が何と呼ばれていたのか知っているかね」

「えっと……確か、竜の住む国だって……」

「そうだ。竜の住む国、それがユリスティア国以前の国、サンテルノ王国……。この国が、竜を使い、滅ぼさせた国だ」

「…………」

 

 シオンの言っていた竜を使った戦争。

 そして、滅んでいくのは人ではなく竜。


「しかし、この国には王のもとに、四人の王子がいた。王子たちは竜をこよなく愛し、竜たちも優しい彼らを信頼していた。国が滅ぶ前に、竜が絶えること察し、悲しんだ彼らは生まれし子竜を四つの方角へと連れて行き、彼らをそれぞれの静かな土地で守ることにした。そして、竜たちは彼らを守るためにその土地に根付き、大地を守る竜となった。大地を守ることで、王子たちを守れると信じていたからだ」

「……っ」

 信じる、ということ。

 それが、残酷だと感じた。

「それが、現在まで続き、今がある」

 教皇は振り返る。その瞳が、自分と同じように悲しげだった。

「四つの方角の王子、いやもうその時、国は滅んでいたのだが、彼らは竜を代々見守る事を決めた。また、それと同じで聖都の底に住んでいる神龍もこれ以上、竜が減らないように、そして大地が汚されないようにと願いを込めて、四頭の子竜に己の力を注いだ」

「神龍の、力……」

「風を起こして植物の種を飛ばし、空を飛んでは白い身体に反射させた光を大地へ降りそそぎ、、雨雲を呼んで水をもたらす。……自然と一体となるための力だ。その力を施された竜達はやがて、大地の竜としての力を発揮することとなった。そして、竜達の守番となった王子達もそれぞれの地で命を全うし、そして眠っていった」

 この話は事実の物語なのだろう。だからこそ、こんなにも胸に響く。

「しかし、いつしか『大地の竜』という存在が国を守るためのものだと時代と共に変わっていった」

 いつの間にか、小さな扉の前へと連れられていた。

「この先は、神竜の住まう地下だ。きっと、彼もティオに会いたがっている」

「え……?」

 教皇は穏やかに微笑み、その扉に古びた鍵を差し込んでゆっくりと左へ回す。カチャっと、音とともに、扉が開く。

「さぁ、行きなさい。そして、その目で真実を確かめるのだ、古き血の者よ」

 扉の向こうは薄暗く、細い階段が続いている。下から吹き抜けてくる風は、どうやって入ってきているのだろうか。

「ピィ」

 ルシェが「大丈夫だよ」と言うように鳴いた。だから、それを信じて、ティオもゆっくりと足を進めていく。

 鼓動が激しくなっていくのが分かる。

 それにも関わらず、心のどこかで、早く前へと進みたい、早く会いたいと願っているのだ。

 階段を全て降りきると、広い場所へと出た。向こうから、風が漂ってくる。それに向かうように、ティオは歩きはじめた。


 ぽちゃん、と雫が落ちる音がした。少しずつ目が暗闇に慣れてくる。そこで、初めて気付いた存在があった。

「っ…………」

 その存在のあまりの巨大さにティオは思わず息が止まりそうになった。ルシェの親竜よりも、さらに大きいその竜は、体を横にして、そこに居たからだ。広い空間だと思っていた地下いっぱいに、その体は収まっていた。

 風だと思っていたのは、どうやら彼の吐息らしい。

 ティオは緊張しながら、ルシェをその竜の目の前へと下ろす。一方のルシェは、その竜自体をとても興味深そうに見ていた。初めて見た同種が嬉しかったのだろう。ルシェはとことことその竜の口元まで歩み寄り、地面の上にどっしりと置かれている顎に軽く口付けた。

 神竜と呼ばれる存在はルシェとティオを交互に見る。そして、深い息を吐いた。その時、今から洗礼が始まるのだと直感した。

 神竜はルシェを真っ直ぐ見据えると、軽く額に口付けした。瞬間、ルシェの白い鱗に光が纏わり、輝き始めたのだ。

「っ、ルシェ!」

 思わず、叫ぶ。だが、神竜は穏やかな表情をしていた。大丈夫だと言っているように。

「ピィッ!!!」

 少しずつルシェの体が浮かび、そして、両方の羽がばさっと広がった。神竜はもう一度ルシェの額に口付けをする。ぱんっ、と何かが弾けるようにルシェの体を纏っていた光は粉々になり、消え去った。

 ティオは駆け寄り、ゆっくりと腕の中へと降り立つルシェを抱き止める。ルシェの額には先ほどまでなかった文様が浮かんでいた。

 これが、大地の竜として認められ、その力を授かった証拠なのだろう。


 ルシェが、大地の竜となったのだ。この時、自分の役目は果たされた。

「ピィ! ピィッ!!」

 ルシェが神竜に向かって何かを叫ぶ。お礼でも言っているのだろうか。ただ、神竜はティオとルシェを何か、愛おしいものを見るように穏やかな表情をしていた。

 そして、再び、目を閉じていく。彼はまた眠りに付いたのだ。

「……終わったんだ、ルシェ」

「ピィ?」

 「そうなの?」と聞いてくるようにルシェは首を傾げる。小さな体に刻まれたのは大きな力。これから大地を守るために、振るわれる力だ。

 それでも、ルシェはこの腕に収まるほど、こんなにも小さい。

「帰ろう、皆待ってるよ」

「ピィ!」

 ティオは神竜に深く頭を下げて、もと来た道を引き返す。


 ―――さらば、愛しき子。


 一瞬、頭の中に言葉が響いた。ルシェの親を看取った時に、聞いたように、頭に直接響いたのだ。ばっと振り返り、神竜を見る。彼は眠ったままだ。

「……ありがとう、僕も大好きだよ」

 きっと、二度と会う事は出来ないのだろう。ティオは小さく微笑み、その場を後にするように、階段を登る。その懐かしさをひっそりと、心に秘めながら、ティオは大人びた顔をしていた。


  

 階段を登りきり、教皇がルシェの額に刻まれた文様を見て、口元を緩める。

「これで、この子も大地の竜だ」

「はい」

 まだ自覚がないのか、ルシェは首を傾げている。

「帰りは、直属の騎士団の兵がそなた達を村まで送り届けるように手配している。安心して、向かうといい」

「……ありがとうございます」

 あとは、帰るだけだ。騎士団の人が送ってくれるとはいえ、体が重く感じられた。

 教皇に、深く挨拶をして帰る準備を整えたティオはルシェを抱えたまま、城門へと向かう。

「ティオ!」

 明るい声に、胸が高鳴った。

「これから、村へ帰るんでしょ? 私達も一緒に行くわ」

 自分と同じように帰り支度を整えたリラが駆け寄ってくる。その隣にはエルバも居た。

「でも……リラは世界を見て回りたいんでしょ? また村に戻ったら……」

「なぁに、言ってんだよ。ルシェの最後の見送りくらいさせろよなー。それに、俺、まだ雇い賃貰ってねぇし」

 ぽんっと頭の上にエルバの手が置かれる。

「……そうだったね」

 苦笑しながら、ティオは答え、何かを悟ったように微笑む。

「ありがとう、二人とも。最後まで……付き合ってくれて」

「いいの、いいの。私達が勝手に付いて来て、勝手に付いて行くだけなんだから。さ、行きましょ? 向こうで、キャロットさんが馬車を用意して待っているから」

「うんっ」


 



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