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幸せもの


 聖都の中は、これまでの村や町と違って、人の多さや賑わいが比べ物にならない程だった。溢れるように人が渦巻く道をティオは必死にエルバとリラの後を追いかける。

 勿論、人目があるのでルシェには少し我慢してもらって、鞄の中に入ってもらっていた。


 この国の教皇が住んでいる城の門へ着いたのは、殆ど夕暮れが夜に変わる頃だった。

 城門を守る兵士はミオレミールの騎士団の兵士よりも礼儀正しく、ティオが手紙を渡すとそれからすぐ後に若い身なりの良い青年が門の内から出てきた。

「はじめまして、ティオ。私は教皇の近衛兵を務めているキャロット・シャルディアと申します」

 軽く頭を下げられて驚いた三人はそのまま続けるように頭を下げる。

「あのっ! 僕、その……」

「えぇ、手紙で読みました。……そちらのお二人は道中で知り合ったお仲間でしょうか?」

 柔らかい物腰で、丁寧に尋ねてくるキャロットの雰囲気は初対面だとは思えないほど和やかだった。

「は、ひゃいっ! あの、私……リラ、です」

「俺はエルバ。情報屋のエルバです」

 二人とも緊張しているのだろう。リラは声まで裏返っていた。

「三人ともお疲れでしょう。とりあえず、中へ入られてください。あぁ、お召し物はそのままで構わないと教皇も仰っています」

「きょ、教皇、様!?」

 まさか、教皇に会えると思っていなかったのか三人は互いに顔を見合わせる。

「……とにかく、無事で良かったです。シオンからの手紙が一昨日届きましてね。教皇様はどうか無事に聖都に着けるようにとずっと祈っておいででしたよ」

 恐らく、村に置いている伝書鳩を聖都まで飛ばしたのだろう。しかし、それより驚いたのはキャロットがシオンを知っている事だった。

「えっ! おばさん……じゃなくて、シオンさんと知り合いなんですか?」

「えぇ、なんせ中央騎士団の同期ですから」

 中央騎士団とは聖都を守る騎士たちの事だ。シオンが若い頃にその訓練生になっていたのは昔聞いた事があるが、同期とは思ってもいなかった。

「ど、同期……」

 疑うのは、キャロットとシオンの歳が同じだという事で、つまりこの人も二十五歳と言うことだ。それにしては、ティオに劣らずの童顔だなと心の中で思ったが口には決して出さなかった。

「さぁ、どうぞ」

 あまりにも場違いな場所に三人は周りを見渡しながらキャロットについて行く。

 門の中は緑の芝生が覆った絨毯に、噴水、咲き始めの花々など、心を穏やかにするものが静かに存在していた。

「ピィ! ピィ!」

 鞄の中に隠していたルシェは大声で鳴き始める。外に出たいのだろう。目の前のキャロットがこちらを向いて頷く。それを了承だと捉え、ティオは鞄からルシェを外に出して頭の上に乗せる。


 ―――あぁ、やっぱり重くなってる。


 それを感じる事で、ルシェがちゃんと成長しているのだと感じていた。

「……この子が大地の竜の子ども……」

 キャロットも初めて見たのだろうか。暫く無言でルシェを見つめていた。

「はい。ルシェって言います……って、僕が勝手に付けたんですが」

「そうですか。いえ、いい名ですね」

 キャロットは何かを確かめるようにルシェの頭を優しく撫でる。

「あのー……」

 後ろにいたリラが小さく手を挙げて、キャロットに質問する。

「私たち二人は付き人というか、旅仲間なんですけれど、付いて来てしまって良かったのでしょうか?」

 場違いなその場所に、さすがのリラもたじろいでいるようだった。

「構いませんよ。むしろ、ティオ一人では心配だとシオン……、あぁ、キエト村に居る騎士なのですが、彼女はそう言っていましたからね。あなた方が付いていてくれて良かったと思っているはずです」

 穏やかに微笑みながら言っているので、本当の事であろう。

「ですが……大地の竜は国家単位での重要秘密ですので、他言は無用ですからお気を付けくださいね」

「はっ、はいっ!」

 ピシッと二人は固まり、大きく返事を返す。恐らく、キャロットは一応注意をするが、それほどこの二人に他言されるとは心配はしていないのだろう。つまり、信用している、ということだ。

「さて、こちらの向こうが、教皇様がお待ちになっている部屋です」

 いつの間にか、城の中心部まで来ていた。そして、目の前にあるこの大きな扉の向こうに、教皇が居るのだ。それはこの国の頂点に立つ者。

 この国に王は居ない。ユリスティア国の以前の国であれば王はいたが、今は教皇が次の教皇を指名する事で成り立っている。

「さぁ、どうぞ……」

 ゆっくりと扉が開かれていく。ティオはルシェを頭から腕の中へと収めて、どうにか緊張している心を落ち着かせようとする。

 

 赤く、刺繍の施された絨毯が、長く長く続いている。ティオ達はそれを一歩一歩踏みしめるように歩いた。

「遠路遥々、よく来てくれた。無事で本当に良かった」

 広い部屋に隅々まで響き渡るその重く落ち着いた声。発せられたのは自分達への労いだった。

「あぁ、頭は下げなくていい、もう少しこちらへ来てくれないか……」

 そう言って教皇は手招きしている。緊張しながらも、ティオはその姿を見た。優しそうな面差し、白い髪と髭。質素ながらもどこか上品さが醸し出される服。何かの木で作られた竜の彫刻が彫られた杖。


 ……この人が、教皇様。


 その姿をティオはぼーっと見ていた。

「どうした、ティオよ」

「は、いっ!!」

 ティオはがばっとキャロットの方へ振り返る。キャロットは手で「どうぞ前へ」と仕草した。

恐る恐るティオは前へと進む。

 そういえば、聖都に行く、教皇に会う、洗礼を受ける、とだけしか聞いていなかったため、こういう場での礼儀やしきたりなんて全く知らないティオは冷や汗を掻きながら、言われるまま、教皇の前まで進んだ。

「シオンからの手紙でな、お主が一人で竜の同行者として旅立った、と綴られていたから心配していた。……だが、どうやら無用のようだったな」

 そう言って、教皇はティオの後ろで控えているリラとエルバに目を配る。

「……はい。僕一人では、出来なかったと思います。あの二人が……僕に色々教えてくれたり、助けてくれたから、ここまで来る事が出来たんです」

 声は震えていたが、はっきりと自分の意見を言う事が出来た。

「ふむ。さて、こちらが東の大地の竜の子どもか。名前は……付けているのかね?」

「あ、の……僭越ながら、その『ルシェ』と付けました」

「ルシェ、か」

 教皇は穏やかに笑みを浮かべながら、ルシェの頭を数度撫でる。

「ルシェ、そなたの親は良き竜であった。私はそんな竜の子どもであるそなたに会えた事を嬉しく思うよ」

「ピィ? ピィッ!!」

 教皇の言葉を理解しているのかどうかは分からないが、ルシェは元気よく返事をする。

「そなたに水と火と大地の祝福があらんことを……」

 教皇はルシェに向かって、何かの言葉を並べ、そっとルシェの額に指を置く。何が起こっているのか分かっていないルシェは首を傾げて「なぁに?」とでも言うようにティオに振り返ってくる。

「君が……幸せな竜であるように、祈って下さっているんだよ」

 小さな声でティオは告げる。

 

 そうだ。自分はルシェに幸せになって欲しいと願っていた。

 ただ、「大地の竜」として、縛るだけではなく、本当に幸せだと感じられるように、そんな心を持った竜になって欲しいと。


 だが、それを伝える事の出来る時間はもう、刻々と迫ってきていた。

「三人とも、長旅で疲れただろう。この子の大地の竜への洗礼の儀は明日執り行うとして、今日はゆっくりここで休みなさい。部屋も用意してある」

 教皇が優しく微笑みながら、控えていたキャロットの方へと向く。

「では、こちらに付いて来て下さい。部屋へご案内しましょう」

 三人は深く教皇に頭を下げてから、そのまま謁見の間から出る。その瞬間に、緊張がとけたのかエルバが深いため息を吐いたのが聞こえた。

「はぁー……まさか、人生の中で教皇様に会えるなんて思ってなかったぜ……」

「そうよね。でも、こう、ひしひしと優しさとか穏やかさが伝わってくる人だったわ」

 相当、緊張していたのだろう。後ろの二人は一気に捲くりたてるように話し始める。

「ティオ、シオンの手紙に書いてあったのですが、ミオレミールの駐屯騎士団には行かれましたか?」

「え? あっ……実は、ちょっと問題が起こってしまって……その、団長さんの力を借りる事が出来なかったのです」

「なるほど……。いえ、もし、グレイハムに頼む事が出来れば良かったのですが、何せ丁度彼は聖都の方へ来ていまして……」

「えっ……そうだったんですか」

 それなら、あの門番達はどっちにしろ、グレイハムに会わせる気はさらさらなかったという事だ。

「えぇ。実はミオレミールから聖都付近に出没している盗賊が居まして。彼は聖都の騎士団と連携しながら、盗賊団を捕まえるための作戦を練るために今、聖都に来ていたのです。擦れ違ってしまい、申し訳なかったですね」

「い、いえっ……」

「でも、本当に良かった……。君達が盗賊団に襲われていないか、とても冷や冷やしていました」

「それは……」

 ティオは後ろの二人を見る。

「……ここまで、来る事が出来たのは、本当にあの二人のおかげなんです。僕一人だったら、きっと……」

 彼らに出会う事が出来て良かったと心から思う。だが、自分は助けて貰ってばかりで、何もしていない。

「きっと、神竜のお導きでしょう」

「神竜?」

「この城、いえ、この聖都の地下に眠ると言われている竜です。この国が始まる以前から、ずっとこの地を守ってきた神でもあり、そして……」

 キャロットはルシェの頭を軽く撫でる。

「大地の竜の根源……つまり、遠い先祖でもあるのです」

「そ……っ……」

 それはつまり、何百年も生きてきたという事だ。

「神竜がこの子、ルシェを無事に聖都に着けるようにきっと、ずっと祈ってくれていたのでしょう。私はお会いする事が出来ない身ですが、明日、ルシェは神竜から洗礼を受けなければなりません」

「ルシェが……」

 明日、その洗礼を受ければ、ルシェは「大地の竜」としての力を得て、「東の大地の竜」となる。

腕の中の小さな命が、大きな使命を背負わされるのだ。

 そして、今までの旅も、明日で終わりになる。

「部屋は一人一室ずつご用意していますので、どうぞゆっくり休んで下さい。あとから食事も運びましょう。何かあれば控えの者がいますので、そちらに頼むと良いでしょう」

「あ、はい……」

 いつの間にか、用意されていた部屋の前まで着いており、キャロットはこれで失礼します、と言って下がっていった。

 長く静かな廊下に三人が取り残される。

「……じゃあ、俺たちはこっちの部屋にでも居るから、何かあったら呼んでくれよな」

 エルバがポンっと頭に手を置いてから背を向ける。

「それじゃあ、また明日」

「うん……」

 二人を見送ろうとして、俯いた。自分の手の先がいつの間にか二人の服を掴んでいるのも気付かずに。

「……ティオ?」

 リラが立ち止まり、振り返る。

「あっ……何でも、ないんだ。……ただ、ちょっと……。その、今まで三人でいたから、少し寂しいなって思って……」

 自分で何を言っているのか分からなかった。でも、その手を離せば、もう二人には会えないんじゃないかって思ってしまった。

「もうー……ティオはまだまだ子どもねぇ」

 そう言って、リラは子どもをあやすように、よしよしと頭を撫ででてくる。

「何だ、寂しかったのか。仕方ねぇなぁ~」

 背を向けていたエルバもティオの方へ戻ってくると背中をばんばんと叩いてくる。

「いたっ……、って、痛いよ、エルバっ」

「まぁ、あとちょっとだけ一緒に居てやるよ」

 エルバはティオの腕を掴んで、部屋の中へと入っていく。

「そうねぇ、こんなにも広いんだから、三人でも十分な広さよねぇ。確かに寂しくもなるわ」

 二人はにやにやと笑いながらティオを見てくる。

「……もうっ、また、僕を子ども扱い、す……」

 ティオは瞳いっぱいに涙を溜める。

「――全く、ティオはやっぱり私達がいないと、駄目……なん、だから……っ」

 リラの声が震えた。頬に伝うのは、自分と同じ涙だ。

「あれっ、おかしいな……。……嬉しい、はずなのに……」

 手で拭いながら、リラは笑う。

「お前らなぁ……」

 エルバが右手で顔を覆った。

 

 旅が終わる。それは、この出会いが、別れになるという事。

 短かったはずのその時間は、自分たちにとっては大きなものだった。


「ピィ……?」

 何が起きたのか分かっていないルシェは首を傾げながら、不安そうにこちらを見てくる。そうだ、ルシェとも別れることになるのだ。この子はそれの意味が分かる時が来るだろうか。

 寂しいと、悲しいと感じる心が生まれるだろうか。

「リラ、エルバ」

 ティオは手の甲で涙を拭く。そして、一生懸命、笑顔を作って、幸せそうに笑った。

「僕ね、凄く嬉しかったよ。凄く、楽しかった。君達に会えて本当に、幸せだった」

 大切な時間だった。悩みながら、前に進んで、笑って、色んな事を話して。何気ないと思う時間が、愛おしいと思えた。

「ありがとう……! 本当に、ありがとう」

 例え、この旅が終わったとしても、自分は一生この思い出を大事にするだろう。

「もう……っ、本当にティオには敵わないなぁ……」

 リラが、ティオへ抱きついてくる。

「全くだぜ」

 そう言って、鼻を赤くしているエルバも、重なるように抱き合った。


 自分を認めてくれた人達、自分と笑い合ってくれた人達。その存在がどれほど、自分の中で大きな影響を与えたのか、彼らは知らないだろう。

 何も出来ないと決め付けて、過ごしていたあの村での日々を一瞬で拭い去ってくれるような、そんな暖かな気持ちだった。


 「はずれ者」。誰が呼んだか分からないその呼び名。

 でも、はずれた事こそが、自分にとっては当たりだった。だって、彼らに会えたから。ルシェと会えたから。


 あぁ、これが幸せなんだ。幸せだと、初めて感じた。

 自分が大好きな人達に囲まれて、こんな風に気持ちを共有出来て、これ以上の幸せがあるのかと思えるほど、心が満たされていく。

 

 ルシェは「どうしたの」と心配するように、三人を丸い瞳で見つめていた。

いつか、きっと分かる時が来て欲しいと願う。

 暫く、三人と一匹は抱きしめ合いながら、静かに泣いていた。


   


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