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思い出すもの


 宿屋で朝食を食べ終えた三人は、三、四日分の食料などを買い込んでからゴーザン山脈の麓を目指して歩き始める。

 今日は山まで登らずに、麓で一夜を過ごしてから次の日に山を登る予定だ。その方が効率が良いし、何より安全だとエルバは言った。

「山の中には狼なんかの獣がいるからな。出来るだけ危険は少ない方がいい。それに、朝早くから歩けば二日でこの山は越えられるよ」

 方位磁石から目を離さず、エルバは何気なくそう話す。

「それに、いざとなればリラが何とかしてくれるだろ」

「はぁ? 何で私なのよ」

「お前のその手、弓の練習で出来るたこが硬くなってる。あと背中に背負ってる弓も年代物だ。相当、使えるだろ?」

「……あんた、やっぱり気持ち悪いわ……」

 リラは不気味なものを見るようにエルバを睨むが、ティオは感心していた。

 恐らく、昨日手を握った時に見ていたのだろう。それだけで、リラが弓の使い手だってそこまで判断出来るとは凄い。

「ピィ! ピィ!!」

 突然、鞄の中のルシェが騒ぎ出す。今まで、そのような事がなかったため、驚いたティオは周りに自分達以外が居ないことを確認してから、鞄からルシェを取り出した。

「どうしたの?」

「分からないんだ……。ルシェ、どうしたの? 落ち着いて……」

 しかし、ルシェはティオの腕の中でばたばたと動き出す。そんなに暴れてしまっては、マントの下に隠している羽が見えかねない。

「ご飯はあげたからお腹は空いてないはずだし……一体なんだろ?」

「外に出たかったんじゃねぇの?」

「え?」

「毎日成長してんのに、ずっと狭い中に入ってたら、窮屈にもなるだろ。誰も周りに居ない時だけ、外に出しといてやれば?」

 確かに、外に出たルシェは空気を味わうように深く息を吐いている。

 もう、このマントの下に隠したまま旅をするのは三日目だ。可哀想だと思ってもそれがルシェを守る方法だと思っていた。


 ……でも、このままじゃ、世界を知る事なんて出来ないよね。


 ティオはルシェを頭の上へと乗せる。初めて頭に乗せた時より、少しだけ重くなった気がした。

 すると、それが嬉しかったのかルシェはまた高い声で鳴く。

「くっ……なんて可愛いのっ……」

「ほらな。やっぱり外に出たかったんだよ。今日は天気もいいし、風も気持ちいいしなー……」

 エルバの言う通り、ティオは風を感じてみる。ふわり、と吹き抜けていく風は、村で感じていたものと同じで優しく包み込むような風だった。

「うん、そうだね。ルシェ、今までごめんね。これからは、外に出してあげるから……」

「ピィッ!」

 嬉しそうにルシェが鳴くのを聞いて、ティオもつい笑顔が零れる。

 やはり、空の下の竜は自由であるべきだ。それが、一番彼らに似合うのだから。



 二人はティオの体力の無さの事も考慮してか、途中途中で休みを入れてくれた。それが何だか逆に申し訳ないと感じつつも、ティオは表に出さずに、一生懸命歩く事だけに専念した。

 さすがに、ゴーザン山脈の道を行く者はこの時期にはそんなに居ないのか誰ともすれ違わずに済み、ルシェはそのままティオの頭の上で自由に鳴いたり、寝たりしていた。

 しかし、山の中へ入る前に、エルバは止まり、腰を下ろし始める。

「今日はここまでにしておこう。これ以上山に入りすぎると、獣の餌食になるぞ」

「え、でもまだ……日は暮れてないよ?」

 太陽は傾いてはいるが、十分に歩ける明るさだ。もう少しなら、前に進めると思ったが、エルバは動こうとしない。

「ここなら、見晴らしもいいし、近くに川も流れている。いざとなれば川へ逃げられるからな」

「じゃあ、今日はここで野宿?」

 リラはさして不満そうではない表情でエルバに尋ねる。

「そうだな。とりあえず、辺りから薪になりそうな枝でも拾って、焚き火でもするか。あ、鍋あるから何か魚か茸とか採って……この季節なら食える野草もあるだろ。手分けして探してこうぜ」

 さすがに旅慣れているのか、エルバは何でもなさそうに指示を与え始める。

「分かったわ。じゃあ、魚でも捕ってこようかしら」

 そう言って、リラは弓だけを持って川へと向かう。

「……今、魚って言ったよな」

「うん……」

 魚を捕りに行くのに、どうして弓が必要なのかと二人で首を傾げる。

「じゃあ、僕は山菜でも採ってくるよ。こう見えて、山菜採りは得意なんだ」 

 何せ、村で毎日のようにやっていた仕事だ。こんな時に役に立つとは思わなかった。

「俺は薪拾って、火でも熾してるよ」

 上手く役割分担した三人はそれぞれの仕事をし始める。

「ピィ?」

 頭の上のルシェが、「何してるの?」と言っているように尋ねてくる。

「ん? あのね、今から皆でご飯を作るんだ。勿論、ルシェの分もあるからね」

 ルシェはご飯を食べる事が楽しみとしているのか、いつも食事の時間になると鳴き始める。人間の食べるものが相当気に入ったらしい。

「たくさん食べてね。そして、大きくなって……」

 

 そこで、ティオは言葉に詰った。今、思い出したかのようにはっとする。忘れていたのだ。自分が、誰にルシェを頼まれていたことを。

 空へと消えた大地の竜。その存在を今まで忘れてしまっていたかのように思い出す。

 そうだ。忘れてはいけない。自分がここに居る理由を。何のために、誰の願いのために旅をしているのかを。

 ティオはルシェを胸に抱く。

「ピィ?」

 守ると決めた小さな命。ティオは空へ向かって祈るように仰ぎ見た。

 

 ……どうか、この子を最後まで守れますように。

 

 それが自分の使命なのだから。



 夕食を食べ終えた三人は、それぞれ葉っぱを集めて作ったベッドに大きめの布を敷いてそれぞれに座る。

「それにしても、ルシェの食い意地はすごいなぁ。俺達の倍は食べたんじゃねぇの?」

「そうかも。前よりいっぱい食べるようになったから、びっくりしたよ……」

 残っていた鍋の残りは全てルシェが食べてしまい、今は小さく丸くなって寝ている。

「それにしても、春が来るとは言え、まだ冷えるわね……」

 リラは自分の持っていた上着を寝ているルシェの上に被せて、自分は布で身を包める。

「そうだな……。さて、二人とも先に寝ていいぞ。俺が火の番してるからよ」

 エルバは新しい薪を炎の中へと投げやる。

「やっぱり、ずっと燃やしてないと、獣が来るの?」

「それもあるな。でも、人が寝たところを襲ってくる山賊もいるからな。……あぁ、ここには居ないと思うぜ? 何せ、この道が主に使われるのは春過ぎてからだから、安心して寝てくれ」

「まぁ、明日も早いし……。でも、エルバ、何かしたら承知しないわよ。その時はあんたの脳天を弓矢でぶち抜くわ」

「へいへい」

「あ、一時間経ったら、交代するから起こしてね」

 苦笑いしながら、ティオも布の中へ潜る。

「おう。じゃあな、お休み」

「ん、お休み」

「お休みなさい」

 ぼんやりとしながら、ティオはルシェを見る。今日、この子はどんな事を思いながら夢の中に居るのだろうか。ちゃんと、幸せだって感じている事はあるだろうか。

 手を伸ばそうとするが、沢山歩いて疲れていたのかティオの目はゆっくりと閉じていった。



   


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