知らせるもの
食事を終えて、酒場を出た二人はゆっくりと宿屋への道を辿っていた。
「はぁー……美味しかったわねぇー」
「うん。凄くお腹いっぱいになっちゃったよー」
「あ、勿論、ルシェの分のパンもとっておいたわよ! 後で私に餌付け……じゃなくて、食べさせて!」「いいけど……」
道は先ほどと比べると人は少なくなっていた。それでも、道沿いに並ぶ店からの明かりで、夜道は照らされており、通り過ぎる人の顔も見える程の明るさだった。
「なぁ、あんた達」
後ろから、声をかけられた二人は自分達の事だろうかと後ろを振り返る。
「あっ……」
ティオは思わず声を上げてしまった。それは店にいた時に、自分達を見ていた青年だったからだ。
「あんた等、聖都に行くのか?」
突然の言葉にティオとリラはお互いに顔を合わせたが、すぐにリラが即答する。
「そうよ。何か私たちに用なの?」
「ベルザス湿地帯の道はやめておけ」
店から零れる明かりの下で、青年はごく真面目にそう言った。
「はぁ? 何なの、突然……」
「あの道は危険だ。やめておいた方がいい」
ティオは彼の目を見る。
何かを訴えてくるようにその目は揺るがず真剣そのものだった。
「底なし沼とかあるんでしょ? 大丈夫よ。歩ける道はあるらしいし」
「その事じゃない」
青年は周りをきょろきょろと見渡してから、二人に近づいてくる。
「俺はエルバ。情報屋をやってる」
「情報屋……」
聞いた事はあるが、本当にある職業とは知らなかったティオは少し不安げにエルバを見る。
「胡散臭そうね」
ずばっと、剣を切り込むようにリラは言う。
「まぁ、この成りと若さじゃそう思われても仕方ねぇな。でも、情報だけは本物を届けるぜ」
口の端を上げて、エルバは人当たりが良さそうににっと笑う。
「……とにかく、この場所じゃ他の奴に聞かれかねない。あんた等、どこの宿屋に泊まってるんだ?」
「すぐそこの所だけれど……」
「あ、じゃあ一緒のとこか。それなら丁度いい。俺も一室借りてるから、そこまで来てくれないか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でそんな事になるの!」
リラはティオの前へと出てきて、エルバに突っかかる。
「私達は一言もあんたを信じるなんて言ってないわよ! それに、横からずいずいやって来て、情報喋ってお金とる気でしょう!」
「そりゃそうだ。それが俺の商売だからな」
すんなりとエルバは答えるとリラは絶句したように固まってしまう。
「金を貰うって事は、それが信用出来るものだからこそ支払われるべき対価だと俺は思ってる。それに、俺は信用出来る情報しか扱わねぇ」
「……つまり、信用出来るってこと?」
リラの陰からひょっこりとティオが顔を出して答える。
「おぉ、そういう事! いやぁ、お前なら話が分かる奴だと思ったぜ。えっと、確かティオだろ? そっちがリラ」
紹介するまでもなく、エルバは店内での会話から二人の名前を把握していたらしい。それを聞いたリラは不気味がるような目でエルバを嫌悪するように見た。
「とりあえず、俺の部屋に行こうぜ。なぁに、取って食うような事はしねぇよ」
明るい性格なのか、エルバは二人の背中を押しながら、冗談交じりに言う。隣のリラは少し困ったような表情でティオを見る。
「まぁ、聞いておいて得するような情報なら、使えばいいんだから……とりあえず、聞いてみようよ」
「……ティオがそう言うなら……。でも、高いお金は払わないんだからね!!」
「大丈夫、大丈夫。それにとっておきの話もあるし」
ご機嫌そうにエルバはそのまま二人の背中を急かすように押し続けていた。
エルバが借りている部屋にティオとリラは少々不審気味に入る。
「あ、ティオ。さっきの奴らから貰った地図を出してくれ」
「え……? いいけど」
鞄からすぐに地図を取り出し、エルバへと渡すと部屋にある唯一の机の上へと広げ始める。
「……やっぱり同じもんか」
何かを確信したようにエルバはそう呟いた。
「は? 何が? さっき言ってた事も含めて、ちゃんと説明しなさいよっ」
「騙されてんだよ」
「え?」
エルバは自分の鞄から四枚の紙を取り出す。それはティオ達が男三人から貰った地図と同じ地図だった。
「これは騙された人や、色んな伝手から入手した地図だ。この地図を貰った奴はその道通りに進んで、そして……盗賊に襲われている」
その言葉にティオとリラは息を飲んだ。自然に話すエルバは自分達に嘘を言っているとは思えないほど真剣な表情をしていた。
「あの酒場にいた奴らはその仲間かどうかそこまで突き止めてはいないが、この道を辿ると間違えなくあんた等は盗賊の餌食だ」
「っ……。騎士団は動いてないの!?」
「湿地帯だからな。馬に乗って行くのは、難しいだろう。だが、今ここの騎士団の団長が聖都の騎士団と協力して盗賊を討とうと計画してる……っと、これは秘密な。……とにかく、この道はやめておけ」
「そんな……」
ティオはぺたん、と床に座る。
早く聖都に着けると思った矢先に、これだ。
「……奴らは湿地帯に獲物を誘き寄せてるが、そのうちこの嘘の情報が世間に吐露するとなると、オイザル草原の道の方にも影響は少なからず出る可能性もある。それに一番盗賊が多いのは聖都からこっちへ来る道だ。途中に休む場所がな分、盗賊達も仕事がしやすいらしい」
「それって……旅人や商人を襲うかもしれないって、こと?」
「そうだ。噂によると、この盗賊達は隣国デリオドスの奴がこっちの国に流れ込んできて、略奪を行ってるって話だ」
デリオドス。
それは極東の村であるキエト村の山々の国境を超えた先にある国だ。
「でも、国境付近は騎士団の兵で守りが固められてるって聞いたわ。そんなに簡単に入れるものなの?」
「停戦協定は結んでいるが、別に商売の行き来まで禁止されてるわけじゃねぇ。多分、商人のふりしてやってきてるんだろ。中には密偵として、この国の色んな所で働いてるって聞いたこともあるぜ」
エルバはティオに手を伸ばし、立ち上がらせる。
「だが、俺なら奴らの目を掻い潜って、聖都へ早く行ける道を知ってるぜ」
目の前で、エルバがにっと笑う。一瞬、頭が理解出来なかったがリラがティオの肩を軽く叩いたことで、我に返る。
「それ、本当なの?」
「あぁ。オイガル草原でもベルザス湿地帯でもない。ゴーザン山脈の道を行けばいい」
エルバは腰に手を置いて、自慢げに告げる。
「あのねぇ、ゴーザン山脈の道を行きたくても、まだ雪解けしてないから無理なのよ。それくらい、山を見れば分かるでしょ?」
呆れ混じりにリラはため息を吐きながら言うとエルバは何でもなさそうに笑う。
「だから、俺を雇え」
「はぁ?」
「え?」
突然の申し出にティオとリラは同時に声を発する。
「俺なら、この全て道のルートを完全に覚えてるし、安全な道も知ってる。それに、山にそれほど登らなくて良い上に、早く着ける道も知っているぞ」
ティオは隣のリラは見る。まだ彼女はエルバの事を疑っているのか、不審そうな表情を変えていない。
「…………」
この旅で最も優先するべきなのはルシェの身の安全だ。その次に早く聖都に着くこと。
―――全てを考えて決めていくのはお前自身だ。
シオンの言葉が頭に蘇る。そうだ、もう自分で決めなくて前に進む事が出来ないのだ。ふと、エルバが急に真剣そうな表情をする。
「……俺は嘘の情報が大嫌いだ。だから、こうして騙されそうな奴がいれば、真実を売ってる。俺は、それが俺の役目なんだって思って生きている」
役目。そう、彼自身も「役目」に縛られる事で生きているのだ。自分という人間を保つためではない。自分の存在を証明するために生きている。
「でも、僕らだってそんなにお金があるわけじゃない」
「……っ、ティオ!」
「分かってるさ。だから、今回は特別サービスだ。一日銅貨一枚ってのはどうだい?」
話が分かるじゃないかと言わんばかりにエルバはティオの肩に手を回してくる。
「……何か裏がありそうに感じるんだけど」
腕を組んで、リラは不満そうにエルバを見る。
「別に何もないさ。……ただ、本当の事言うなら、お前ら二人と旅出来たら楽しいだろうなって、直感的に思っただけさ。俺の感は当たるからな、情報だけじゃなく、こっちも信じてもらって構わないぜ」
「……って言っているけれど、本当に信じるの、ティオ?」
「うん」
「こいつも、さっきの奴らみたいに私達を騙そうとしているのかもしれないのよ」
本人の前でも、はっきりと物事が言えるリラは物怖じしない性格で少し羨ましいと思う。
ティオはエルバの顔を見る。軽薄そうに見えるようで、彼が抱いている信念というものは、揺るぎはしないと何となく感じ取れていた。
だからだろうか、全く彼の言葉を疑おうと思えなかった。
「僕は、エルバさんを信じるよ」
真っ直ぐ見ていたエルバの瞳が、驚いたように揺らめく。
「彼が嘘を言っているようには思えないんだ」
「ティオ……」
「……よしっ。契約成立だな!」
エルバは二人の手を取り、ぶんぶん上下に揺らしながら握手する。
「ちょっとでも、変な事したらただじゃ済まないからね」
じろり、とリラは睨んでみせるが、エルバはへらへらと笑いながら手を振る。
「大丈夫だって。大船に乗ったつもりで、どーんっと頼ってくれよな」
「う、うん」
しかし、これからエルバも旅に同行するとなると、やはりリラ同様ルシェの事は教えておかなければならない。
エルバは見た目は軽そうな人間だが、口は堅そうだ。
「あのね、エルバさん。実は一つ秘密にしておいて欲しいことがあるんだ」
ティオは鞄の中からルシェを取り出す。ルシェは全体の姿が見えないようにフードとマントを被ったままで、顔しか見えないようになっている。
「この子はルシェって言うんだ。蜥蜴の子で……。でも、この子を僕が連れている事や、この子の事を誰にも言わないで欲しいんだ」
ティオの腕の中に抱かれたルシェは新しい顔に「だれ?」と言わんばかりに首を傾げている。
ルシェを見たリラは我慢できなかったのか思わず、顎の辺りを優しく撫でるとルシェは気持ちよかったのか「ピィ」と嬉しそうに鳴いた。
「へぇ……こりゃ、始めて見る種類の蜥蜴だな。分かった。秘密だな」
エルバはぐっと親指を立てる。どうやら了承してくれるらしい。
「あと俺からもお願いがあるんだけどよ。……さん付けはやめて、『エルバ』って呼んでくれ。その方が親しみやすいだろ」
そう言って、照れくさそうに笑った時、これがエルバの本当の笑顔なのだとティオはふと思った。
竜一匹に同行者三人。
今の状況をシオンが見たら何というだろうか。きっと、苦笑いして「まぁ、頑張れよ」なんて言うかもしれない。
……なるべく、早く帰るから。
寂しくはない。それでも、やはり心に焦りが生まれてくるのが分かる。それを押し留めながら、ティオはしっかりと子竜を抱いていた。




