悩むもの
宿屋で値切りに成功したリラは朝食付きの部屋を二室もとってくれた。それぞれの部屋に荷物を置いてから、二人は近場で食事が出来る所を探す。
夕方から夜にかけて人通りも一層増え、店の明かりが外まで届くため、夜道とは言え明るかった。リラに聞いたところ、この町は夜が一番盛り上がるらしい。
「そういえば、ルシェの調子はどう?」
ルシェのことは他の人には秘密となっているので、リラはティオにだけ聞こえるような声でそっと呟く。
「さっき見たら、寝てたよ。まだ、生まれたての子どもだから、沢山寝ないと駄目なのかも」
「そっかー……」
少しだけ残念そうにリラはため息を吐く。相当、ルシェの事が気に入っているらしい。
周りの店はやはり、酒場が多いらしくどこからも、酔っ払い達が大声で笑う声や怒鳴り声などの喧騒が聞こえる。
「あ、ここのお店にしましょ」
「ここ?」
「宿屋の店主が、ここの料理が美味しくて安いって言ってたの」
そんな事まで聞いていてくれていたのかとティオは驚いたが、すぐに頷いた。
店内に入ると、マグリノの酒場とはまた違った雰囲気の店内だった。店の中は明るく、客層も若者から老人まで様々だ。それぞれ楽しそうに酒を飲んだり、女店員にちょっかいを出したりと色んな客が居る。
二人は出来るだけ端っこの席へと座り、店員に野菜とミルクを煮たスープとパンを頼んだ。
「さて、問題はここからなのよねぇ」
「え?」
「ティオ、地図持ってる?」
「うん」
出発前にシオンから渡された地図が鞄に入っていたはずだ。ティオはルシェが周りに見えないように注意しながら鞄の中から地図を取り出す。
「ほら、キエト村からここまでは大体一本道だったでしょ?」
「そういえば……」
道の途中は家一軒もない道は果てしなく続いていた。それを辿るように今まで歩いてきていたらしい。
「でもね……見て。この町から聖都までの道は凄く長いんだけれど、そこには三つのルートがあるみたいなの」
そういって、リラは一つずつ指を指していく。
「まず、オイガル草原の道、ベルザス湿地帯の道、そしてゴーザン山脈が続く道。主な交通路としては、この三つね」
ティオも地図を覗き込みながら頷く。しかし、旅をした事ない上に、道をよく知らないティオにはどれが一番都合が良い道か判りかねていた。
「ねぇ、リラはこの道の中でどれが早く着くか分かる?」
「んー……本当だったら、オイガル草原を馬や荷馬車なんかで行った方がいいのよねぇ。でも、早く着いて三日ってところね」
しかし、それでは、馬代や荷馬車に乗る際にお金が足りるかどうか分からない。最近は、馬自体の値段が高くなっているとシオンも言っていた。
「まぁ、歩くとなると、やっぱり一週間とちょっとは絶対かかるでしょうね」
「そんなにっ……」
それからまた、聖都からキエト村まで戻らなければならないと考えるとやはり時間が掛かりすぎる。その間に、キエト村やその周辺の大地に影響が出るかもしれない。
「ゴーザン山脈を通れば、少しは早く着けるでしょうけど、まだ雪が残ってるし……歩くには厳しい道かもしれないわ」
「その道だと、大体どれくらいなの?」
「んー……三日ってところかしら。あぁ、でも正確な数字は分からないわよ? 私も酒場に来てた旅の人から聞いただけだから……」
申し訳無さそうにリラはため息を吐く。
その時、ちょうど頼んでいた料理が二人の前へと出てきた。
「はーい、お待たせー」
目の前にどんっと置かれた料理から、美味しそうな匂いと湯気が漂ってくる。
「あら、お客さん達、旅の人?」
テーブルの上に置かれた地図を見て、店員は何気なく尋ねてくる。
「そうなの。ねぇ、三つの道で一番早く聖都に着くのって、どれか分かる?」
「聖都? そうねぇ……やっぱり、オイガル草原を馬で行くのが一番早いと思うけれど?」
「そう……。どうもありがとう」
店員が向こうの方へ行くのを見届けてから、少しがっかりしたようにリラが肩を落とす。
「やっぱり、草原の道か……」
頑張って急いで歩けば、もう少し早く着けるかもしれない。無理して山道を歩くよりも、安全な道を確実に行った方が迷わずに早く辿り付ける可能性もあるはずだ。
「リラ、草原の道にしよう」
「え、でも……」
「大丈夫だよ。僕、頑張るから」
すると、後ろから、突然声がかかった。
「そこの嬢ちゃん、坊ちゃん。旅人なんだって?」
二人同時に振り返ると、そこには二十後半くらいの男が三人いた。
「え? えぇ……」
少し警戒したように、リラは口をきつく結んで相手を見据える。
「いやぁ、たまたま耳にしちまったからよ、ちょっと良い話があるから、教えようと思ってさ」
一番年上らしい男が右手に酒の瓶を持ちながら、ティオの隣に腰掛けてくる。
「お金なら、出さないわよ」
ぴしゃり、とリラが言うと三人は同時に笑い声を上げる。
「別に金をとろうと思って来てるわけじゃねぇよ。俺らもあんたらと同じだ」
「旅の人なの?」
まだ、警戒は解けていないがティオが遠慮がちに聞く。
「そうとも。だから、同じ旅人のよしみってやつだ」
そう言って男は一つの場所を指差す。
「このベルザス湿地帯って場所があるだろ?」
「ここ? でも、湿地帯なら、歩けないんじゃ……」
「なぁに、湿地って言っても歩ける道はちゃんとあるんだよ。ほれ、この地図やるから、これ通りに行けば草原の道を歩くより四日も早く聖都に着けるぜ」
「本当っ?」
ティオは男から受け取った地図を驚きながらも、大切そうに抱きしめる。
「おうよっ! でも、気をつけろよ。この地図の通りに行かないと、道外れた場所だと底なし沼なんかがあって危ないからな」
「う、うん……」
「じゃあ、俺らはまだこっちで飲んでるから、何か他に聞きたい事があったら聞いてくれよな」
「どうもありがとう」
男三人は用が済んだのか、ティオ達から少しだけ離れたテーブルで再び酒を飲み始める。
「なんだか、良い事教えてもらった上に、地図まで貰っちゃったわね」
「うん。……でも、これで聖都の早く着けるよ」
その時、ティオはふと視線を感じその方向へと顔を向ける。
視線が合ったのは壁近くで飲んでいる青年だ。古そうな赤色の頭巾を被り、ただこちらをじっと見ている。ティオが何事だろうと思い、首を傾げると青年はすぐに視線を明後日の方へと向ける。
「ティオ、どうしたの? 早く料理食べないと冷めちゃうわよ」
「え? あ、うん」
リラに促され、ティオは食事に手を付け始める。しかし、もう一度顔を上げて、青年がいた方向を見たが、すでに青年の姿はそこにはなかった。




