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拒むもの


 荷馬車の商人がリラの知り合いだったことから、マグリノからミオレミールまで無料で乗せて貰えた事が幸運となり、ティオ達は無事に日没までにはミオレミールの入口まで着くことができた。


「じゃあ、おじさん、またねー!」

「おう、リラちゃんも元気でなー!」

 荷馬車の商人である男はミオレミールで新しい商品を買い込んでからマグリノに戻るらしく、入口で分かれることとなり、ティオはその男に向かって深くお辞儀しながら礼を言った。

「んっー……荷馬車の後ろって意外と揺れるのねぇ。思っていたより疲れたわ……」

「うん。でも、おかげで早く着いたし……あ、宿屋を探す前に寄りたい所があるんだけれど……」

 おずおずとティオが申し出るとリラは頷いて答える。

「いいわよ。どこに行くの? 小さい子一人じゃ、知らない町は危ないから、一緒に付いて行ってあげましょうか~?」

 リラは自分よりも背が高いため、まるで弟を扱うように頭を撫でてくる。

「だ、大丈夫だよっ! ……ちょっと、騎士団の人に用があるんだ」

「騎士団っ!?」

 撫でていた手を止めて、リラは驚きの表情でティオを見てくる。

「そ、その……おばさん、あ、キエト村で一緒に住んでいた叔母が、騎士団の人と知り合いで、その人に手紙を渡して欲しいって頼まれてて……」

 あながち嘘ではないが、もしこれで話が通れば騎士団の人に聖都まで送って貰えることとなる。その時は、リラになんて説明すればいいだろうか。

「そうなの……。でも、騎士団に行くなら、私も付いて行くわ」

「えっ、どうして……」

「噂だけれど、最近の騎士団の人間って町から貰っている税とか使って遊んでいる奴が多くてね、あまり良い人間が居ないって聞いたの。あ、酒場の情報だから、当てになるか分からないわよ? でも、そういう噂があるのに、ティオ一人で行かせるのは……ちょっと、ねぇ」

 リラが世話好きなのは分かるが、この心配性な所はシオンにそっくりである。

「もう……確かに僕は見た目が幼く見えるけど、ちゃんと十四歳なんだよ!」

 だが、村では子ども扱いされていた事には間違いないため、大人だと言い切れないが。

「はいはい……ほら、日が暮れる前に行くわよ」

「……うん」

 拒否権がないまま、ティオはリラを連れて騎士団に向かう事になってしまったようだ。


 ミオレミールは聖都アリアスから東の町や村の中では一番の広さと賑わいを持つ町だろう。産業としては、歴史ある建築物の並ぶ町並みを見に来た旅人相手の商売や、東の要としての流通産業が発達している。

 そのため、この場所には今まで見たことのない様々な物が道に並ぶように売ってある。食べ物、食器、布、飾り物、異国の宝石。それはティオにとってはまるで、宝物の山を眺めているようだった。

「凄いや……。物もだけれど、こんなに多くの人が居るなんて……」

 目移りしながら、ティオは通り過ぎる全ての物を見ようと必死である。

「まぁ、そうね。マグリノでもこんなに人が集まるのは祭りの時くらいしかないわ」

 さすがに人の多さには慣れているのかリラは冷静に答える。

 人の多さに不慣れなティオは混雑している道をリラの後ろ姿を見失わないように必死に追いかけるしかなかった。

 時々、人が横を通る時に、マントの下の鞄に当たる時があり、ルシェが辛い思いをしていないか心配だった。

「ティオ、大丈夫?」

 リラはこちらを振り返ってから、止まる。

「だ、大丈夫……」

「ほら、あの大きな建物が見えるでしょ? あれが騎士団の駐屯地よ」

 そう言って、向こうの方を指差す。そこには白い壁が立ちはだかるように、見えない所まで並んでいた。

「……建物でさえ、こんなにも大きいもの見たことないのに、塀だけでこんなに大きいなんて……」

 口をぽっかり開けながら、ティオはそのずらりと並んでいる白壁を見ていた。

「もう、このくらいで驚いてちゃ、聖都に行ったら身がもたないんじゃない? あそこは国一番の都市だからね」

「リラは聖都に行った事あるの?」

「んー……小さい頃に行った事あるらしいけれど、覚えてないのよねぇ。だから、凄く楽しみなの」

「そっかー……」

「ほら、さっさと用事を済ませましょ? でないと、宿屋を探す時間が無くなっちゃうわ」

「う、うん……」

 胸がぐっと掴まれたように緊張しているが、行かなければ何も始まらない。ティオは足をぎこちなく動かしながら、駐屯地へと向かった。


 白い壁に人の倍の高さはある黒い扉の前には、二十代くらいの男二人が、槍を持ちながら立っていた。

 しかし、互いに欠伸をしたり、お喋りしたりしていて、真剣に門番をやっているようには見えない。

「……全く、腑抜けてるわね」

 リラは彼らに聞こえないようにそっと吐き捨てる。

「まぁ、騎士団には間違いないわ。行きましょ」

「うん……」

 ティオは周りから見えないように鞄の中から、シオンから渡されていた手紙を取り出す。

「ピィ?」

 鞄を開ける時、ルシェと目が合う。どうしたのと言うような表情でティオを見てくるが、こんな道端で喋るわけにはいかず、そっと頭を撫でてやることしか出来なかった。

 この旅中、ルシェを外に出してやることが殆ど出来ない。ティオはそれがとても悲しくて悔しかった。

 もっと、この子に色んなものを見せて、感じさせてあげたいのに、自分はこの暗いマントの下に閉じ込めていることしか出来ない。それが歯がゆくも感じた。

「ティオ、どうしたの?」

 前を進んでいたリラが戻ってくる。

「ううん、何でもないんだ。……行こう」

 大地の竜として洗礼を受ければ、ルシェもきっと強い力が持てる。そしたら、きっとこの広い空の下を自由に飛び回ることだって造作もないはずだ。

 今は、ルシェのためだけに聖都へと向かわなければならないんだから。

 

 ティオは門番二人の前へと立つ。二人は最初、「何だこいつは」と言いたげな表情でティオを見ていた。

「あの、団長のグレイハム・ベルートさんっていらっしゃいますか?」

「団長? お前みたいな子どもが団長に何の用だ?」

「その、知り合いから手紙を預かってて……。この手紙を団長さんに渡してほしいんです。内容はここに書いてあるので、渡して貰って……出来れば、そのお会いしたいんですけれど」

 知らない大人にはいつも、小さい声でしか話すことが出来ないティオだが、思ったよりも腹の底から声が出た。

 はっきりと自分の伝えたい事を言う事が出来てほっとしていたが、目の前に居る二人の様子は面倒くさそうにしているだけだった。

「知り合いって、誰だよ」

「えっと、キエト村に住んでいる、シオンって人なんですけれど……。その、この名前を団長に出せば話が通るって聞いて」

「キエト村ぁ? 何だ、田舎者じゃねぇか」

「田舎者が東の要の騎士団団長に用があるとは思えねぇなぁ」

「俺達だって、忙しいんだ。冗談言うなら、酒場で言いな」

 明らかにティオを子どもとして舐めかかっている態度にリラは頭に来たのか、ティオの前に出る。

「ちょっと! 用があるから来てるんでしょ! ただ、この事を団長さんに伝えるだけ、それだけじゃない。そんな、簡単な事も出来ないの!?」

「リ、リラ……」

 大人の男相手にここまで食い下がるのは見習いたいくらいだが、これは出来るだけ穏便に済ませたい。 ティオは落ち着くようにと、リラの手を引いた。

「何だ、あんた。そいつの姉ちゃんか?」

「旅仲間よっ!」

 門番二人は、今度はリラを上から下までじっくりと見ていく。そして、お互いに顔を見合わせて、意地の悪そうな顔で頷き合った。

「よし、いいだろう。その手紙、団長に渡して来てやるよ」

「本当っ?」

 ティオが笑顔になって、手紙を渡そうとすると、男の一人が手で制止した。

「ただし、そこの姉ちゃんが、俺達と一晩遊んでくれたら、の話だ」

「はぁ!?」

 そう叫んだのは紛れもなくリラである。

「そうそう。ただ、酒をお酌してくれるだけでいいんだよ。それなら、手紙を団長に渡してやってもいいぜ」

「っ……」

 隣のリラが絶句しているのが分かった。男達は相変わらず、ティオなんか視線に入れずにリラを意地汚い視線で見ている。

「どうだ、いい話だろう?」

「俺達は、門番だからなぁ、その手紙を受け取ったとしても、その後どうにでも出来るぜ」

 人間というのは、こんなにも汚く笑うものなのかとティオは一瞬で悟った。恐らく、この目の前に居る人達は、きっと最初から団長と自分を会わせる気なんてないのだ。

 門番の一人がリラへと手を伸ばす。リラは動けないのか、その場から後ろへ下がろうとしない。

 さっき、リラは自分の事を旅仲間だと言った。まだ、彼女と出会って一日も経っていないが、リラはとても気遣いが上手く、常にティオを気にかけてくれている優しい人だと分かった。

 そんな人を自分の都合で巻き込んではいけない。

 ティオはリラの腕を後ろへと引く。

「わっ……」

 よろけるが、何とか門番の手から逃れる事の出来たリラは、少し不思議そうなものを見るようにティオに振り返った。

「行こう、リラ」

 静かにそう告げるティオの表情は無だった。そして、その腕を離さないように掴んでからぐいぐいと来た道の方へと向かっていく。

「えっ、でも……。用があるんじゃ……」

 驚きつつ、リラは体勢を持ち直して、ティオに続くように歩く。

「いいんだ。……リラに嫌な思いをさせてまで、済ませるような用じゃないから」

 恐らく、後ろで門番二人がぶつぶつと何か文句を言っているようだったが、ティオはそんな事気にしなかった。

 自分はこんな事をしてまで、聖都に行こうとは思わない。これでは、胸を張ってルシェの隣に居る事が出来ないと、ふと思ったのだ。

 

 駐屯地が見えなくなったところで、リラが立ち止まる。

「ティオ、ありがとう」

 にこっとリラは嬉しそうにそう言った。

「い、いやっ……。あ、ご、ごめん……」

 手を離し、ティオは頭を掻く。村にいた頃の自分なら、きっとこんな風に何かに反抗するなんてことは出来なかっただろう。

 何が自分のそうさせたのかは分からないが、リラが嫌な思いをせずに済んでほっとしている。

「ティオって頼りないって思っていたけれど、案外大胆なのね。見直したわ」

「う……。自分でも、意外だと思ってる……」

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、ティオは視線を合わせないようにしながら答える。

「……でも、団長さんに会えないとなると、やっぱり歩きか……」

「え? そこはまた、一緒に考えましょうよ。それより、あそこに宿屋があるわよ。今日はそこで休みましょう?」

「うん」

「お金の事は心配しないで。こう見えて、値切るの得意なの」

 そう言って、リラはウィンクするが、宿代を値切る客がいるのかと思ったが口にはしなかった。人と接する事はリラの方が慣れているようなので、任せておけば大丈夫だろう。


    


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