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中学1年から英語が始まるんだけど、僕たちの英語の先生は女性で、名前は稲田先生。可愛らしい先生だった。
その稲田先生が、英語が始まったばかりの頃、こう言ったのを思い出す。
「じゃあ、次は、えっと、そこの彼女、原田知世に似てる子、名前が出てこなくてごめん、ほら……えっと、えっと」
「小山暁代さんです」
教壇の前に座っていた生徒が教えると、稲田先生は「ああ、そうそう、小山暁代さんだった」と言った。
「ごめんね、まだみんなの名前と顔が一致しなくて」
僕は肩越しに振り返り、彼女を見た。
そうなのだ。小山暁代は原田知世に似ていたのだ。
色の白い彼女の頬に、さっと赤みがさした。まったく、なんて素敵なんだ。彼女はゆっくりと立ち上がり、美しい声で英語の教科書を朗読し始めた。彼女の声には、情熱とか憧れとか、そういうものがあふれているようでさ。俺、聞き入ったよ。意味はわかんないけど。一生懸命にさ。
ついでにもうひとつ小さなことを言うと、僕は中学に入学する二ヶ月くらい前から、月曜、水曜、金曜の週三回、家庭教師をつけてもらっていた。それでも、授業にはまったくついていけなかった。英語だけでなく、数学も国語もぜんぜんダメだった。その理由は、家庭教師と二人でファミコンをして遊んでいたからなんだ。
結局、家庭教師は僕と喧嘩して辞めていった。そして、その後に来たもう一人の家庭教師とも喧嘩した。
僕だって、できれば自分の性格を変えたいと思うよ。当然、僕だって傷ついているんだから。でも、思い通りにいかず、何か一つでも気に入らないことがあると、たちまちふてくされて、ぎゃあぎゃあ言った。僕はわがままで卑怯者で、どうしようもないちっぽけな人間だった。あ、だったじゃなくて、今もそうだ。ぜんぜん治らないよ。
けど、そんな自分をどこかで信じてもいるんだ。いや、信じたいと思っているのかもしれない。きっとみんなもそうさ。どこかで自分のことを信じているんだ。だから孤独なんだよ。
英語の授業が終わったあと、突然、谷口が稲田先生に「先生、先生」と呼びかけた。
「なあに? 谷口」
谷口が、あの生まれつきのやらしい顔で言った。
「大野が先生のこと好きみたいなんで、放課後にプライベートレッスンしてあげてください」
※プライベートレッスンとは、年上の魅力的な女性から愛の手ほどきを受けた少年の初体験と成長を描くお色気青春映画である。
それを聞いていた彼は吹き出していた。
僕は、こいつ、バカ! そんなことを言うな! と面食らった。
稲田先生は「谷口は?」と聞いた。
「谷口は先生のこと好き?」
僕は横からちゃちゃを入れた。
「本当は谷口が先生のこと好きなんですよ。こいつ、毎日言ってますよ。稲田先生と結婚したいって」
それを聞くなり、先生は言った。
「大野はもう少し勉強した方がいいわね」
「ほらみろ」
谷口は鼻を鳴らして笑った。
「憧れの稲田先生に、プライベートレッスンしてもらえよ」
そう言って、いやらしい顔をしながら変な手つきまで加え、さらに続けた。
「カモーン、大野。先生のところへいらっしゃ〜い。ほら、早く、恥ずかしがらないで、もじもじしないの」
そして僕の股間に手を当てて、「あらまあ、どして? いけない子ね。けど、でもわかるけど、シャワー浴びてきて、ほら〜お楽しみは、そ・れ・か・ら」
僕が彼の方を見た瞬間、彼は笑った。
いつもそうだった。どんな時でも、僕を見て笑ってくれた。その笑顔が、何かを伝えてくれているように感じたけれど、実際にはただの笑顔だったのかもしれない。ただ、僕にとっては、それが一番の安心だった。
その日の放課後、僕と谷口と彼と川崎の四人は、稲田先生から一時間ほどレッスンを受けた。
僕はただ座っているだけだったが、谷口はけっこう真剣に勉強していた。顔に似合わず、なかなか優秀だったからね。
その一方で、谷口の斜め後ろの席に座っていた彼なんて、ときおり声をひそめて僕を呼び、稲田先生が身をかがめて谷口に教えていると、おおよそ中一とは思えない、とてつもなくわいせつな手つきで、稲田先生の腰からヒップにかけて、ねとねとときわどく愛撫するような仕草をしていて、これがなかなかよかった。川崎がそれに気づいて、僕の頭を叩き、顔を真っ赤にして声をひそめて笑っていた。
まあ、とにかく、その後も何回かそのようなレッスンを行った。稲田先生はなかなか気前のいい先生だった。




