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1年F組では、入学した頃から飴を舐めながら授業を受けていた。他のクラスの奴らは、飴の「あ」の字も知らなかったって。
僕は毎朝、大量の飴をカバンに入れて学校へ持っていってた。そして授業中、「大野、飴ちょうだい」と書かれた紙が席から席へ回ってくると、僕は飴を回してやった。
もちろん、舐めない奴もいた。けれど、僕の好きな小山暁代――越境入学していた彼女――は舐めていた。彼女は僕にとって特別な存在だった。
しかし、三年間を通して、彼女とまともに話をしたことはほとんどなかった。会話を交わした時間も、せいぜい一時間程度だったと思う。もっと話したいと思っていたのに、彼女を前にすると自意識もチンコも膨らみ、言葉がぎこちなくなって、もぞもぞしてしまう。しまいには、「ねえ、小山」と呼びかけることさえできなくなった。
飴を口に放り込んだ僕は、肩越しに振り返り、二つ後ろの席にいる彼女を見た。教室の中で、彼女だけが明るく見えた。ほれぼれする頬骨の線。セーラー服に映える白い肌。どうしてこんなに綺麗なのかと、ただ目を奪われた。彼女は僕の視線など気にも留めていない。
教室をひと目見渡しただけで、彼女こそ僕が求めている人だと思った。理由なんてない。ただ、そうとしか思えなかった。それまで考えもしなかったのに、彼女に触れることを想像すると、肌の奥が痛いほどうずいた。今朝から、僕はもう数えきれないほど彼女のことを思い浮かべていた。
学校の帰り、うちの近所の空き地で、彼と僕とA組の澤木の三人でタバコを吸っていた。澤木は、坂の上の小学校でも坂の下の小学校でもない、近くにあるもう一つの小学校から来た奴だった。
僕たちは自動販売機で買ったエロ本を見ながら、スケベなことばかり話していた。そんなとき、彼も小山暁代のことが好きだと知り、僕は思わず息をのんだ。胃のあたりがぎゅっと締めつけられた。
彼が言った。
「小山暁代に手を出すなよ、わかったな、大野」
けれど、小山暁代が僕なんか相手にするはずがないじゃないか。世界中の誰よりも、僕たちは似合わない二人なんだから。
澤木は、かわいそうにという顔で僕を見ていた。僕は澤木にだけ、こっそり小山暁代を好きなことを打ち明けていたからだ。当然、僕も澤木の好きな女の子を知っていた。
心の中では、彼に小山暁代を奪われるのではないかという不安が渦巻いていた。真っ青な空の下、うつむいた彼女の瞼に口づけする彼の姿が、勝手に浮かんできた。
それでも、僕は彼を見つめ、うなずいた。
すると、彼が笑った。その笑顔を見て、僕は自分が何をしたのか、ようやく気づいた。
男は、いったん心を奪われた女を、果たして捨て去ることができるのだろうか。
小山暁代のことを何度も思い浮かべ、想像の中で自分のものにしてきた。いつしか、現実でも手に入れたいと願うようになっていた。その記憶と欲望を抱えたまま、どうすれば簡単に手放せるというのか。身体の奥で、自分を責める声がしていた。
続けて、彼が言った。
「大野、キララ買ってきてよ」
キララとは、当時、原田知世が宣伝していたラブジュースのことで、彼は原田知世の大ファンだったから、何かといえばバカみたいにキララを飲んでいて、僕たちも無理やり飲まされていたわけでありまして。
「ピンクとイエロー、どっち?」
僕が聞くと、彼はピンクと答えた。
今なら、「よく毎回毎回キララばっかり飲めるな。お前、バカかよ」って言えるけど、当時はたいして気にも留めなかった。僕もバカだったんだろうな。
で、彼から百円をもらってピンクのキララを買いに行ったかどうかなんて、覚えてねーよ、そんなこと。ただ、その日、近所のマンションの下で、彼からバイクの直結の仕方を教わったことは覚えている。
ワルという意味では、坂の上の小学校のほうが勝っていた。それに比べると、坂の下の小学校の奴らなんて、子供みたいなものだった。
けど、坂の下の小学校にも、目を見張るようなワルはいた。
例えば、僕が知っているワルの一人は、僕が中学に入学した時、ちょうど入れ違いで中学を卒業した人で、肩には和彫りの刺青が入っていたが、金がなくて色は入っていなかった。
僕が小学三年生のとき、その人が喧嘩をしているのを見たことがあるけど、それはすごい光景だった。
それから数年後、僕が中学一年生になり、澤木と二人で遊んでいたとき、その人と話す機会があった。
「風吹って、まだいるの?」
そう聞かれたので、
「あ、はい」
と答えた。
「この間、二千円借りちゃってさ……」
風吹とは、中学校の国語の女性教師で、僕は、へえ、先生って、そんな感じの人なんだ、と思いながら話を聞いていた。
詳しく言えば、その人が歩いていたら、向こうから風吹先生が歩いてきて、金がなかったので、二千円を借りた。ただ、それだけの話だった。
まあ、その話自体はどうでもよくて、僕が言いたいのは、この風吹先生が、僕が言うのもなんだけど、ほかの先生とは明らかに違っていたということなんだ。教え方が上手いとか、授業が面白いとか、そういうことではなく、普段はどこにでもいる普通の人なのに、教壇に立つと、生徒を引きつける不思議な魅力があった。暴力を振るう体育教師や、女子生徒に媚びを売る美術教師とは違い、威圧も迎合もせず、生徒たちから自然と敬意を集めていた。
勉強のできなかった僕には、ちょっと遠い存在だったけどね。
風吹先生の話が出たついでに、うちの担任についても書いておこう。
町村先生という音楽の男性教師だった。いたって普通の人だった。
それで、次の日、学校へ行くと、朝のホームルームで町村先生がこんなことを言った。
「これから紙を渡すから、授業中に飴を舐めていた者は、私が職員室に行って戻ってくるまでの間に、この紙に自分の名前を書いて、この袋に入れておきなさい」
そう言い残して、先生は職員室へ戻っていった。
すると、飴を舐めていた生徒たちが騒ぎ始めた。
「おい、どうする?」
「やばいよ」
「自分の名前、書く?」
僕はもちろん書かなかった。そんなことでガタガタするなと思っていた。
んで、家に帰ると、母親が聞いてきた。
「F組で飴を舐めていた人たちがいるんですって。まさか、あなたじゃないでしょうね?」
僕はつい赤くなり、にやっと笑ってしまった。
なぜならテーブルの上には、飴の袋が山ほどあったからだ。
ただ、母親もそのくらいのことで怒ることはなかった。なにしろ、僕は四回も警察に捕まっていたわけだから。
気をつけてよ、という感じだった。




