23
次第に、僕は1年C組の佐竹と仲良くなっていった。佐竹は坂の上の小学校でも、坂の下の小学校でもなく、新宿の方の小学校出身だった。身体が大きくて喧嘩が強いが、根は真面目な奴で、何より絵がとても上手かった。僕たちはよく一緒にマンガを描き、ついには高田馬場にある手塚治虫のファンクラブに入会した。
ある日、「手塚治虫先生、いらっしゃいますか?」なんて、事務所に電話をかけてみたこともあったが、「先生はそういう電話には出ません」と冷たく断られてしまった。それなら、と次は赤塚不二夫の事務所に電話をかけてみた。「ちょっと待ってて」と言われ、しばらくすると、本当に赤塚不二夫が電話に出てきた。驚いたことを今でも覚えている。
いきなりのことで、話すことなんか何もなかった。それでも、二、三分話した記憶がある。あの赤塚不二夫とだぜ。そのとき、この人すごいな、とだけ思った。
今振り返ってみると、僕は手塚作品そのものが好きだったわけではなく、手塚治虫がテレビ番組で子供たちに向けて発した一言に心を奪われていたのだ。
リポーターが「これを見ている子供たちに何かありますか?」と尋ねたとき、手塚治虫は「勉強しなくても大丈夫ですよ。僕もぜんぜんしなかったから」と答えた。その言葉は、当時の僕にとって非常に心強いものだった。
10月、佐竹に『フィラデルフィア・エクスペリメント』を一緒に観に行こうと誘われ、映画館に足を運んだが、その映画の内容は難しくて、僕にはよく理解できなかった。
それからしばらくして、期末テストが迫ってきたある日、佐竹の家で僕と内山(坂の下の小学校出身)の三人で遊んでいたときのことだ。佐竹が「大野、テスト勉強しないの?」と尋ねてきた。僕は「テスト?そんなのぶっつけ本番だよ」と軽く答えた。
佐竹は一瞬、けげんな顔をして僕を見つめた後、「それを男らしいと思ってるんじゃないの?違うよ」と、少し呆れたような口調で話した。その言葉に僕はなんと言っていいのか分からなかったが、確かにそう思っていたふしがあったことに気づかされ、反省した。
とはいえ、その後も僕は結局、勉強はしなかった。




