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さて、小学校を卒業すると、坂の上の小学校と坂の下の小学校が合体してできた中学校に入学した。
その中学校は、山の手にある私立の名門大学――緑に囲まれた広い敷地の片隅にあった。
僕は一年F組になったが、最初の二日間はひどく憂鬱だった。そりゃ、そうだろう。A組、B組、C組にはクーラーがついていたのに、D組、E組、F組にはまったくついていなかったのだから。
その理由は、A組、B組、C組が車の多い通りに面していて、窓を開けると騒音がひどく、授業の妨げになるからだという。
入学して二日目、体育館で体力測定と健康診断が行われた。そのとき、二年の奴がわざと僕にぶつかってきて、僕は床にぶっ倒れた。周りの目もある中、何も言い返せず、ただしどろもどろになっておとなしくしていた。
今の僕からすれば、そんなことはちゃんちゃらおかしな話だ。だって、仕事をしていても、ムカつく奴がいればすぐに喧嘩して、仕事を辞めて帰ってくるようなタイプだからさ。カッとなると、目の前のことさえ見えなくなる。そういう性分なんだよ。
だから、もし今、その二年の奴に会ったら、間違いなく「テメェ、この野郎、覚えてるか?」なんて言って詰め寄るだろうな。
でも、そいつが社長になって、しかも金持ちになっていたら、話は全然違ってくる。そしたら、きちんと態度を変えて、直立不動で「あれ、まさか! もしかして! あの時の!」なんて言いながら、へらへら笑って、「いやあ、あの時は何百人もいる中で、わざわざぶつかってきていただいて、ほんと、ありがとうございます」なんて媚びを売るだろうな、僕は。つまり、TPOに合わせて態度を変えられるくらいの常識はあるってことかな。
で、覚えていないと言われれば、「えっ、覚えてない? いや、まいったなあ。お呼びでない? そりゃ、失礼しました」と軽く笑って、その場から退散するだろうな。
だってさ、僕ってそういう奴なんだよ。最低な奴だろ?
早い話が、今ならきっと、あの頃とは違う反応をするってことなんだけどね。成長したんだろうな。
嘘だよ、必ず見つけてぶっ殺す。
黒船来航のように、外の世界がいきなりやってきて、中学校で僕はたくさんの友達を作った――と言いたいところだが、実際にはそんなにできなかった。それでも、今でも覚えている奴がいる。
彼は坂の上の小学校から来た生徒で、僕の近くに座っていた。
一年F組で印象に残っている奴を一人挙げろと言われたら、迷わず彼の名を挙げるだろう。
何しろ、他の奴らよりも大人びていて、十五歳にして体も大きく、僕がそれまで出会ったことのないタイプだった。初めて会ったときから、彼はどこか特別な存在で、言葉にできないほどカッコよかった。
額に垂れかかる髪を、頭を後ろに傾けるだけで振り払う。その何気ない仕草には、無造作な美しさがあった。自分とはまるで違う世界にいるような気がして、僕は自然と彼と友達になりたいと思った。
そして、彼と話すようになると、もう一人、僕の中学時代を語るうえで欠かせない奴が登場する。それが、この物語の準主役とも言える谷口君だ。
あ、君なんてつけることないな。あんなのに。
どんな奴かと言うと、ユーモアのある物腰で人を惹きつけ、生まれつきのやらしい顔まで目立たなくしている。こんな感じの奴だ。
ジャンジャジャーンーー。
僕は、ほかのだれよりも、二人のことが好きだった。とはいっても、振り返ってみると、実は彼らのことをほとんど何も知らなかったのだが、一緒にいるだけで、人生が面白くなるような気がした。二人と過ごす時間は、ほかではちょっと味わえないほど素敵なもので、学校に行くのが楽しみになった。おそらく、自分にないものに心を引かれるという、お決まりのパターンだったのだろう。
それで、その中学に入って、体力測定と健康診断の次にやったのが、度胸試しだった。
というわけで、さっそく始めましょうか。
一年生の教室は、五階建ての校舎の五階にあった。その五階の窓の外に出て、二、三センチほどの窓枠を進み、さらに、教室の真ん中あたりで外壁が一メートルほどの幅で突き出しているところを、手足を伸ばして乗り越え、向かい側の窓から教室に入るというものだった。
しかし、そんな度胸があったのは彼だけだった。いや、A組からやってきた、坂の上の小学校出身のもう一人も同じことができた。二人とも背が高かったのだ。
ほかの奴らは、とてもじゃないけど恐ろしくてやらなかった。けど、彼は何度もやって見せてくれた。それを一番喜んで見ていたのが僕だった。
「もう一回、もう一回」
彼は額に垂れかかる髪を、頭を後ろに傾けるだけで振り払い、僕に笑いかけた。
「いいよ」
結局、誰かから話を聞いた担任が、夕方、僕と川崎のところに聞きに来た。川崎も坂の上の小学校の出身だった。
「彼は本当にそんな危ないことをやっていたのか?」
僕は言葉を濁した。
「やってたような、やってないような……」
すると、いきなり先生が怒鳴った。
「どっちなんだ!」
「やってました!」と、川崎が大声で言った。
どうでもいいんだけど、僕じゃなくて、川崎が先に言った。
僕は、こいつ度胸あるな、先生に言っちゃって、と思いながら見ていた。
でも、今となっては、もうどっちが先に言ったかなんて覚えていない。ただ、次の日から度胸試しがなくなったことは確かだ。




