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谷口と川崎が、昨日のことで僕に謝ってきた。
「ごめん、大野。許してくれよ」
谷口がそう言い、続けて川崎も「頼むから、許してくれよ」と頭を下げた。
僕は二人を睨みつけた。
「絶対に許さないからな。訴えてやる。そうしたらお前たち、高校に行けなくなるぞ」
すると谷口は、笑いをこらえるような顔で言った。
「ごめんって、大野。あとでキララをおごるからさ」
あん? と僕は思った。
キララなんて、いらないよ。だって彼と一緒にいると、絶対に飲まなきゃならなくなるんだから。原田知世もバカだからさ、「キララを飲め飲め」って本当にうるさいんだ。第一、キララなんかで許してもらえると思ってるのかよ、このバカ。
昨日のことというのは、こいつら二人に誰もいない音楽室へ連れて行かれ、無理やりズボンを脱がされて、アレを見られたことだ。
そのとき、僕は泣いてしまってね。人として道を外れたようなことをするこいつらが、どうしても許せなかった。
でも、昔のことを思い出すと、何ともいえない複雑な気持ちにもなった。僕だって、坂の下の小学校に転校してきてすぐにまたどこかへ転校していった奴のズボンを脱がして、泣かせたことがあったのだ。
きっと、あれの天罰が下ったんだろうな。
僕は口を尖らせて言った。
「川崎、お前なんか大した顔してないんだから、高校に行けなかったら女に相手にされないぞ。まあ、その顔じゃ大学に行けたとしても女ができるか怪しいけどな」
にやにや笑っていた川崎の顔が、みるみるうちにしかめっ面になった。自慢の筋肉を見せつけるように胸を張り、僕を威嚇してくる。
いかつい顔をした川崎は、中学一年の一学期にして、もうテレビで見るヤクザそのものだった。声を落として、ぐっと凄んでくる。
「てめぇ、なんだその言い方はよ」
「なんだよ」
僕も負けじと小さな拳を握りしめ、川崎を睨み返した。
「うちの親に言って、マジで訴えてやるからな」
こういう男は、図に乗るからね。
すると川崎は、すぐに下を向いて黙り込んでしまった。
その横で、谷口がまた僕に言った。
「ゴメンって、大野。あとでキララおごるからさ。ピンクとイエロー、どっちがいい?」
そんなことぐらいで許してもらおうなんて、そうはいかない。
「大野、ピンクとイエロー、どっち? ピンク? ねえ、ごめんって。許してよ。イエロー? イエローでいい? ほんとうにごめん。ねえ、ピンクとイエローどっちがいい?」
やたらとしつこく聞いてくるものだから、思わず「ピンク」と答えてしまった。
けれど、頭の中に渦巻いていたのは、言葉にしようのないみじめな気分だった。だから僕は言ってやった。
「お前らのも見せてくれないと、気が済まないね。それか、土下座して詫びてほしいくらいだ」
「大野、ほんとごめん」
谷口の声音は、もう半分嘲るようなものに変わっていた。その言い方は本当に謝っているのではないことが歴然としていた。僕は谷口を強く睨みつけた。
「目が笑ってるぞ」
谷口は「マジで、大野。本当にごめん」と、もう一度謝った。
……それで、まあ、いいかな、という気がしてきた。オチンチンを見られたくらいでむきになっている自分が、だんだん恥ずかしくなってきたのだ。
僕は、二人を許してやることにした。
次の授業が始まる直前、二人がふうっと大きく息をついた。
川崎が肩で息をしながら、谷口に言った。
「よかった……。大野が許してくれて。俺、どうなるかと思ったよ」
谷口も僕に向かって言った。
「悪かったな、大野。ごめんな」
ちょうどそのとき、チャイムが鳴った。
「うん、もういいよ。でも、このことは絶対に内緒だからな」
僕がそう言うと、谷口はにやにやした。そして、その笑いを隠そうともせず、妙にユーモアのある物腰で「内緒にしたら、何くれる?」なんて、すぐノリやがってさ。ムカつくぜ。
「お前が俺にキララをくれんだろ!」
そう言うと、谷口は例によって、あの生まれつきのやらしい顔で笑っていた。
川崎は「どーもすみません、反省してます」とでも言いたげな顔をしていたけれど、なにせ根がヤクザだからさ。こっちが少しでも油断すると、「チンコの皮が剥けてない」だの「キララが飲みたい」だのって、すぐちょっかいを出してくるのだ。
まったく、今考えてもせこい奴らだったな、本当に。
それを裏付ける証拠がある。谷口と二人で遊んでいたとき、ビックボックスの一階の入り口で売られていたバッタ物の洋服を、「買って、買って」と僕にしつこくおねだりしてきたことがあった。あまりにしつこいものだから、仕方なく買ってやったのだ。三千円のペラペラのやつを。
で、そのあと谷口が先に歩いて喫茶店に入ったら、そこのママさんに「アンタなんか、こんなところ来ちゃダメよ」と速攻で店から摘み出されてしまった。
僕はあれを今でも思い出すのだけれど、一体何がいけなかったのだろう。きっと谷口の顔のせいだろうな。だって僕はまだ店に入ってもいなかったのだから。あのとき谷口はカッコつけて、「大野、この喫茶店に入ろうぜ」なんて言って、一人で先に入っていったのだ。金も持っていないくせに。
まあ、当時の喫茶店は今と違ってだいたいママさんがいて、小学校を卒業して数か月のガキには敷居が高かったのも事実だけれどさ。
谷口なんか、ママさんに言わせれば「あんたなんか、キララでも飲んでなさい」ってことだったんだろうな。
どう見てもあの顔は、喫茶店でコーヒーを飲む顔じゃないからな。




