5.
どのくらいそうしていたのか、ノックの音にハッとする。
殿下が許可を出し開いた扉の先に居たのは、よく私に仕事を押し付けてくるメイドの1人だった。
酷く緊張しているのか吃りながら、王宮治癒師が父が居る寝室へ呼んでいると告げる。
最初に動いたのはやはり1番落ち着き、冷静な殿下で。
普段ならあり得ないとは思うが、私の手を取り立ち上がらせ、坊ちゃまを促した。
だんだんと近づいてくる寝室。
現実を見たくないと拒否しているのか、足の進みが遅くなる。
ハッハッ。と短い呼吸が聞こえて来て誰だろうと周りを見渡して、自分だったと気付いた。
「ユリア嬢、私の手の動きに合わせてゆっくり呼吸をするんだ。落ち着けとも大丈夫とも言ってやれないがとにかく、呼吸を整えてくれ。」
そのままでは会わせてやれないと声をかけられ、殿下の手を見る。
動きに合わせてもあまり上手く出来た気がしないが、少しは落ち着いたのだろう。
殿下は手を止め部屋の扉を開けた。
部屋に入れば王宮治癒師だろう。
白衣を着た男性が頭を下げている。
その奥にベッドがあり、父が横たわっていた。
痩せ細りこちらを見ることも無く、全く動かない。
目は開いているようだ。
さっきまで動きの鈍かった足は、吸い寄せられるように動き、父の側にあっという間についた。
「パパ、、、。会いたかったよ、、、。」
私の声も聞こえていないのか、こちらを見ることは無い。
見える肌は青白く、焦点が合っていない瞳は天井を写し、口も開きっぱなしだった。
連れ戻す程に夫人は父を好きだったのだから、父はきっと大丈夫だと思い込んでいた。
どんなに母や私の事が憎くても。
段々と顔色が悪くなっているのを知っていたのに。
一緒に側に来ていたのだろう。
殿下は治癒師に説明を促した。
「毒の影響は甚大で、私の治癒魔法ではどうにも出来ません。聖女様の治癒魔法でもどこまで治せるか、、、。エリクサーがあれば良いのですが、あれは材料を集める事自体困難。とてもではないが現実的ではありません。」
本来今すぐにでも聖女の治癒を受けた方が良いそうだが、父は動かせる状態ではないし、来てもらうのにも時間がかかる。
なにより父の時間はあまり残っていないらしい。
最後に会えた日、なんて話したんだっけ??
あの日は時々何処かにふらっと出掛けては果物なんかを持ってくるましろちゃんが居ない時だった。
いつもは居る。
そして勝手に治癒魔法をかけるましろちゃんにお礼を言いながら束の間の時間、出来るだけ私が覚えた魔法や読んだ書物の話をするのだ。
「一段と顔色悪いけど大丈夫?ましろちゃんに治してもらう?今は何処か出掛けてるけど多分もうすぐ帰ってくるよ?」
問いかけに父は、窓の隙間から伸ばした手で私の頭を撫でながら
「パパはまだ大丈夫。ユリアこそ顔色が良くない。少しだが持って来れたんだ、食べて出来るだけ休みなさい。お前まで神の元に帰ってしまったら、、、。」
想像したのか、ただでさえ悪い顔色をさらに悪くしながらそう返された。
納得した訳では無かったが、その日何はまだも食べていなかった事もあって引き下がってしまった。
話している間にましろちゃんは帰って来ず、誰に見られるかわからないからこちらに来させてはいけないと再度言いながら戻って行った父を見送った。
どうにも出来なくて、果物を首から下げたマジックバックにしこたま持ち帰って来たましろちゃんに当たり散らした。
そこまで思い出して自分に腹を立てる。
教えてくれていたら、、、なんて思いも起きるが、確かに父は"まだ"と言っていたのだ。
毒の事に気づいていたかも、"まだ"の意味もわからないけれど自分に起きている事態を父はある程度知っていた。
父の状況に気付く事なく、自分の事で精一杯だった事に後悔が押し寄せ自然と涙が溢れた。
「パパごめんね。気付かなくてごめん。」
そのまま父に寄り添う様にくっつき、ふと思い付く。
ましろちゃんが掛けた治癒魔法で、父の顔色はいつも良くなっていた。
そしてましろちゃんは何処にいても、私に呼ばれたら聞こえるし居場所もわかるとも言っていた。
今呼べば確実にこの部屋に来る。
「ましろちゃん!パパを治して!!」
パパに助かってほしい一心で後先考えずに叫んだ。




