9.手がかり
ジャン・ルイはジープを発車させた。
「さあ、行こう。夕方までは新たな動きはないはずだ」
ジャン・ルイはジープをネイラ交差点からエクレール大通りへ向けた。
「そういえば大型スクーターの男が助けたって言ってたけど、私たちのことばれないよね?」
サイアが心配そうに声をかけた。
「別にばれても悪いことをしたわけじゃないからいいんじゃないの?」
ジャン・ルイは気軽に返事をした。
「あなた泥棒でしょ?正体がばれるかもしれないのよ」
「大丈夫、大丈夫」
サイアはため息をついた。
「ねぇ、どこに向かってるの?」
「レンタカー屋だよ。さっき警察のデータベースで調べたら、写っていた車のナンバーからレンタカーであることがわかったんだ。」
「ふうん」
ジャン・ルイはジープをレンタカー屋に乗り付けると、機材を入れたバックを肩に担ぎ、事務所に向かって歩いた。サイアは後ろをちょこちょこついて行った。
「いらっしゃいませ」
レンタカー屋の店員の元気なかけ声に向かって、ジャン・ルイは尻のポケットから市警のバッチを取り出し、
「警察だが、このナンバーの車を調べたい」
「この車でしたらいま戻ってきたところです。どうぞこちらへ」
サイアはやりとりと呆れた顔をして見ていた。
昨日の朝見た車がそこにあった。ジャン・ルイはキーを受け取ると、
「ありがとう。ちょっと調べさせてくれ」
「わかりました」
そういうと店員は事務所に戻って行った。
ジャン・ルイはその車を調べ始めた。
「なんで市警のバッチなんか持っているのよ」
「泥棒の必需品。写真なんか適当だよ。誰も見ないだろ」
ジャン・ルイはその車の運転席に座ると、エンジンをかけて、カーナビをつけた。そして、バッグから何やら機器を取り出すと、カーナビに接続した。
「それはなあに?」
助手席にちょこんと座ったサイアが尋ねた。
「カーナビには、位置情報を知らせる機能がついている。この機器でこの車が走った軌跡が辿れるんだよ。この機器ならいくら消去しても読み取ることができる」
機器の画面に地図が出て、車の軌跡が出てきた。
「ここが昨日の朝、誘拐に失敗した場所だ。学校のすぐそばだ」
「私たちと出会ったところね」
「そう。そしてこのあといったん港のほうへ移動している。たぶんここが隠れ家だろう。それからまた学校のそばに来てるから、下校中を狙ってここで誘拐したんだ。それからもう一度港の隠れ家に戻っているね。それからこのレンタカー屋に来てるから、この港の隠れ家の場所がたぶん娘の監禁場所だね」
機器を外すと、ジャン・ルイは事務所へ行き、車のキーを店員に返しながら、
「今回の捜査は極秘だから、他言は無用だよ」
そう店員に念を押した。
「それから、後で署員が来ると思うから、その時はもう一度あの車を見せてやってくれ。それまでは貸出はしないように」
「かしこまりました」
店員は警察だと完全に思い込んでいる。
それからジャン・ルイは、ジープに乗り込んだ。そしてちょび髭をはがした。
「これからその隠れ家に行くの?」
とサイアが尋ねた。
「いや、これからお店に戻るよ。隠れ家に侵入するのは夜だね。ちゃんと準備してから襲撃する」
そういうと、ジープをいったん赤レンガの倉庫へもどし向けた。
自宅の車庫でジープを降りると、アタッシュケースにパソコンと簡単な無線機器を入れ、大型スクーターの荷台に入れた。そして、ふだんの格好に着替えると、大型のスクーターの後ろにサイアを乗せてカフェ・リディに向かった。
カフェ・リディに着くとマスターに、
「すみません、遅くなりました」
「ああ、思ったより早かったね。まだお昼前だよ」
マスターはそう言うと、ランチの仕込みに戻った。イザベルがにこやかな表情でジャン・ルイを迎えた。
「今日は重役出勤ね。珍しいわ」
そして、後ろからくるサイアを見て、
「あら、また可愛い子猫ちゃんもいっしょなのね」
本当はきみより美人の女の子なんだけど、とジャン・ルイは思わず言いそうになってあわてて口をふさいだ。
「この子猫ちゃんに名前をつけなくちゃね。う~ん、ナタリーとかシンシアとかはどうかしら?」
「この子はサイアっていう名前だよ」
「サイア?いまいちね。誰が付けたの?」
そう言われても本人が言ったんだ、とは言えないし。
「オレがつけた。ねえ、サイア」
サイアは「ミィーヤオ」と鳴いた。
「しょうがないわ。名前はサイアにしましょう。サイア、何か食べる?」
サイアはジャン・ルイに向かって、
「ミルクをちょうだいって伝えて」
「イザベル、ミルクをあげてやってくれ」
「そう、サイアはミルクが欲しいのね。いまあげるわ」
ジャン・ルイはサイアの言葉はイザベルには伝わらないのを確認した。やっぱりオレは特異体質なのか?
お店のエプロンを付けカウンターに立ったところで、ベルクソン刑事が店に現れた。
「いらっしゃいませ」
ジャン・ルイは笑顔で出迎えた。
ベルクソンは、汗を拭きながらカウンターに座った。ジャン・ルイはまず冷たい水を差しだした。その水をごくごくと一気に飲み干した。
「お疲れ様です。何になさいますか?」
「ジャン君、紅茶よりも聞きたいことがあるんだ。昨日の朝、女子学生が誘拐されそうになったところ助けたりしなかったか?」
サイアの耳がビクンとした。ジャン・ルイはサイアをみて吹き出しそうになったが、
「ええ、そんなことがありましたね」
「やっぱり、ジャン君か」
「込み入った話になりそうですから、テーブルに行きましょうか」
ベルクソンはスツールを降りた。ジャン・ルイもカウンターを回り込んできた。テーブル席にすわると、
「何かあったんですか?もしかして表彰されるとか?」
「いや、いまは詳しいことは言えないんだが、昨日の朝の出来事のことを教えてほしいんだが」
「どうしたんです?」
「その女子学生の友人に聞いたら、大型スクーターで登校したので、聞くとその男に、誘拐されそうになったところを助けてもらって学校まで送ってもらったと、そして子猫も一緒だったということだったんだ。そこで大型スクーターの購入者を当たったんだが、午前中25人に聞き込みをして、該当者がいなくて。まだあと200人くらいいるんだが、この店の前に大型スクーターが止まっているのを思い出して、そこでもしかしたらジャン君かもしれないと思って、確か子猫もいたし…」
「それは、お疲れ様でした。何をお話ししましょうか?」
「ええっと、その誘拐しようとした男たちの人相とかを教えてほしいんだが…」
「3人組でしたね。女の子の悲鳴を聞いて、行ってみると車に押し込まれそうになっていたので、スクーターのクラクションを鳴らすと逃げて行きましたね」
「ジャン君、こんな細い体で無茶をするねぇ。気を付けないと危ないぞ」
「そうですね」
「で、どんな男たちだった?」
ベルクソンはメモをしようとポケットから手帳を取り出した。
「そうですね、一人は大柄の男でしたね。あとの二人の男は中肉中背でした」
「それから?」
「あっ、写真がありますよ。追い払った記念に撮ったんです」
「え?ずいぶん落ち着いていたんだね。その写真をぜひ見せてくれ」
ジャン・ルイは立ち上がるとアタッシュケースから写真を取り出した。サイアはそんなものを渡して大丈夫?という顔をしていた。
「これがその時の写真です」
三人の男とミニバンが映っていた。
「これは助かる。借りてもいいか?」
「差し上げますよ。そんなむさい男たちの写真は一度みれば十分です」
「ありがとう」
「で、何があったんですか?ここまで協力してるんだから少しは教えてくださいよ」
ベルクソンは一瞬ためらったが、
「ジャン君が助けた女子学生が誘拐されたんだ」
「あれま、せっかく助けたのにやっぱり誘拐されたんですね」
「そうだ。でもこのことは報道規制をしているから絶対に他言しないでくれ」
「わかりました。がんばってください」
「じゃあ。おれは署にもどる。何も注文しないで悪いな」
ベルクソンはドタバタと帰って行った。
いい人だな。オレの正体を知ったら目を丸くしそうだ。
ジャン・ルイがカウンターにもどると、サイアが、
「写真まで渡していいの?」
「少しは警察に協力してもらわなくちゃ」
「あきれた泥棒ね」




