7.サイア
カフェ・リディはランチの時間が一番混んでいる。理由はマスターが作るパスタが評判になっているからだ。何種類ものハーブを使い、香りがよく味も絶品なので、12時過ぎには店の外に行列ができるほどだった。
しかし、午後2時を回ると客が減り、この時間からは近所の主婦たちが午後の休憩にやってくる。
「あら、なかなかイケメンの坊やね」
「お姉さんたちと遊ばない?」
主婦たちのちょっかいに、ジャン・ルイは、
「ありがとうございます。機会があればぜひ」
と愛想よく対応していた。
イザベラはふくれっ面で、ジャン君にあなたたちは不釣り合いよと言いたげだった。
午後3時を過ぎるとさらに客が減り、店が暇になると、ジャン・ルイはもってきたパソコンで、昨晩の事件の報道を検索した。やはり捜査に進展はないようだ。
午後7時になりジャン・ルイはマスターに言われて、カフェ・リディの看板を閉店へ変えた。
食器を洗い終わって、マスターに挨拶をして店を出た。イザベルは友達と夕食を食べる約束をしていたので、午後5時過ぎには店を出ていた。
サイアは散歩をしてついさっき戻ってきた。マスターはサイアに何かしら一生懸命話しかけていたが、猫の言葉がわかるのだろうか。
ジャン・ルイはサイアに、
「さて、そろそろ帰ろうか。晩御飯は何を食べたい?」
と話しかけた。
「缶詰じゃなければなんでもいいわ」
「じゃあ、ステーキにしよう。大丈夫かい?」
「ええ、美味しければね」
ジャン・ルイが大型スクーターを出してくると、サイアは後部座席に飛び乗った。
「じゃあ途中、肉屋に寄って帰るぞ。振り落とされないように気を付けるんだよ」
ジャン・ルイは大型スクーターをスタートさせ、近所の肉屋でステーキ用の肉を1キロ購入した。
港近くの赤レンガ倉庫に戻ると、大型スクーターのエンジンを止め、2階へあがった。
「1キロのお肉なんて、誰が食べるのよ」
サイアはジャン・ルイの後ろで軽快に階段を上がりながら呆れたように尋ねた。
「もちろんオレだよ。今朝は格闘したし、腹が減ってるんだ」
ジャン・ルイは着ていた服を脱ぎ捨てると、ラフな麻の服に着替え、そのまま肉を持って台所へ向かった。まず、サイアのために浅い皿にミルクを入れて出した。
それから肉を取り出すと筋を切って、塩コショウをまぶし、ニンニクをスライスして本格的に焼き始めた。肉が焼ける香ばしい匂いがした。
「オレはミディアムレアくらいが好きなんだけど、サイアは?」
「私もなるべくレアのほうが好き」
「了解!」
焼きあがると、サイア用に細かく切って皿に盛り付けた。自分の分はバターをたっぷり乗せて、テーブルに置いた。それから冷蔵庫から缶ビールを取り出しグラスについで晩御飯が出来上がった。
「いただきます」
ジャン・ルイはサイアが目を丸くするくらい、いい食べっぷりだった。
「オレは一日一回、肉を食べればそれで満足なんだ」
ジャン・ルイは1キロの肉をアッという間に平らげて、本当に満足そうな顔をした。それから食器を洗い、きれいに片づけた。
「さてと、今朝の誘拐犯でも調べますか?」
ジャン・ルイは、コンピュータを起動させ、携帯で撮った三人の写真をパソコンに取り込み、警察のデータベースにアクセスした。このパソコンは警察や金融機関、役所などのネットワークにアクセスできるようになっている。このハッキングのプログラムの作成はマスターであるクロードから伝授してもらった。
「サイア、出てきたよ。三人とも悪党だね。あの大男はボクサー崩れで傷害事件を2回起こしてる。あとの二人も殺人と強盗だね。やっぱり前科者か」
それから誘拐されそうになった女子学生のミレーヌについても調べた。
「へぇー、彼女は貿易商のギャスパルの娘だ。親父は悪党なのに、ずいぶん可愛いお嬢様だな」
「ギャスパル?」
サイアは考え込むような仕草した。
「モンテベルノで一番大きな貿易商だ。もっとも密貿易もやっているらしい。ガニェールの事務所の極秘文書にあった」
「ギャスパルって私を飼っていた人よ」
「どういうこと?」
「ギャスパルの屋敷にいるところを誘拐されて、ガニェールの事務所に連れて行かれたのよ」
「じゃあ、あのお嬢さん知っているのかい?」
「いいえ、私がギャスパルの屋敷にいるときには、あの娘には会ったことはないわ」
「ふうん、でもギャスパルとガニェールは密貿易でお互いに取引をしている仲間同士じゃないのか。よくわからないな」
ジャン・ルイはコンピュータの電源を切ると、サイアがいるソファのところへやってきた。
「きみはどこでこの三人の男たちを見たの?」
「それが思い出せない」
「まあ、いいか」
そういうとジャン・ルイは服を脱ぎ裸になった。
「どうしたの?レディの前で失礼よ」
「ハハハ、失礼。風呂に入るんだよ」
キッチンの横についたてがあり、その向こうにバスタブがあった。蛇口をひねると勢いよく湯が噴出した。
「サイア、いっしょにはいるかい?洗ってあげるよ」
「結構よ。あとで自分ではいるわ」
ジャン・ルイは鼻歌を歌いながら風呂から上がると、バスタオルを腰に巻き、盥に湯を張ってやった。
「サイア、きみのお風呂だ。あがったら拭いてあげるよ」
「いえ、バスタオルをその辺に置いておいてちょうだい。自分で拭けるわ。
覗かないでね」
子猫のくせにそんなに恥ずかしがることないだろうに。
ジャン・ルイは、サイアの好きにさせた。髪を乾かしながら、テレビをつけてソファに腰を下ろした。その時、
「きゃあ!」
という声が聞こえた。
「サイア、大丈夫?」
ジャン・ルイは立ち上がり、風呂へ近づこうとした。
「来ないで!」
そうは言われても、おぼれているかもしれないと思うとつい、ついたての向こうのバスタブを覗いた。
そこには…綺麗な女の子が裸でバスタブに入っていて手で胸を隠していた。瞳はサイアと同じ碧い色をしていた。
「きみは誰だ!」
と言いながら、ジャン・ルイはきれいな裸体に目が釘付けになってしまった。
「来ないでって言ったでしょ!見ないで!」
ジャン・ルイは、頭からバシャっとお湯をかけられた。
「サ、サイア?」
「早く出て行って」
「ごめん…」
ジャン・ルイは、かけられたお湯をタオルで拭きながらソファに戻った。
バスタブから女性が上がる音がした。そして、衝立の端からシャム猫の姿になったサイアが現れた。
「もう!私、男の人に裸を見られたのは初めてよ」
「きみは本当にいまの美人なのか」
「ええ、そうよ」
「ということは獣人?」
「そうよ。血統書付のね。私ね、お風呂でゆっくりしたいときは人間の姿になるのよ」
「だから、人間の言葉がわかるのか…驚いたよ。これからお嬢様として丁重に扱うよ」
サイアは、ジャン・ルイの顔をじっと見つめた。
「あなたも獣人でしょ?猫のときに私の言葉がわかるのは獣人だけよ」
「えっ?オレは獣人じゃないよ。変態したことないし・・・」
「あなたは私と同じネコ科の匂いがする」
「まさか!両親はどちらも人間だったはずだよ」
「そう?じゃあ特異体質の人間ね」
サイアはそんなことはどっちでもいいという顔で、気持ちよさそうにソファに寝転がった。
へ?獣人?オレが?ジャン・ルイはそんなことを考えたこともなかった。




