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19.テーラー・テオドール

 ジャン・ルイは、カフェ・リディが閉店しイザベルが帰った後、後片付けを済ませると、マスターに、

「先日、獣人公園でお会いしたテオドールさんのところへ行ってきます」

「ああ、テーラー・テオドールね」

「有名なんですか?」

「上流階級の御用達のお店だね」

「すごいんですね」

「間違っても服を作ったりするなよ。一着で君の3か月分のバイト代が飛ぶよ」

「ひゃー」

「場所はドーミエ地区の大きな交差点の角だから行けばすぐにわかるよ」


 午後8時近くになっていたが、ジャン・ルイはサイアとともにテオドールのところを訪問した。

 父が生きているなら、テオドールが預かっている王家のものを受け取っておきたいから。

 ドーミエ地区に大型スクーターを走らせると、ひときわ大きな洋装店が見えてきた。そこにはテーラー・テオドールという看板が掲げてあった。

 4階建てで間口も広い。ホテルとでも見間違いそうだ。道路沿いのショウウィンドウには、高級そうな服がいくつも陳列してある。仕立屋というからもっとこじんまりした店を想像していたから意外だった。

 店はちょうど閉店の準備をしていた。


 ジャン・ルイは店にはいると、テオドールさんに会いたいとの女性店員に声をかけた。

 店員は抜群の営業スマイルで、少々お待ちくださいと答えた。

 ほどなくすると獣人公園であったテオドールが、ロマンスグレーの髪によく似合う黒いスーツ姿で現れた。

「おぼっちゃま、ようこそおいてくださいました」

 テオドールは丁寧に挨拶すると、エレベータで3階の応接室に案内し、そこで待つように言った。

 立派な調度品と家具がある部屋だった。

 ここでオーダーメイドの服の注文も受けるのだろう。部屋には大きな鏡と試着室があった。


 しばらくすると、テオドールは2つの箱を抱えて戻ってきた。

「これがおぼっちゃまにお渡ししたい品物です」

 そう言うと、まず1つ目の箱を開けた。そこには、宝石をちりばめた短剣が納められていた。

 短剣の鞘と鍔には純金が使われ、柄頭にはひと際大きな赤いルビーが埋め込まれていた。

「これはルクレール王家に代々伝わる短剣です。そして、正当な後継者である証です。お父様が行方不明のいま、おぼっちゃまが持つのがよいと思います。このルビーは王家の象徴です。おぼっちゃまの瞳と同じように赤はルクレール王家の色なのです」

 ジャン・ルイはその短剣を握った。通常の短剣よりは少し重い。まあ、実戦用ではないだろう。


 それからジャン・ルイはテオドールのほうを向くと、

「テオドールさん、父は生きています」

「ええ、私もそう思いたいです」

 とテオドールは遠くをみるような視線になった。

「いやいや、そうではなくて、生きていることがわかったのです」

「え?」

 テオドールは驚いた顔をした。

「昨日のロアール福祉施設での事件はご存じですよね?」

「もちろん」

「あの施設の中に、父が囚われていたのです」

「は?」

「『獣人解放同盟』に囚われて、昨日の爆発事件の直前に、別の場所に連れていかれたようです」

「なんということだ!国王陛下がご存命だなんて!」

 テオドールは、神に祈る仕草をした。

「それで、おぼっちゃまはどうするおつもりですか?」

「もちろん、救出に向かいます」

「そうですか・・・」

 テオドールは、それを聞いて沈黙した。何かを考えているようだった。


「おぼっちゃま、決して無理してはいけませんよ」

 テオドールはそれだけ言うと、もう一つの箱も開けた。

「これは女王陛下のティアラでございます」

 それはプラチナ製でやはり宝石がちりばめてあった。正面には大きなダイアモンドが埋め込まれていた。

「これをどうぞお持ちください。将来おぼっちゃまが結婚される相手に差し上げてください」

 隣にいたサイアが「私がもらってもいいのよ」という顔をした。

「ありがとうございます」

 ジャン・ルイは2つの品を丁重に受け取り、バッグにしまい込んだ。

 父を救出したら、今度は母も探したい。

 昨日のロアール福祉施設の事件でわかったことがある。獣人はそう簡単には死なないことだ。

 あれだけの爆発があっても、ほとんどの獣人が生き残って捕らえられていた。

 母もどこかで生きているかもしれない。


 翌日、ジャン・ルイはカフェ・リディを早めに切り上げて、ギャスパル氏の邸宅をサイアとともに訪問した。

 応接室に通されると、ギャスパル氏が笑顔で迎えてくれた。その後ろにはミレーヌもいた。

「紅薔薇くん、いやジャン・ルイくん、大変だったね。本当にありがとう。感謝している!」

 すると、ミレーヌは少し怒るような表情で、

「本当に心配したんだから。だから事件のあと、すぐカフェ・リディにあなたに会いに行ったんだから・・・」

「心配してくれてありがとう。オレは大丈夫だよ」

 そして、ジャン・ルイはギャスパル氏のほうを向くと、

「すみません、トリジウムを取り返すなどと大口を叩いてしまいましたが、持って来れたのは、たったこれだけです」

 とジャン・ルイは、ポケットから10錠のトリシンを取り出した。

「あとはみんな燃やしてしまいました」

「いいんだよ。どうせ廃棄するつもりだったんだから」

 ジャン・ルイは恐る恐る申し出た。

「あの・・・1錠1000ドルで買い取ってもらうのはいかがでしょうか?」

「ははは」

 とギャスパル氏は大声で笑うと、ポケットから小切手を取り出し、100万ドルと書いた。

「これはいままでのお礼だよ。持っていきなさい。泥棒稼業も楽ではないだろう」

 ジャン・ルイは目を丸くして受け取った。

「ありがとうございます」

 横でサイアが「ふん、よかったわね」という顔をした。

「しかし、ボネールを取り逃がしたのは残念だったね」

 とギャスパル氏が言った。

「そうですね。あなたやミレーヌさんに危害が及ぶ可能性がなくなったわけじゃないですね。気を付けてください。もしボネールの情報がはいったら教えてもらえますか?」

「いいだろう。すぐに連絡するよ」

「それともうひとつお願いがあるのですが・・・」

「なんだね?」

「実は私が忍び込む前に、ライオンの獣人が檻ごと運びだされました。その行方を捜しています。あなただは各国と取引があって、港や主要な街道にも伝手があるのではないかと・・・」

「ライオンとは珍しいな。確か王家がライオンだったかな。わかった。そのライオンの獣人の情報が入れば、連絡しよう」

「ありがとうございます」


 翌朝、カフェ・リディに出勤すると、マスターから耳打ちされた。

「少し情報が集まってきた。打ち合わせをしよう。今晩9時に私の自宅に来てくれないか?」

「わかりました」

「サイアちゃんもいっしょにね」

「サイアも?」

「よろしく」

 その日は、マスターは奥の部屋にこもっていて、ランチを作りに出てきただけだった。

 イザベラが、ジャン・ルイに話しかけてきた。

「今日はマスター忙しそうだね?」

「そうだね」

 自分のために情報を集めてくれているとはとても言えない。

「マスターから聞いた?明日から1週間お店を臨時休業するんだって」

「ええ、まあ?」

「なんでも、ダバディ山脈のほうへ旅行に行くらしいわよ」

「そうなんだ」

「私お土産をお願いしちゃった」

 カフェ・リディはそんなに混んでいなかった。

「今日はそんなに混んでないし、これから私とジャン君で十分こなせちゃうね」

「そうだね」

「将来はジャン・ルイと二人で喫茶店をやるものいいなあ」

「え?何?」

「なんでもないわよ」

 イザベラは少し顔を赤くして、接客に向かった。


 その夜、ジャン・ルイはカフェ・リディから赤レンガの自宅に戻ると、目立たない黒っぽい服装に着替えてサイアとともに大型スクーターで、マスターであるクロードの家に向かった。


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