18.後始末
ジャン・ルイはロベールとサイアとともに、ロアール福祉施設の塀を乗り越えた。何人かの戦闘員がジャン・ルイたちに向けて機関銃を発射した。しかし、暗闇の中でそう簡単に当たるはずもない。壁伝いに走って、停めていたジープに乗り込んだ。まだ倉庫のほうから爆発音が聞こえている。
そのとき表のほうでパトカーのサイレンが聞こえた。サイレンは1台ではなく、十数台のようだった。
「やっとお出ましになったか」
ジャン・ルイはそう言うと、ジープを急発進させてロアール福祉施設をあとにした。
サイアもサイレンを聞いて、
「これだけ派手に騒ぎを起こせば、警察も駆けつけるでしょ。でも、いつもより早くない?」
「予告状を送ったからね」
「警察に?」
「マルソー刑事あてに。深夜、ロアール福祉施設で花火を打ち上げるから見に来てほしい。なるべく大勢でって」
サイアは「あはは」と笑った。
ロベールを自宅があるカルーニ通りで降ろすと、ジャン・ルイとサイアは自宅の倉庫に戻った。
ジャン・ルイは2階のベッドに倒れこんだ。
疲れた!やはりオレはこっそり盗むのが性に合ってる。今日みたいなドンパチは苦手だ。
できることなら、戦わずに相手を出し抜くほうがいい。
隣をみるとサイアも美女の姿に戻っているが、もう寝息を立てている。こいつも疲れたんだな。
おやすみ。
翌朝、徹夜をしたマルソーを自宅のマンションで妻のコリーヌが出迎えた。
「大変だったわね。朝からロアール福祉施設のニュースばかりよ」
「ひどい目にあった」
紅薔薇の予告状を信じたわけではないが、ロアール福祉施設というのが引っかかって、一応対応の準備はしていたが、倉庫が爆破され銃撃戦なるとは思わなかった。
おかげで『獣人解放同盟』のメンバーと、さらにバルディア王国の戦闘員とを合わせて100名近く逮捕することになった。
しかし、主犯格のボネールには逃げられた。
肝心の「トリシン」という証拠となる麻薬はすべて火災で焼失してしまった。結局、紅薔薇は後始末を警察に押し付けた格好だ。この野郎!なんてことをしてくれたんだ。
おまけにリュシアン宰相からは、直々に『獣人解放同盟』の根絶やしの指示があった。捕らえたものから組織を解明し、一人残さず捕まえろということだ。リュシアン宰相は獣人を蔑視しているからな。大事になっちまった。マルソーはコリーヌにぼやいた。
着替えを済ませると、マルソーはそのまま警察署に戻った。
翌日、ジャン・ルイがカフェ・リディに出勤すると、すぐにマスターに呼ばれた。
「ずいぶん派手に暴れたみたいだね」
「すみません、そんなつもりはなかったのですが・・・」
「あやまる必要はないよ。こんな大仕事ができるようになったんだと感心してるんだ。これならルブランも雲の上から喜んでいるだろう」
「やりすぎました・・・」
「まあ、ケガをしない程度にね」
とマスターは笑ってジャン・ルイの肩をたたいた。
ジャン・ルイは頭をかきながら、エプロンを着け、カウンターに入って開店の準備を始めた。
カウンターのスツールに腰かけていたサイアがジャン・ルイの顔を覗き込んで言った。
「やっぱりやり過ぎね。でも助けてくれてありがとう」
「いや、もっと隠密に救出する方法があったはず。次回はもっと要領よくやるよ」
「そうね、泥棒だもんね。今回は儲けはなかったし」
「そうだ、ギャスパル氏にトリシンを買い取ってもらわないと・・・」
「燃やしちゃったんじゃないの?」
「いや10錠くらい手元にあるよ」
「1錠いくらで売るつもり?」
「う~ん、1万ドルくらい?」
「ふっかけ過ぎよ。せいぜい1錠100ドルくらいじゃない?」
「でも、あの爆薬高かったんだよ」
「まあ、ギャスパル氏ならいくらでも買いそうだわ」
「お店が終わったら行ってみようかな」
そのとき、店のドアが開き、マルソーとベリクソンが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
ジャン・ルイは明るく挨拶をした。
二人の刑事は疲れた顔をして、カウンターに腰かけた。
「何になさいます?」
マルソーはジャン・ルイの顔も見ずに、
「目が覚めるような苦いコーヒーをくれ」
ベリクソンも、
「オレも」
「かしこまりました。何かありました?お二人ともとても疲れているように見えますよ」
二人は顔をジャン・ルイに向けると、ベリクソンが、
「昨日の事件のおかげで二人とも徹夜だよ」
「ロアール福祉施設でしたっけ?ニュースで見ましたよ」
「紅薔薇のおかげで、こっちはてんてこ舞いだよ」
「紅薔薇?」
「そうなんだ。報道されてはいないけど、昨日の事件は紅薔薇が関わっているんだ。詳しくは言えないけど、紅薔薇と『獣人解放同盟』が戦闘になったらしい。我々が駆けつけた時には紅薔薇は逃げていて、抵抗する『獣人解放同盟』と、さらには密入国していたバルディア王国の戦闘員と銃撃戦になったんだ。おかげで獣人の戦闘員たちを100名くらい逮捕して、徹夜の取り調べだよ」
「それは大変でしたね」
ジャン・ルイは心の中で「ごめんなさい」とつぶやいた。そばでサイアが必死で笑いをこらえていた。
「おまけに宰相も口出ししてきて・・・」
「宰相が?」
「リュシアン宰相は獣人が嫌いなんだよ。だから『獣人解放同盟』のメンバーを逮捕したと聞いて、組織を解明し、全員逮捕するように指示された。主犯格のボネールを取り逃がしたのは不味かったな」
そこで、マルソーがしゃべり過ぎだというジェスチャーをした。
「おっと、いまのは内緒だよ」
「もちろんです。はい、苦めの深煎りコーヒーです」
「ありがとな」
二人の刑事はため息をつきながら、コーヒーをすすると、来た時と同じ重い足取りで、警察署に戻って行った。
二人が出て行ったのを見送ると、サイアがジャン・ルイに話しかけた。
「バタバタしてて、話すのが遅くなっちゃたけど、ロアール福祉施設に監禁されていたときに、王様に会ったわよ」
「誰に会ったって?」
「王様。あなたのお父さんよ」
「え!」
ジャン・ルイは目を丸くして、サイアを見た。
「父が生きてたんだ!」
サイアはライオンに会った時のことを詳しくジャン・ルイに話した。
「あちらもあなたが生きていると知って喜んでいたわ」
「それで、どこに連れていかれたかはわからないんだね」
「残念ながら、わからないわ。たぶん、あいつらはライオンの獣人が王様だということに気が付いてないわね。ライオンは貴重な獣人だからって言ってたわ。王様と気が付いていたらもっと違った使い道があるはずよ」
「助けなくちゃ!」
「あの王様はそう簡単には死なないわ。助けるなら、まずしっかりと準備をしてからね。そうしないと今回のように派手な戦争になってしまうわよ」
「わかった!」
「いらっしゃいませ」
夕方5時過ぎに、にぎやかにおしゃべりをしながら女子学生のグループがカフェ・リディに入ってきた。その中にはミレーヌもいた。彼女はジャン・ルイに向かって軽く会釈をした。
イザベルが注文を取りに行った。
「ダージリンのミルクティが2つ、アップルティが1つ、アッサムティが1つ。そして、鼻の下をのばしたジャン・ルイが1つ」
イザベルがからかうように言った。
ミレーヌが化粧室に行き、席に戻るときに小声で話しかけてきた。
「父があなたにお礼をしたいと言ってました」
「今日、お父様はお家にいらっしゃるかな」
「いえ、今日は出張で明日戻ります」
「では明日の夜うかがいますとお父様に伝えてください」
「わかりました。お待ちしてます」
そういうとミレーヌは笑顔で席に戻っていった。
他の女子学生たちがその様子を遠目で見ていて、
「ねぇ、やっぱりあのイケメンの彼と知り合いなのね?ミレーヌの彼氏?」
「ち、違います。父の知り合いなんです」
「そうなんだ」
イザベルが他の客を接客していたので、ジャン・ルイは注文された紅茶を女子学生のところへ運んだ。
「お待たせしました」
女子学生のひとりがジャン・ルイに話しかけた。
「お兄さん、近くで見てもすごいイケメンだよね。彼女います?」
「いえ、いないです」
「じゃあ私、立候補します」
それを聞いていた隣の女子学生も、
「それなら、私も」
と言った。ミレーヌを横目で見ると、ごめんなさいという顔をしていた。
ジャン・ルイは女子学生に笑顔を返しただけだった。女子学生たちはきゃあと騒いでいた。
ジャン・ルイが戻ると、イザベルがカウンターに肘をついて、
「ジャン君には、あんな青臭い女子学生より、大人の私のほうがお似合いよ」
と、言ってウィンクした。
カフェ・リディでジャン・ルイは国王陛下が『獣人解放同盟』に囚われていることをマスターに話した。
「国王陛下が囚われている?それってジャン・ルイのお父様だよね?」
「そうです。助け出すつもりです」
「それなら手伝うよ。国王陛下には借りがあるからね」
「借り?」
「それはまた、機会があったら話すよ」
マスターのクロードは、盗賊団の頭領のルブラン爺の右腕で、主に情報の収集や武器の調達などを担当していた。彼は大きな力になる。
「いろいろと考える必要があるね。当時、国王陛下の船を沈没させたのは、リュシアン宰相とも噂されている。だからてっきり殺されていると思ってたよ。しかし、ご存命が明るみになると、宰相からも狙われることになりそうだね。仲間と隠れ家が必要だな。救出した後のこともしっかり考えないといけないね」
マスターが手伝ってくれるのはありがたい。
「準備に少し時間がかかるだろう。しばらく待ってくれ。短気を起こして、今回みたいな戦争をいきなりしちゃだめだよ」
「わかりました。マスター、よろしくお願いします」




