17.奪還
空には満月が輝いていた。サイアと出会った日と同じだ。
ジャン・ルイはジープのハンドルを握り、ロアール福祉施設に向かっていた。
また、サイアを盗むのかと苦笑した。しかし、あの時と違ってサイアの憎まれ口を聞くのが楽しい自分がいる。いないとどこか寂しい。もういい相棒になっているのかもしれない。
ジャン・ルイはロアール福祉施設から少し離れた建物の影にジープを止めた。
時間は午前1時。ほとんどの患者や職員は寝ているだろうが、たぶん警備は強化しているだろう。
ジャン・ルイは準備した装備を肩に担ぐとロアール福祉施設に音もなく近づいた。塀にロープをかけするすると登った。そして、近くに誰もいないことを確認すると塀の内側に飛び降りた。そして、あたりを見回した。 思ったよりは静かだ。
建物の上部の隅に監視カメラが取り付けられているのを見つけた。これで不用心に歩けない。
ジャン・ルイは小弓を構えると監視カメラに向けて、矢を放った。カチリと音がして監視カメラに命中した。
これ以外にも監視カメラがあるはずだ。見つけたら壊すしかない。
この施設の配置図は頭に叩き込んでいる。
サイアが捕らえられているとすれば、敷地の裏にある3つの倉庫が怪しい
ジャン・ルイが倉庫に向けて走り出そうとすると、明かりが見えたので、近くの植木の影に身を潜めた。
現れたのは肩から機関銃を下げた二人の男だった。やはり警備が厳重になっている。
一人が懐中電灯で辺りを照らしながら警備をしながら、話をしていた。
「本当に『紅薔薇』が来るのか?」
「ボネールさんの話だと今夜来るらしい」
「これだけ厳重な警備をしているのにか」
「捕まえたら、ボーナスをはずんでもらわないとな」
二人は笑いながらジャン・ルイの目の前を通り過ぎた。
ジャン・ルイはその男たちに素早く忍び寄ると懐中電灯を叩き落とし、サバイバルナイフの柄で後頭部を殴り昏倒させた。もう一人は何が起きたのかわからない様子だったが、鳩尾に一発喰らわせてこの男も昏倒させた。二人を植木の影に隠し、手足を縛って口にガムテープを張り付けた。
その時、男の無線機から声がした。
「第8班応答せよ」
ジャン・ルイはその無線機を取りスイッチを入れ、倒した男の口調をまねて、返事をした。
「第8班、異常なし」
「そうか、そこの監視カメラが破損しているようだ。引き続き油断なく、警備に当たれ」
「了解」
ジャン・ルイは無線機のスイッチを切ると、その辺に放り投げ、倉庫に向かって走った。
倉庫は3つあったが、どうせ見つかるまでひとつずつ探すのだから、手始めに一番近い倉庫に近づいた。
その倉庫のそばにあった監視カメラにも小弓で破壊した。
それから倉庫の裏に回った。裏口は鍵がかかっていたが、ポーチから機具を取り出し、鍵穴に細い針金を入れてひねると、パチンという音とともに鍵が開いた。
ドアを細めに開け、中に誰もいないことを確認すると、スルリと忍び込んだ。
その倉庫の中は真っ暗だった。ペンライトをつけるとそこは工場のような機械がたくさん置かれていた。
近づいてみると薬の精製の機械があり、その横には出来上がった麻薬が段ボールで山積みされていた。
段ボールは天井まで高く山積みになっていた。手前の1箱をあけると、たくさんの錠剤が並んでいた。そのひとつを取り出した。銀色のパッケージには「Trisin」と書いてあった。
「これがトリシンか。ギャスパル氏に盗んでくると大見得を切ったが、こんなにたくさんは盗めないな。あとで取りに来よう」
ジャン・ルイはトリシンをいくつかポケットに忍ばせた。
この倉庫ははずれのようだ。
「サイア、どこだ?」
ジャン・ルイは頭の中で話しかけた。近づいていれば念話が通じるはずだ。
「はあ~、やっぱり来たのね」
サイアがため息をつきながら答えた。
「きみを助けに来たよ」
「あら、私は大丈夫なのに」
「せっかく来たんだ。また盗んでやるよ。どこにいるんだ?」
「2つ目の倉庫の地下室よ。あなたこそ気をつけてね。この施設には獣人の戦闘員がたくさんいるわ」
「そんなことだろうと思ったよ」
ジャン・ルイは麻薬の倉庫を抜け2つ目の倉庫に向かった。
倉庫の裏口から中に入ると、中央は何もなくてガランとしていた。壁際には介護用のベッドや会議室の机や椅子などが積み上げられていた。
ジャン・ルイはペンライトをつけあたりを確認し、壁際に地下続く階段を見つけた。
ジャン・ルイは明かりがもれないように用心深く階段を降りた。
中からは複数の人間の気配がした。
地下の入口のドアを細目に開けると、そばには誰もいなかった。
ジャン・ルイは滑り込むと目の前の光景に驚いた。
そには銃やライフル、手榴弾などの武器が大量に格納されていた。バズーカ砲やロケットランチャーまである。ここは介護施設だ。おじいちゃんたち戦争でも始める気なのかな。ジャン・ルイは腰の曲がったおじいちゃんがバズーカ砲を構えている姿を想像して思わず吹き出してしまった。
「誰だ!」
奥のほうから声が聞こえた。見張りの戦闘員らしい。機関銃を構えていた。
ジャン・ルイは脱兎のごとく近づくと、顎に強烈なパンチを食らわせた。
戦闘員は一発で気絶した。
そんなに強く殴ったつもりはなかったが・・・
その男から部屋の鍵を奪うと、ジャン・ルイは次の部屋に入った。
ペンライトで照らすと
そこはいくつかの檻があり、何人もの人が囚われていた。
囚人たちの檻のところへ音も立てずに近づいた。囚人たちは寝静まっていた。
ジャン・ルイはサイアの檻を見つけた。そして持ってきた工具で鍵を開けようとした。
サイアはそれを制止した。
「いいわよ、鍵を開けなくても・・・」
サイアは鉄格子の間からするりと抜け出してきた。
「馬鹿よねぇ。これ人間用の檻よ。私みたいな華奢な体ならすぐ通りぬけられるわ」
ジャン・ルイはあははと笑った。
「さあ、逃げよう」
「待って。こっちの檻の扉を開けて」
ジャン・ルイは言われた通り、囚人たちの檻の一つを開けた。
「ロベール、ロベール。逃げるわよ」
ロベールはそっと起き上ると、檻から出てきた。
「ありがとう」
ロベール?どこかで聞いた名だな。ああ、警察が指名手配してたんだっけ。
ジャン・ルイはやつれ切っているロベールに肩を貸しながら、地下室の階段を上った。1階の倉庫にたどり着いたとき、倉庫が突然明るくなった。そこには50名くらいの戦闘員が機関銃を構えて待っていた。
その中央にボネールが肩から白い包帯をして立っていた。
「ようこそ紅薔薇くん、待っていたよ」
「そりゃどうも。傷は治ったかい?」
「君には先日のお礼をしないといけないね。ここにいるのは『獣人解放同盟』の精鋭とバルディア王国の特殊部隊たちだ。君が敵う相手ではない。おとなしくしてもらおうか。君はこれからの獣人王国にとって邪魔な存在になりそうだ」
ジャン・ルイはちらりと腕時計を見た。あと10秒だ。
「さて、オレを本当に捕まえられるかな?」
「この人数を相手に立ち回りをやるつもりか?」
「いや、さすがにオレでもこの人数は無理だ。でもここに来るまでに何もしてないと思うかい?」
「?」
その時、ズンと地響きがして爆発音が聞こえた。
「何が起きた?」
とボネールが叫んだ。
ひとりの兵士が倉庫に駆け込んできた。
「第一倉庫が爆発して、火災が発生!」
「なんだと!」
ジャン・ルイはにやりと笑い、
「トリシンを燃やしてみました」
と言った。ボネールが兵士に向かって叫んだ。
「早く火を消せ!」
そこにいた半分くらいの兵士がバタバタと消化作業に向かった。
「何ということをしてくれたんだ!貴重な薬を!許さん」
ジャン・ルイはまた腕時計を見た。あと15秒。
「ボネール、これでおしまいではないんだよ」
「なんだと!」
今度はこの倉庫の壁が爆発した。壁際に並べてあったベッドや机が兵士のほうへ倒れてきた。兵士たちはあわててそれを避けた。その瞬間、ジャン・ルイはポケットから盗んだトリシンを何錠か取り出し、ボネールの口に放り込んだ。
「自分で作った麻薬の味はどうだい?」
ボネールは頭を抱えてうずくまった。
かろうじて残った兵士たちがジャン・ルイに向けて機関銃を乱射した。
ジャン・ルイは、はいつくばって銃弾を避けた。地面すれすれの姿勢に狙いを定めるのは難しい。
そのときボネールがすさまじい咆哮をあげ、銀狼に変態した。
そして、その機関銃を持った兵士に向かって襲い掛かった。
「ボネールはトリシンのせいで敵、味方の判別ができないらしい。さあ、逃げるぞ」
ジャン・ルイはロベールを抱えてサイアとともに走って倉庫から脱出した。
あと5秒。
今度は地下室に仕掛けた爆弾が爆発した。
大音響とともに大きな火柱が上がり、倉庫が跡形もなく吹き飛んだ。あれだけの武器が吹き飛んだんだ。ロアール福祉施設のすべての階の窓ガラスが割れる音がした。




