13.獣人公園
翌日は、カフェ・リディは休みだった。
ジャン・ルイはサイアとともにモンテベルノの郊外にあるミカエル国立公園に来ていた。
この公園は通称「獣人公園」と呼ばれていた。この公園内では獣人が自由に変態してもよいことになっている。ふだんは獣に変態できない獣人が気兼ねなく、獣に戻れる場所である。
ジャン・ルイは、自分が獣人なのか、それを知るヒントになるかもしれないとここを訪れていた。
広大な公園の周りには鉄製のフェンスが張り巡らされている。ここエルマニア王国では、人間と獣人が共存しているが、それでも人間にとって獣人はやはり恐いのであろう。
隣国のバルディア王国は獣人が支配している。そこでは獣人が優遇され、人間は虐げられ奴隷のように働かされていた。そのため、エルマニア王国からバルディア王国へ亡命する獣人も少なくない。
エルマニア王国では、獣人の待遇改善のため様々な施策を行ってきた。この公園の設立もその一環である。
ジャン・ルイは公園に入ると案内板の前に立った。公園内はかなり広大で、森林地帯やサバンナ、湖など自然の環境をそのまま再現している。とりあえず、森林地帯を抜けてサバンナの方に向かうことにした。
森林地帯の中では、ゴリラやチンパンジーの獣人と出会った。変態していない人間の姿のジャン・ルイを胡散臭そうに横目で見ながら、簡単な挨拶をして通り過ぎて行った。
「サイア、やっぱりオレは獣人ではないかもしれないね。ビビッとくるものがないよ」
「そうかしら。獣人の人たちと会話してるから、あなたも獣人であることには間違いないと思うわよ」
「変態しない獣人かもね」
そのとき1頭の鹿がジャン・ルイを見つめていた。そして、付いてくるようにと促した。念話ではない。ただそのような気がしただけかもしれない。
ジャン・ルイは、言われるがままにその鹿に従った。
その鹿は森林地帯を出たところにある道端のベンチに案内した。
ジャン・ルイがそのベンチに腰かけると、鹿は変態を解いた。そこには老紳士が現れた。その老紳士はジャン・ルイの前に跪き、目に涙を浮かべて言った。
「ジャン・ルイおぼっちゃま。よくぞご無事で」
ジャン・ルイは目を見開き、驚いて尋ねた。
「どなたですか?なぜオレを知っているのですか?」
「はい、私はテオドールと申します。覚えていらっしゃいますか?」
「テオドール、テオドール・・・」
記憶の片隅にその名前があった。どこで会ったのかは覚えていない。
「おぼっちゃまとご両親が乗っていた船が沈没して行方不明になられたのは5歳の時でした」
「テオ!」
ジャン・ルイは大きな屋敷の庭で、テオドールと遊んだ記憶が蘇ってきた。
「そうです。お父上からおぼっちゃまのお世話係を任されていたテオドールです。良かった。生きていらっしゃったのですね」
テオドールと名乗った老紳士は、目頭を熱くしていた。
「テオドールさん、こちらにお座りください」
「はい、ありがとうございます」
ジャン・ルイは、跪いていたテオドールの手を取り、隣に腰かけさせた。
ジャン・ルイはポケットからハンカチを取り出して涙を浮かべているテオドールに渡した。
テオドールはそのハンカチで涙を拭おうとして、ハッとそのハンカチの刺繍を見つめた。
「これは・・・」
「オレが持っている唯一の両親の形見です」
「これは、エルマニア王ルクレールの紋章です。よくぞお持ちで」
「エルマニア王?」
「おぼっちゃまは、ジャン・ルイ・ルクレール王子でございます」
「え!」
そう言えばジャン・ルイは幼いころの記憶に、広い庭と大きな建物が残っていた。まさか宮殿?オレは王の子?
「この公園もお父上が作られたものです」
ジャン・ルイは混乱していた。自分はルブラン爺という盗賊の首領に育てられた。ルブラン爺は海岸に流れ着いて死にそうになっていたオレを助けたと言っていた。ルブラン爺はオレが王子であることを知っていたのだろうか?もう亡くなって2年経つ。聞くことはできない。
「おぼっちゃまはもしかして王子であることを存じ上げなかったのですか?」
「はい、いま初めて知りました」
「そうですか。いまは・・・」
「どうしました?」
「はい、いまは、名乗られないほうがいいかもしれません。船が沈没してご両親が行方不明になって後、もう12年ほど経ちますが、王位は空席のままリュシアン宰相が国を治めています。いろいろと状況が変わっています。リュシアン宰相は人間至上主義で、獣人を迫害しています。いま王子と名乗られても、よほどの証拠がない限り宰相は認めないでしょう」
そりゃそうだ、泥棒が実は王子ですと言っても誰も認めないよな。
「テオドールさん、オレは王様になるつもりなんてありません。でも自分の出自が聞けて良かった。ありがとうございます」
「おぼっちゃま、いろいろと苦労があるかもしれませんが、がんばってください。こうしてお会いできたのも何かの縁です。いくつか王家のものを預かっていますので、お渡ししたいと思います。私はドーミエ地区で、仕立屋を営んでおります。テーラー・テオドールと聞けばわかると思います。ぜひお立ち寄りください」
「ありがとうございます。そのうち寄らせていただきます」
「今日はなんていい日なんでしょう。神様ありがとうございます。おぼっちゃま、では近いうちにまた」
そう言うと、テオドールはお辞儀をして立ち去ろうとした。
ジャン・ルイはそれを呼び止めて、
「テオドールさん、最後にひとつお聞きしたいのですが、父は獣人でしたか?」
「もちろん。たてがみが美しいライオンでした」
「母は?」
「お母さまはとても美しい孔雀の獣人でした。おぼっちゃまも素敵な子ライオンでしたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
テオドールは、深々とお辞儀をしてふたたび鹿に変態すると駆けて行った。
ジャン・ルイはベンチで手足を伸ばした。
幼いころことがいくつか思い出される。大きな屋敷で父と母がいて・・・
「サイア、やっぱりオレは獣人だったね、ライオンだって・・・」
サイアはちょっと目をまるくして、
「そっち?」
「えっ」
「王子さまであることのほうが驚きなんだけど・・・」
「そうだけど、別に王様になりたいわけじゃないし」
「アハハ、そうね、泥棒だもんね」
「ライオンでよかった」
サイアは声を立てて笑った。
「カバじゃなくてよかったわね」
ジャン・ルイは公園の帰りに、カフェ・リディのマスターであり、ルブランの右腕でもあったクロードの自宅に寄った。もしかして、ルブラン爺から何か聞いているかもしれない。
クロードはジャン・ルイとサイアを快く迎えてくれた。
「ジャン・ルイくん、休みの日にどうしたの?」
「マスター?ちょっと聞きたいことがあるんですが・・」
「どうしたの?」
「今日、テオドールという人に会って、オレがこの国の王子様って言われたんだけど」
「それで?」
マスターはいつも変わらない口調だった。。
「それで?って、マスターは知ってたの」
「知ってたよ。ルブランから聞いていた」
「そうなんだ。オレはまったく知らなかった。教えてくれれば良かったのに。ルブラン爺はなぜ教えてくれなかったんだろう」
「理由も聞いているよ。『ジャン・ルイを海岸で助けた時、何人かがジャン・ルイを探していた。『殺せ』という声が聞こえた。助けるためではなくて、見つけたら殺せという会話が聞こえんだ。奴らこんな幼い子を殺そうとしている。だからそいつらはオレが始末した。しかし、これから大きくなっても命を狙われる可能性がある。だからオレが持っている盗賊のスキルをすべて叩き込む』って言ってたよ」
「そうなんだ。オレは殺されそうになってたんだ」
ジャン・ルイは初めて聞く話だった。
「見つけたときに、王家の紋章が付いた服を着ていたし、王様、王妃様、王子様が乗った船が沈んで、行方不明と警察無線に入っていたから、ジャン・ルイは王子だと確信したと。でも、下手に名乗ると殺されそうだと・・・」
「それで?」
「仲間にも王子として名乗らせるつもりはない。オレの子供として、世界一の盗賊にすると言って、きみを引き取ったんだ」
ジャン・ルイはルブラン爺のいかついが温かみのある顔を思い出していた。
助けてくれたんだ。死にそうだったオレを。
ルブラン爺の修行は厳しいものだった。山や海を走らされ、木に登り、崖を飛び越え、生傷が絶えなかった。その修行に耐えられず、『なんでこんなことしなくちゃいけないの?』よく泣き言をいっていたあのころ、『おまえが生きるためだ』と叱られた意味がやっとわかった。
10歳を超えるころには、剣の使い方、銃や爆弾の扱い、暗号の解読など盗賊としてのスキルも身に着けさせられた。
人殺し以外は何でもできるように育てられた。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「ジャン・ルイ、どうするつもりだい?」
「いや、何もしない。いままでのオレと何の変わりもないよ」
「了解。では今日の話は聞かなかったことにしよう。ではお休みなさい」
「おやすみなさい」
ジャン・ルイはクロードの家を辞して、自宅に向かった。
オレが殺されそうになったということは、船が沈没したのは事故ではなく、故意に仕組まれたものかもしれない。自分の血筋を明かすとまた狙われるかもしれない。また、両親は獣人だったので、もしかするとどこかで生きているかもしれない。
1日でいろんなことがわかった。でも結局、自分で変わろうと思わなければ、何一つ変わらないこともよくわかった。
自分は獣人なのになんで変態しないのかなと不思議に思ったが・・・




