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12.獣人事件

 マルソーはここ数日起きている獣人事件でてんてこ舞いをしていた。

 今朝も妻のコリーヌがテレビをつけるとニュースで、獣人が人間を襲う事件を報道していた。

「また、獣人が変態した事件です。昨日、エクレール大通りのレストランでチーターに変態した獣人が暴れて、3名の客が重軽傷を負った模様です。獣人は駆けつけた警察官にも襲いかかり、警察官に重傷を負わせると逃亡しました。付近は現在も警察官が逃げた獣人を捜索中です。獣人事件はモンテベルノ市だけで今月に入ってこれで4件目となります。では次のニュースです。昨日…」


 コリーヌは紅茶をテーブルに置き、カップに注ぎながら、

「物騒になったわね」

「お前も用もなく出歩くんじゃないぞ」

「あなたも気を付けてね」

「じゃあ、行ってくる」


 マルソーは昨晩も夜勤をして、今朝は自宅に着替えにもどっただけだった。妻の入れた紅茶を啜ると、そのまま出勤した。

 警察署の強行犯係の部屋には署長が来ていた。署長はマルソーの顔を見ると、

「この獣人事件は最優先事項だ。早急に解決してくれ。頼んだぞ」

 そういうと、マルソーの肩を叩き出て行った。課長は肩をすくめて、

「ということだ。マルソー、何とか早く獣人を捕まえてくれ」

「この前までは、『紅薔薇』が最優先だって、言ってたよな」

「そう言うな、署長もどうやら次回の市議会に立候補するようだ。ここで汚点は欲しくないといったところだろうよ」

「まったく!」

「連続して4件も獣人事件が発生している。それも獣人協議会にも登録がない獣人ばかりだ。これまでの獣人はすべて射殺されているが、今回のチーターの獣人は逃亡中だ。ぜひ生きたまま捕えて事件の解明をしたい。逃げたチーターの獣人の行方はまだわからんのか?」

 課長が急き立てるように言った。

「ええ、どうも一人でレストランに来ていたようで、それに変態があまりにも強烈だったため、変態する前の顔の証言がまちまちで、いまだ人物を特定できずにいます。いまレストランの監視カメラの解析を行っていますので、今日中には獣人を特定できると思います。ずっとチーターの姿をしていれば捜査は簡単ですが、いまごろは普通の人間の姿をしているはずですから、まず人物の特定をしないと厳しい状況です」

「わかった。なるべく急いでくれ」

「了解しました」

 マルソーは、強行犯係の部屋を出て、鑑識の部屋に向かった。


 鑑識は警察署の5階にあった。マルソーはいつもエレベータを使わない。5階まで駆け足であがると、鑑識の部屋をノックした。

 今回の監視カメラの解析は、マルソーと親しいパトリスだった。

「よう、パトリス。監視カメラの解析で何か分かったかい?」

 パトリスと呼ばれた男は、難しい表情をしていた。

「ちょっとこれを見てくれ」

 パトリスは監視カメラの映像をマルソーに見せた。


 レストランで何組かの男女が食事をしている風景だった。一番隅に座っていた男がいきなり立ち上がると咆哮した。回りの客が悲鳴をあげて店の外へ逃げ出す。男はみるみるうちに凶暴なチーターに変態した。そして客の一人に襲いかかった。

 マルソーはその映像を見て愕然とした。解析結果などいらない。チーターの獣人はベルクソンの部下のピカール刑事だ。見間違うことはない。

 パトリスはマルソーに、声をひそめて、

「気になることがあるんだ」

「何だい」

「マルソー刑事は『獣人解放同盟』という組織のことを聞いたことがあるかい?」

「ああ、人間を倒して獣人の国を作るとかいう狂った集団だな」

「どうも、その組織が最近活発に活動を行っているという噂があるらしい」

「そうなのかい?」

「ピカールだって一応刑事だ。むやみやたらと人間を襲ったりしないはずだ。これには何か裏があるように思えてならない。マルソーも気を付けろよ」

「しかし、その『獣人解放同盟』が相手なら、警察ではなく軍隊が対応するべきだな」

「そうだよな」

「オレたち警察は地道に捜査するしかないよ」

 マルソーはそう言って、解析結果の報告書に目を通した。報告書にはピカール刑事がチーターの獣人と書かれていた。ピカール刑事は、昨日は非番だった。マルソーはすぐさまピカール刑事の足取りを追った。


 朝からカフェ・リディが繁盛し、ジャン・ルイは休憩が取れたのは午後三時を回ってからだった。

「今日は忙しかったね」

 とマスターはジャン・ルイとアルバイトのイザベルに声をかけた。

「そうですね。こんな日もあるんですね」

 とイザベラが答えた。

「紅茶の専門店として、少しは知られるようになったのかな」

 イザベルは陽気に、

「マスター違います。私が美人だから、お客さんが集まってくるんです。ジャン君もイケメンだし、私たち二人が売り上げに貢献してるんです」

 ジャン・ルイは笑いをこらえて、胸をそらして得意げなイザベルを見た。まあ男性客が多いことを考えると、案外当たっているのかもしれない。

「だから、マスター。もう少し給料をあげて」

「えっ、でもふつうの喫茶店よりは時給は高いと思うけど…」

「そうなんだけど、来月ギリシャに旅行をしようと思って。ね、今月だけでいいから」

「仕方がないな。じゃあ特別にボーナスを出そう」

「やった!」

 イザベルが小躍りし、給与アップの交渉が成立したところで、店の扉が開き女子学生が数人入ってきた。


「いらっしゃいませ」

 じゃ・ルイはそう声をかけて、女子学生たちを見たジャン・ルイは息が止まりそうだった。その女子学生のなかにミレーヌがいたのだ。ミレーヌのほうもジャン・ルイに気が付いたようで、最初は目を丸くしたが、皆に気付かれないように小さく手を振った。女子学生たちは一番奥のテーブル席に座った。

 イザベルが注文を取りにいった。

「ダージリンが二つ、アッサムが一つ、セイロンが一つです」

 ジャン・ルイはそれぞれの茶葉をガラスの容器に入れお湯を注いだ。

 そして、それぞれの容器に紅茶の種類と簡単な味の特徴を書いたカードを付けた。これが意外にお客に受けている。イザベルが運んだが、女子学生たちは話に夢中で、キャッキャと騒いでいた。

 途中ミレーヌが立ち上がり、化粧室に行った。そして、化粧室からの帰りにジャン・ルイに挨拶をした。

「ちゃんと約束守ってますよー」

「ありがとう」

「このお店外からみるとオシャレだから、一度入って見たかったんだ。まさかあなたが働いているだなんて」

 ジャン・ルイはウィンクをした。

 ミレーヌは何事もなかったように席にもどった。


 すると、女子学生のひとりが、

「ミレーヌ、お知り合い?」

「えっ、ええ、ちょっと・・・」

「なんか、あの人、カッコよくない?」

「そ、そう…」

 みんなが一斉に振り向いた。

「いいなあ。ミレーヌお嬢様はいろんなところにお知り合いがいて」

「ずる~い」

 ミレーヌは助けてもらったときのことを思い出したのかうつむいて少し赤くなっていた。

 ジャン・ルイは女子学生たちに手を振った。

「ジャン君、何いい気になってるの?」

 イザベルはカウンターの下でジャン・ルイのお尻をつねった。

 それを見て、散歩から帰ってきたサイアが笑った。


 カフェ・リディの営業が終了し、赤レンガ倉庫の自宅に戻ってきたジャン・ルイは、サイアに向かって、

「サイア、オレは本当に獣人なのかな?」

「さあね」

 サイアはジャン・ルイが皿に注いだミルクを飲みながら答えた。

 ジャン・ルイは服を着替えながら、

「生まれていままで変態したことないし、この前の事件だって気持ちが高ぶってもまるで変態する気配がないし…」

「どっちでもいいんじゃない。獣人だろうが人間だろうが、泥棒には変わりないわ」


「確かに…でも気になるなあ」

「あなたが象とかカバだったら面白いわね」

 サイアはジャン・ルイが変態する様を想像して笑い出した。

「えー、象?カバ?・・・ちょっと嫌だなあ」

 と、ジャン・ルイは頭を掻いた。

 サイアにとってジャン・ルイが獣人かどうかなんてどうでもいいのだろう。

 住まいと食事を提供してくれるいい人くらい思っているらしい。 

 サイアが早く風呂にお湯をいれてくれるように頼んできた。そして、「覗いちゃダメ」と言いながら風呂に入った。


 ジャン・ルイは、はソファに寝そべると大きく手足を伸ばした。

「ところでさあ、今起きている獣人事件、変だと思わないか?」

 浴槽のついたて越しにサイアが答えた。

「そうね、急に獣人になって人間を襲うところは共通しているけど、そもそも獣人は本来それほど凶暴ではないわよね」

「あのボネールが言ってたトリシンが使用されてるんじゃないかな」

「その可能性はあるわね…調べるの?」

「う~ん、悩んでる。調べてもあんまり儲かりそうにないし…」

 サイアはピクンと眉をあげた。

「あなたの判断基準はそこなのね」

「お金だけじゃないんだけどね」

 ジャン・ルイは天井を見つめながら言った。


「じゃあなあに?」

「オレは泥棒であって、正義の味方じゃない。泥棒はするけどちゃんと盗む理由があって盗んでいるだけ。それがオレの流儀かな。今回のようにトリシン、いや麻薬みたいなものをばら撒くような、組織で悪事を働いているのを抑止するのは警察の仕事と思ってる。オレの仕事じゃあない」

 そこで、サイアは風呂から出て、美しい女の子の姿をしたまま、体にバスタオルを巻き、ソファに腰かけた。ジャン・ルイは目のやり場に困った。


 一度間近で見ているが何度見てもきれいだ。

「ふうん、わからなくもないわね」

「まあ、もう少し様子を見ようか。いまのところお金に困っているわけじゃないし。それより、何か服を買ってこようか?その格好じゃあ…」

「いいわよ、別に。あのね、あなたがその気なら私はいつでもお相手するわ」

 サイアは碧い瞳でジャン・ルイをからかうように微笑した。

 これだけの美人が裸で隣にいて妙な気を起こすなというのは、かなり無理があるなあ。


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