11.ミレーヌの救出
倉庫には、縛られたジャン・ルイとミレーヌに見張り役の4人の男たちがいた。
男たちは銃を構えていた。気を抜くことなくしっかり見張っているところをみると、おそらく犬科の獣人ではないか。命令されたことを忠実に守るところをみると、いかにも番犬のようだ。
ジャン・ルイは少し身を捩って縛られている紐を解こうとしたが、かなりきつく結ばれていて、そう簡単には解けそうになかった。
靴のかかとに仕込んだナイフを取り出そうとしたが、縛られているこの姿勢では手が届かない。
そこでジャン・ルイはサイアをこっそり呼んだ。
「サイア、どこだ?」
「倉庫の屋根の上よ。でもいま取り込み中なの」
「何をやってる?」
「このあたりのボス猫に口説かれてる最中よ」
「そいつも獣人なのか?」
「いいえ、単なる猫よ」
「じゃあ、ほっといてオレを助けてくれ」
「だめ。もう少し待ってね。いいところなんだから」
「こら!」
まったく役にたたない奴め。隣のミレーヌを覗き込むとしくしく泣いていた。父親が獣人と言われたことがショックだったようだ。あのボネールの野郎、あとで叩きのめしてやるからな。
その時、倉庫の屋根の上でゴトゴトとすごい音がした。4人の見張りの男たちは不安そうに天井を見上げていた。その音は壁から、裏口のほうへ流れていき、裏口の扉が大きな音を立てて開くと、ものすごい数の猫が飛び出してきた。
猫たちはそれぞれの男たちにとびかかって行った。男たちは銃を撃ちまくったが、猫たちのほうが敏捷だった。まったく弾が当たらない。
「遅くなってごめんなさいね」
サイアはジャン・ルイの背後に回ると、縛っていた紐を咬み切った。
猫に襲われていた男たちは次々に犬に変態していた。飛びついてきた猫たちを振り落とすと、そして唸り声を上げ威嚇していた。猫たちは、犬、まさに野良犬に変態した男たちを遠巻きにした。
ジャン・ルイは紐が解けるとすぐにミレーヌの紐をほどいた。そして、ミレーヌを背後にかばいながら裏口に後ずさりした。ジャン・ルイが逃げだしたのを見ると野良犬の変態した獣人たちは、猫たちを無視し次々にジャン・ルイに襲いかかった。ジャン・ルイは最初に飛び掛かってくる野良犬のあごに狙いすました強烈なキックを浴びせ、さらに次々と4人の男たち、いや4匹の野良犬たちの腕?脚?をつかむと頭から床に叩きつけて気絶させた。
それから、ミレーヌを抱え上げた。ミレーヌはされるがままになっていた。
「サイア、ありがとう。助かったよ」
ジャン・ルイはサイアに頭を下げた。サイアは澄ました顔で、
「私ってモテるのよ」
「人間の姿もモテそうだけどな。猫にもモテるんだ。さあ、逃げよう」
ジャン・ルイは大型スクーターまで戻ると、ミレーヌを後部座席に乗せた。ミレーヌはまだ目の焦点が定まっていない。
「しっかりつかまって」
ミレーヌはこくりと頷き、ジャン・ルイにしっかりと抱きついた。ん?背中に丸いものが二つ当たる。いかん、こんな時に不謹慎なことを考えては。
ジャン・ルイは革ジャンのジッパーを下げると、胸のところにサイアを押し込んだ。
サイアはかなり窮屈そうだったが、我慢してもらうしかない。
そして、大型スクーターを急発進させた。
さっきの野良犬に変態していた男たちの何人かが気が付いたのだろう。人間の姿にもどった彼らは銃を構えていた。ジャン・ルイは大型スクーターの速度をあげた。後ろから拳銃の発射音が聞こえたが、この暗闇であたるはずもない。拳銃なんて5mも離れればかすりもしない。
もう午後10時を回っていた。残念ながら身代金をかすめ取ることはあきらめた。あいつらに捕まるドジを踏んだからだ。とりあえず、ミレーヌを安全に届けることが優先だ。
倉庫街を一気に抜け、コルセー通りに出ると、サンセール地区の高級住宅街のギャスパル邸に向かった。まだ車の流れが多い。その間を縫うように大型スクーターがすり抜けていく。ここまで来ると大丈夫だろう。
その時、途中すれ違った車をみて、ミレーヌが、
「あれはパパの車だわ」
と叫んだ。黒いセダンの高級車だ。ジャン・ルイは大型スクーターをそのまま反転させ、その車を追いかけた。
運転席にはギャスパル氏ではなく、今朝ほど誘拐に加担した大男がハンドルを握っていた。助手席にはボネールが座っている。おそらく身代金を積んだままだろう。これはラッキーだ。
車は先ほどの倉庫に向かっているようだ。
そのとき、その車に向かって何か黒いものが体当たりしてきた。
大鷲だ。
車は、回転しながら側道のガードレールにぶつかって止まった。
大鷲がフロントガラスを破ろうとしていた。
運転席の男は頭から血を流して気絶していた。
ボルネールは助手席から飛び出すと灰色の狼に変態して、大鷲に向かって咬みつこうと跳躍した。
大鷲は大きな翼をはためかせ飛び上がった。
狼の跳躍は届かなかった。
ジャン・ルイはその車に追いつき、急ブレーキをかけた。
そして、サバイバルナイフを取り出すと、狼に向けて放った。
ナイフは右前脚の付け根にズブリと刺さった。狼はナイフを振るい落としたが、血が噴き出していた。
そして、右前脚をかばいながら脇道を一目散に逃げ去った。
大鷲から人間の姿に戻ると、ミレーヌが駆け寄った。
「パパ!」
「ミレーヌ!」
ギャスパル氏は娘を抱きしめて、無事を確認した。
「紅薔薇さんに助けてもらったの・・・」
と、ミレーヌはジャン・ルイを指さした。
ギャスパル氏は、握手を求め、そして車の後ろに回ると、トランクを開けた。中には札束がぎっしり詰まっていた。そこから10万ドルだけをジャン・ルイに渡した。
「娘を救出してくれたお礼だ」
ジャン・ルイはお礼を言って、カバンから紅い薔薇を取り出し、ミレーヌに差しだした。
「ありがとう。泥棒さん」
そういうとミレーヌはジャン・ルイに抱きついた。ジャン・ルイはどぎまぎしていた。
それをサイアは横目でみていた。私が助けてあげたのに、やっぱり若い子がいいのね。
「オレのことはくれぐれも内緒で・・・」
そういうとジャン・ルイは大型スクーター発信させた。
ギャスパル氏の車を尾行していた数台の覆面パトカーが、消してあったサイレンをけたたましく鳴らして近づいてきた。
そのうちの1台が覆面パトカーがジャン・ルイのスクーターを追って来ようとしたが、バイクと車では機動性が違う。すぐに裏道に入り、いくつかの角を曲がって逃走した。
覆面パトカーのマルソーたちは運転席で気絶している男を逮捕した。
この事件はまったく報道されなかった。
ミレーヌは約束を守り、ジャン・ルイのことは一言もしゃべらなかった。
警察では、誘拐の犯人の車が事故を起こして止まり、身代金を奪われることなく、無事逮捕できたことと、ミレーヌ嬢が自力で脱出したところをギャスパル氏が保護したと記録として残した。
しかし、マルソーは紅薔薇がミレーヌを救出したと確信していた。
赤レンガの自宅の戻ると、ジャン・ルイはベッドに倒れ込んだ。
ここ数日の疲れが溜まっていたらしい。あっという間に睡魔に襲われた。
翌朝気が付くと、目の前にサイアの綺麗な顔があった。人間の姿で裸体のままジャン・ルイの隣で寝ていた。碧い瞳、ブロンドの髪、真っ白な肌、すらりとした脚、そして均整のとれた体型、すべてが美しかった。
「えっ!」
ジャン・ルイは飛び起きた。状況がつかめていなかった。
サイアが目をさました。
「おはよう」
「ああ・・・」
「昨晩は激しかったね」
「えっ・・・」
ジャン・ルイはどぎまぎした。しかし、何も覚えていない。サイアは布団を胸まで引き上げて、
「あのね・・・冗談よ」
「えっ、あっ」
「ちょっと添い寝してみただけ。何にもしてないわ」
と、サイアがいたずらをしたような顔で言った。勘違いをしそうになったジャン・ルイは、
「サイア、驚かさないで・・・」
「別に、してもいいよけど」
「いや、無理。無理。」
こんなきれいな人を抱くなんてとジャン・ルイは顔を赤らめたがそれはサイアには伝わらず、
「ひどーい」
と、サイアはぷいっと横を向いて、シャム猫の姿にもどった。
ジャン・ルイは、照れ隠しにすぐ着替えに立ち上がった。




