8.東方お茶会
放課後、専門棟にある『家政実習室』を借りてお茶会が開かれた。
「ここって淑女科専用の部屋じゃないの? 初めて入ったわ」
シオリの問いに、ナナーシュは眉尻を下げて微笑んだ。
「本来は淑女科の生徒しか使えないのだけれど、デビット先生が『東方のお茶文化を学んで交流を図る』という名目で貸し出してくださったのよ」
ナナーシュは東方製の小さいポットに、青い模様の入った瀟洒な茶筒からすくった茶葉を入れる。
「久しぶりだから楽しみだ」
ダイがナナーシュの手つきを眺めて嬉しそうに呟いた。茶葉を入れたポットに熱湯を注いで、次に大きなポットへ移し替えるように注ぐ。
「蒸らしたりしないんですか?」
ミーヤの言葉に、ナナーシュが頷く。
「ええ、このお茶はすぐに注がないと渋くなってしまうのよ」
小さいポットから大きいポットへ人数分のお茶を淹れ終わったナナーシュは、流れるような手つきでそれぞれのマグカップにお茶を注ぐ。
「人数分の湯呑が用意できなかったから、カップになってしまったわ。でも、すっきりした烏龍茶に合う菓子は、マドセン商会のフロランタンを用意できました。ありがとう、シオリ」
「うん」
ナナーシュがフロランタンを皆の皿に配るのを、シオリは穏やかな眼差しで見守った。
「美味しそうだね、こんな風にナッツを薄切りにした菓子は初めてだ。東黎帝国だと、砕いて団子に入れたりはするけど」
カイが菓子とシオリを交互に見て笑顔を見せる。
「あー、俺、ナッツ入り団子好き。フロランタンも期待できるね」
ダイがはしゃいで、ナナーシュが優しくたしなめた。
「私がシオリに相談して選んだのだから、美味しいに決まっているわ、ダイ」
「ナナーシュを疑ったんじゃないよ」
「ふふ、ダイ様、マドセン商会の菓子店はいつも行列で、人気商品はすぐ売り切れてしまうと聞いています。今日、頂けるのはとっても幸運ですよ」
ミーヤに褒められて、シオリは嬉しそうに目を細める。カイは隙あらばチラチラとシオリを見ているため、視線がかち合った。
「烏龍茶は熱いから火傷に気をつけて。いただきましょう」
ナナーシュに促されるまま視線をカップと皿へ移す。カップに口を付けたシオリは、僅かに目を見開いた。烏龍茶の爽やかな渋みが口に広がる。
「……確かに、すっきりしてる」
「うん、完璧な味。さすがナナーシュ」
熱さを気にした様子もなくカップを傾けたダイは、フロランタンもザクザクと音を立てて頬張った。
「おお、これも美味い」
「ナッツが香ばしいし、食感もいいね」
ダイもカイも気に入ったらしく、あっという間に皿に盛りつけた二枚を食べきってしまった。
「まあ、ダイ様、カイ様も……美味しいからって早すぎませんか」
ナナーシュは笑いながら立ち上がり、別のテーブルに置いてあった箱を取りに行く。
「こうなると思って、たくさん用意してあるの。お行儀は良くないけれど、置いておくから好きなだけ食べて」
箱の中にはフロランタンだけでなく、プレーンクッキーも入っていた。ダイは目を輝かせて立ち上がり箱の中をのぞき込む。
「いいね、烏龍茶もおかわり」
ナナーシュが再び烏龍茶を人数分淹れた。お茶会は穏やかな口調と笑い声で和やかに進んだ。
「あら、フロランタンが三枚とクッキーが六枚残ったわね。お土産として分けましょう」
「私はいつでも食べられるものだから、いらない。ちょうど人数で割り切れるだけ残ってるんだから持って帰ったらいいわ」
シオリの言葉に、ナナーシュが首を傾げる。
「全部で九枚だから、四人では割り切れないわ」
「え、あ……そう、ね」
気まずそうに視線を逸らしたシオリの耳は、笑いを堪えるカイの息遣いを捕らえた。
「くっく、シオリは計算が苦手なんだね」
「ちが、今ちょっと勘違いしただけじゃない!」
頬を染めつつカイを睨んでから、シオリは立ち上がる。
「片付けてお開きよ……」
「そうね、ふふ、皆様、今日はありがとう」
「おう、ありがとう、ナナーシュ。あ、この、フロランタン、シェードへの土産にしようかな?」
ダイはナナーシュが菓子を包んでいる様子を見ながら問いかける。
「必要ないわ」
「えー、なんでそんな意地悪を」
「……シェードは何度も食べているから、珍しくないのよ」
艶のある栗色の髪を耳にかけながら、シオリは淡々と言った。
「シェードとシオリは幼馴染なんだっけ」
すっと目を細めたカイから視線を逸らし、シオリは肩を竦める。
「そう……シェードも昔は小さくて、並んでクラヴィーナを弾いても邪魔にならなかったわ」
額にかかる黒髪をかきあげて、カイは少しだけ低い声で尋ねた。
「へえ、シェードは楽器も嗜むのか。意外だね。今でも一緒に弾いたりするの?」
ダイとナナーシュが顔を見合わせる様子を視界の端に捕らえ、シオリは空になったカップや皿をトレーへ乗せながら答える。
「もう、あまりない」
「あ、あの、私、カップを洗うのをお手伝いいたします」
張り詰めた空気にミーヤの健気な声が割って入った。
「俺も手伝うよ、ミーヤ」
カイも空の皿にカップを乗せて立ち上がった。




