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7.課外実習②

 担当教師デビットに、目的達成の報告を終えたカイとミーヤが戻って、昼食となった。

「美味しいわ、ミーヤ。お料理ができるなんて素敵ね」

「いい味だし、上手くできてる」

 ナナーシュが感嘆の声を上げ、シオリも小声で付け足す。ミーヤは手作りのバゲットサンドも全員分持参していた。アボカドとマッシュルームのディップが挟まっているもの、ゆで卵とピクルスが入ったタルタルソースが挟まっているもの、トマトとリーフレタスと焼いたベーコンが挟まっているもの、どれも美味しい。

「あ、ありがとう、ございます」

 小柄な身体を更に縮めて、特徴的な赤い髪の毛先をくるくると指に巻き付けて照れるミーヤは、小動物のようで愛らしい。小さくてかわいらしいぬいぐるみを殊の外愛でていたシェードを揶揄っていたシオリだが、実は彼女自身も小さくてかわいいものを好む。孤高の音楽家がミーヤを愛でる気持ちをひた隠している間に、カイもダイも手作りサンドを平らげた。

「ほら、これ、食べなさいよ」

 兄弟の健啖ぶりに呆れつつ、シオリが包みを差し出して開く。包みの中はドライフルーツの入った焼き菓子だった。

「わあ、美味しそう」

 ミーヤが歓声を上げる。シオリはダイが背負ってきた騎士科仕様の鞄を勝手に開けて、人数分の小ぶりのカップと大きな水筒を三本取り出した。

「ダイが重くても大丈夫だって言うからたくさん持って来たの。アイスティー、たくさんあるから遠慮せず飲んでね」

 ダイは鞄に、本来入れるべき重りの代わりに水筒を入れていた。マドセン商会は菓子店も多く経営しており、焼き菓子は特に評判が高い。食後のお茶のために水筒とカップを運んで欲しい――ダイがナナーシュのお願いを二つ返事で引き受ける場面は、目撃した。ダイの中での優先順位は実習の規則よりナナーシュの方が上なのだろう。

「それ、先生にばれたら、一番乗りの栄誉が取り消されるかもしれないぞ」

「水筒とカップの方が重いくらいだから平気だよ、あ、俺にも菓子をください」

 悪びれない弟に、兄は苦笑して黙る。実家の焼き菓子を差し出すと、荷運び功労者たるダイは、大きく口を開けて放り込んだ。

「んぐ、ゲホゲホッ」

 ナナーシュは、焼き菓子を喉に詰まらせて咳き込むダイの背を叩く。

「気を付けなくてはダメよ、ダイ」

「フフフ、アハハハ」

 ミーヤが品良く笑い出すと、カイも吹き出した。シオリも笑いを堪え切れずに肩を震わせて顔を背けた。

「フフフ、楽しいわね。フィールド先輩も来れたら良かったのに」

 ナナーシュが笑いながら呟く。シオリは眉間に皺を寄せて首を横に振る。

「あいつが来たらナナーシュに張り付いて、鬱陶しいじゃない」

 顔を顰めるシオリに臆さず、カイが無言でぬっと手を差し出した。彼女は実家自慢の焼き菓子を一個、そっとカイの手に乗せる。

「ありがとう、シオリ。なんだかね、フィールド先輩からは直前に欠席連絡があったんだ。この班に参加予定だったのに」

 言い終えてカイは焼き菓子をかじった。ダイが落ち着いたので、ナナーシュは自分のカップにアイスティーを注いだ。

「いつも優評価を得ていた論文で、不可評価を取ってしまったんですって。デビット先生が、参加を取りやめて書き直すよう仰っていたのを聞いたわ」

 執着されている本人より友人である自分の方が、ザックに対して嫌悪と警戒を抱いている。のんきな友人が心配だが、性格上、口に出しては言いにくい。

「後から書き直したって成績は変わらないじゃない」

「ええ、そうね、でも、常に優評価相当の論文を綴れるようにしておかなくては、真っ当な官吏にはなれないって。デビット先生はフィールド先輩を高く評価してらっしゃるから」

 ナナーシュがザックの名誉を気にする必要などないだろう。シオリは強い違和感を覚えて首を捻った。

「シオリはさ、例えば演奏会で少しだけミスをして優勝できなかったら、完璧な演奏ができるまで練習するんじゃない? それと同じじゃないかな」

 爽やかな声で諭されたが、納得がいかない。

「一緒にしないで。私の努力は誰かのためのものじゃない」

「うーん、それって、フィールド先輩が努力しているのは彼自身のためじゃないって意味で言ってる?」

「そんなの知らないわよ。ただ、一緒にするなって言ってる」

 言い捨てたシオリは立ち上がった。

「シオリ、どこへ行くの?」

 ナナーシュの問いかけを聞きつつ立ち上がったシオリは、鞄を背負いながら短く答える。

「少し、温室を見に行ってくる」

「あ、待って、俺も行く、鞄、見といて」

 さっさと温室方向へ歩き出すシオリは、カイが追いかけてきていることに気づいたが、決して後ろは振り返らなかった。


 温室には鍵がかかっていて、中には入れなかった。当て所なく周囲を歩くシオリの後から、カイが黙ってついてくる。

「何?」

「うん、さっきも言ったでしょ? 班長に断りもなく抜け出したらダメだよ」

「……温室に行くって言った」

「俺は許可してないよ」

 小さく笑い声を上げながら隣に並んだカイを、シオリは胡乱な目つきで見やった。

「そういうの、キベン、って言うって。ナナーシュが言ってた」

 丸みを帯びた白い頬に、音もなく伸びてきた手が触れる。はっとして振り払おうとした腕が掴まれた。カイはもう一方の手でシオリの頬にかかる髪をそっと耳にかける。

「な、なに、やめっ」

「睫毛長いなあ、頬もすべすべ……」

「触らないで!」

 骨ばって長い人差し指の腹で頬をなぞり、彼女の顔を覗き込むカイの目の奥に、強い光がある。逃げようとしたシオリの腕はあっさり解放された。

「あ、ごめん」

 両腕を上げて後退し距離を取った彼は、凛々しい形をした眉を歪めて謝罪する。

「あ、謝ればいいってもんじゃない」

「そうだよね、なんか気づいたら触ってた」

「はあ? どういう言い訳よ!」

 怒りと羞恥で白皙が薔薇色に染まる。後頭部をかきながら、カイもつられて象牙色の頬を赤くした。

「いや、本当に……自分でも驚いてる。ごめん」

 旋毛が見えるほど頭を下げられ、シオリは小さく息を吐き出す。

「触れ合いだったら求めてる子が他にいるでしょ」

「女の子と触れ合いたいわけじゃない……多分。そういう欲がないとは言わないけど」

 再び歩き出したシオリの隣へ先ほどより距離を取って並んだカイは、自信なさそうに言った。彼女と地面と空と、視線が定まらず様子がおかしい。

「どういうつもりでもいいけど、気安く触らない」

「うん」

 端的な返事は自嘲めいて響く。目を伏せて口を引き結んだカイを見上げて、シオリは赤らんだ頬を膨らませた。

「何が爽やかな紳士よ、圧の強い……獣みたいじゃない」

「それって俺のこと? 俺に興味持ってくれてるの?」

 ついさっき反省した素振りを見せていたのに、もう切り替えて楽しそうになる東方の少年に、西方の美少女が呆れて口を尖らせる。

「持ってない。調子に乗らないで」

「アハハ、うん、ごめん」

 素直に謝罪したカイは、一度強く両の拳を握ってから、開いた。

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