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6.課外実習

 まだ空気の澄んでいる春の朝、ここ騎士科訓練場が、課外実習参加生徒の集合場所だった。

「芸術科の例の方、協調性の低さや唯我独尊ぶりは有名です……何の瑕疵もないデンジ先輩が、秩序を乱した者の後始末をしたり責任を取らされたりするのは納得がいきませんわ」

 生徒会長に向かってシオリに関する中傷を吹聴する官吏科の女子生徒の声に聞き覚えはない。

「確かに芸術科の生徒は集団行動が苦手な者も多いな。聖樹の森だから、はぐれて帰れなくなるということもないだろうが、注意はしておく」

 号令用の台の横で、拡声器の確認をしながら答えた生徒会長の言葉を聞いて、女子生徒は口元を綻ばせる。

「はい」

「ところでオリビア君……当の本人に君の発言が聞こえていたようだが」

 声が届く範囲で黙って待機していたシオリを、オリビアと呼ばれた生徒が一瞥する。

「まあ、気づきませんでした」

 誤魔化すつもりもない虚言だったが、デンジは皮肉交じりの笑みを浮かべるだけで流した。

「ふうん? まあいい。君は救護用物資の最終確認へ行くように」

「はい、デンジ先輩」

 悪意ある噂に慣れているとはいえ、朝から気分が悪くなった。シオリがため息を押し殺して地面を睨んでいると、同班の仲間たちが集まってくる。

「到達証を持った先生たちがどこにいるか推測して探し当てるのが、最重要事項だ。騎士科の生徒は野外訓練の予行演習として、その他の生徒は補助として協力するように」

 最後にデンジは先ほどオリビアにも見せた皮肉交じりの薄ら笑いを浮かべて付け加えた。

「特に、芸術科で唯一この実習に参加しているマドセン君、和を乱さないよう気を付けて」

 無反応を貫く当事者に代わって、防具と剣を装備して大きな鞄を背負ったカイが一歩進み出る。

「彼女は俺が誘ったので、責任を持って広場へ送り届けます」

 小動物めいた赤毛の女子生徒ミーヤが、琥珀色の目を丸くしてシオリを見やった。

「え、誘われたんですか」

 目立たぬよう列の最後尾まで移動していたシオリは、答える価値が見いだせず無言で彼女に視線を向ける。

「シオリ、そんなに見つめたら、ミーヤも声が出せないくらい感動してしまうわ」

「そんなわけないでしょ、ナナーシュは黙ってて」

 気遣いからか故意に見当違いな発言をするナナーシュに、シオリは呆れた声で答えた。

「マドセンの毒針……」

 ミーヤが小声で呟いた。不名誉な二つ名に素早くカイが反応する。

「なにそれ、シオリのこと?」

「え、あの、噂で聞いて」

 口調も表情も穏やかだが、カイの目の奥は笑っていない。

「ふうん……ミーヤもそう思う?」

「う、いえ……」

 爽やかで紳士的だという女生徒たちの評判に疑問を感じながら、シオリは内心で怯えるミーヤに同情していた。

「兄上、まだ出発じゃないの? 俺腹減ったなあ」

 カイの弟のダイが無遠慮に会話している二人の間に割り込んだ。

「ダイ、お昼は広場に着いてからよ」

 ナナーシュが笑顔でダイの腕に触れる。二人はカイの発する不穏な空気を察知して話題を変えたのだろう。

「うるさいお子様と一日中一緒なんてうんざりする」

 シオリも乗ってやることにして普段通りに毒を吐いた。

「私はシオリと一緒で嬉しいわ」

 率直に好意を表するナナーシュに呆れた視線を送ったシオリは、いつの間にか隣に立っていたカイを見上げて、眉尻を跳ね上げる。

「俺も、嬉しい」

 カイはどことなく甘さを含んだ声で続ける。シオリは黙って二人を眺めてから小さくため息を吐いた。


 到達証を三枚集めたところで、シェードの班と遭遇した。

「あ、シェードの班だ、おーい、シェード!」

 ダイが見えない尻尾をぶんぶん振って駆け寄るのに、騎士科に相応しい体格をしたシェードが微笑んだ。筋骨隆々としているが、繊細で優しい本質であると、幼馴染のシオリは知っている。穏やかな口調でじゃれつくダイの相手をしていたシェードに、シオリが近づく。彼女が彼の袖を引いた。

「すまん、ダイ」

 二人は班の仲間たちから離れ、生い茂る樹々の隙間を縫って移動した。

「お前が参加すると聞いて心配だったが、上手くやっているようだな」

「子ども扱いはやめてって言ってるでしょ……ナナーシュもいるし、ダイと淑女科のミーヤはうるさいけど害がないし……」

 カイについては言及せず口を噤むシオリを、柔らかな目が見下ろす。暫く歩いて立ち止まり、彼女は視線を落としつつ切り出した。

「こんなところで悪いけど……援助の件、決めたわ」

「そうか、本当にいいのか。両親が狂喜乱舞して俺たちの婚約を進めるかもしれん」

「それは……断りきれないかもしれない」

 シオリはため息を吐きつつ長身の彼を振り仰ぐ。

「モーガン家以外でも、お前を欲しがっている家もあるだろう?」

「そうね、打診はたくさんある。でも、モーガンが、アンタが一番マシなのよ……卒業公演はしないでやっていく道も考えたけど」

 言葉の途中でシェードの分厚い手がシオリの口を覆った。周囲を見回して警戒する彼の手を華奢な手が軽く叩いて退かす。

「……行ったか」

「聞かれて困る話じゃないわ」

「まあ、そうだが……噂されるのは嫌いだろう?」

「……嫌い。でも、この国で音楽家になるのなら、覚悟を決めなくちゃいけない」

「中傷も甘んじて受け入れる、と」

「うん……。私のバイオリンを聴いた人々がマドセンの毒針をマドセンの至宝と呼ぶように……それを目標にして音楽を生業として生きていきたい」

 胸の奥に沈んでいくような低音と、春風に似た軽やかな高音が、決意を固めた音楽家の胸の奥で相反する感傷として鳴り響いている。

「わかった。両親には伝えておく」

「うん……もし結婚ってなったら、アンタが好きな小さくてかわいらしい奥方じゃなくって、悪いけど」

「気にするな……お前のことは人として信頼している」

 シェードの両親が芸術への造詣が深いことが縁で繋がった幼馴染の二人は、強い友情で結ばれていた。


 シェードとの話し合いを終えたシオリは、急に近くに現れたカイに驚いて身を固くする。

「シオリ、実習中は班長に断りを入れずに抜け出してはダメだよ」

 言いつつ彼は彼女の手をするりと掴んで、繋いだ。

「ちょっと、何する……」

「君が抜け出さないって実感できるまで、このままね、さ、行こう」

 カイが笑顔でシオリの手を引いて歩き出す。困惑も露わにナナーシュを見ると、彼女は微笑ましそうに二人を見ている。シオリは拒否しようとカイを振り仰いで睨んだが、爽やかだが圧のある笑顔を向けられ抗議しようとした口を閉じた。

「そうそう、諦めも肝心だよ、シオリ」

「……子ども扱い、しないで」

 婚約を決めた直後だ。繋がれた手から伝わる体温を拒絶すべきだったが、できない。

「アハハ、大人に見られたいなんて、かわいいね。肩か腰を抱いていくのでもいいけど?」

 揶揄う声も表情も穏やかだが、本気を感じる。彼が向けてくる威圧的な波動は、理性的な判断を狂わせる。

「はあ、勝手にしたら」

 ぼそぼそ呟く彼女の手を絶妙な力加減で離さない。互いに感情の渦に流されるまま、繋がれた温もりは最終目的地までそのままだった。

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