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32.露見

 専門棟の音楽練習室を出たシオリは、バイオリンケースを抱えて翼廊方向へ向かっていた。

「誤解です、デンジ先輩!」

 主不在のはずの社会科準備室から、切迫した叫び声が聞こえる。

「誤解ではないだろう。ほら」

 デンジの声も聞こえて、続いて鈍い音も聞こえた。シオリはそっと扉に近づく。

「んんーぐふー」

 くぐもった声も聞こえたので、思い切って扉を開けた。シオリは手足を拘束されて転がる騎士科の生徒に驚いて後ずさる。

「ああ、なるほど、シオリ君が練習を終える時間を計算していたんだな」

 デンジはかつてデビットが使っていた机の脇に立ち、腕を組んでいる。オリビアは窓の近くに立って、目に涙を浮かべていた。

「ち、違います……っ」

「どんな思想を持とうが自由だが、官吏科の生徒が積極的に法を犯そうとは……君には失望したよ」

「デンジ先輩……毒針に刺されて騙されて、いるんです!」

 シオリは扉を背に黙って様子を見守っている。

「へえ? その観点は興味深いね。僕がシオリ君に誑かされているとでも言いたいのかな」

「そ、そうです! 生徒会長まで昇りつめた優秀な方が、得体の知れない国の専横を許そうだなんて、マドセンに毒されたからじゃなきゃおかしいです」

「君たち東方排斥派の連中は論理という単語をどこかに忘れてしまったのか? 全く理屈が通らない。東方の専横を許す許さないという点と、僕がシオリ君に興味を持っているという点を無理矢理に繋げている。一体どうしてそうなったのか不思議だよ。官吏を目指す者として、国益のために異国に警戒心を抱くまでは悪くないが……シオリ君、話の途中で消えようとするのはやめようか」

 シオリは長口上に耐え切れずその場を去ろうとしていた。引き留められてため息をつく。

「そこのオリビア・ブルームに会ったら、言いたいことがあったから待ってたんだけど、長くなりそうだから後でいい」

 ぶっきらぼうに言い捨てるシオリに、デンジは喉を鳴らして笑った。

「クック、本当にそういうところは好ましいよ。ああ、失礼。オリビア君にまた、誑かされていると誤解を……」

「もう、その話はいい!」

 デンジの言葉を遮って、シオリは窓辺で顔を歪めているオリビアに視線を向ける。

「……ボイド・ブルームから手紙が来た。妹に頼まれて、カイのヒッタイ家への養子入りを止めている。将来私がボイドの愛人になるなら手続きを進めてやるって」

「……な……っ、兄、上」

「なんていうか……ずっと気持ち悪いわ、アンタの兄。カイを通じて議長に相談したら、この手紙を婚約者の家に転送するって言ってたけど、大丈夫?」

 オリビアは青ざめて扉に向かって走ってきた。シオリの顔を見る余裕もなく駆け去って行く。デンジは笑いながら、床に転がったままの騎士科生徒の頭付近に膝を着いた。

「さて、オリビア君は行ってしまったね。このまま警邏に突き出してもいいけど……ブルーム家がもみ消すだろうな。どうしたもんか」

 うごうご暴れていた生徒は、デンジに頭を押さえつけられて身じろぎを止める。

「……どういうことなの」

 頬を引きつらせながら問いかけたシオリに、デンジは口の端片方だけを持ち上げて見せた。

「ふ……彼に君を襲わせようとしてたんだよ、オリビア君は」

「は……なによ、それ」

「で、君に怪我の一つでもさせたら?」

「どういう」

「カイだよ。あくまで君は餌」

「……そっちが狙い」

「カイが反撃してきたところを証拠として、東方人は危険分子だと喧伝しようという算段だったみたいだ」

 口を引き結んで黙り込んだシオリは、開けたままだった扉を閉めながら室内へ入る。

「……カイは、そんなにバカじゃない」

「どうかな。君に執着していたジェミル・ストックボーンのことも、まあまあ強引に撃退していただろう? そこから着想を得たらしいよ」

「着想って……」

 シオリは声を低く床を睨んだ。デンジは赤銅色の瞳を細めて肩をすくめる。

「ジェミルとオリビア君がやり取りしていた手紙が出てきてね……なかなかの檄文だったね。そういう他人を煽る才能はあるみたいだね、彼女は」

 皮肉に笑った彼は、再び暴れ出した騎士科生徒に向かって低く囁いた。

「そうそう、もちろん、君たちとオリビア君がやり取りしていた手紙は全部預かっているよ」

 生徒は大きく身を震わせて止まる。

「特捜が一斉捜索の時に見つけてくれてね、学園に一任すると残していったんだ……その時はまだ法に触れる行動はしていなかったからね」

「会長非力そうなのに、よく捕まえられたわね」

「やりようはいくらでもある……まあ、何はともあれ未遂に終わって良かった。これ以上、王立学園の評判を落としたくないしね」

 拘束されたまま転がった生徒は、話を聞きながら背中を丸めた。シオリはバイオリンケースを抱え直して、顎も胸も反らしたデンジを真っ直ぐに見た。

「……未遂にしてくれてありがと」

 シオリが礼を言ったところで、扉が大きな音を立てて開いた。

「シオリ!!」

 息せき切ったカイが飛びこんできて、転がる騎士科生徒とデンジ、ケースを抱えるシオリを見て大きく一つ息を吐いた。

「ふむ、やはり彼女の計略はなかなかだね」

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