2.東方の留学生たち
冬用の制服の下に、母の手編みのニットを着込み、首には分厚いマフラーを巻いている。吹きすさぶ北風で赤く冷えた耳を両手で押さえながら、シオリは寮から本館へ向かっていた。
「おはよう、マドセンさーん」
「おはよう……チェンバレンさん」
背後から挨拶の声が聞こえて、足を止めて振り返る。
「もう、セレスでもティアでもどっちでもいいのにいー、紹介したことあったっけ? 妹のメリーアン。メリーでもアンでもいいよー」
名前で呼んで欲しいとアピールするクラスメイトを無言で一瞥し、シオリはゆっくり歩き出した。
「お姉さま、その会話三回目ですよ。おはようございます、マドセン先輩。いつ見てもお美しいですね」
「おはよう……メリーアン」
耳を押さえていたため、冷え切ってしまった手をジャケットのポケットへしまい、シオリは小声で挨拶を返す。朝から朗らかに挨拶する姉妹は、声をかけた相手の機嫌は気にしないらしい。
「ねえねえ、聞いた? 見た? 東方の留学生たち。男子二人が兄弟で騎士科でえ、女子は一人だけで、官吏科だって」
セレスティアがシオリの右、メリーアンが左に陣取る。足の速い男子生徒たちは彼女たちを追い越していく。
「兄弟のお兄様の方がとても爽やかで素敵なんですって。私の友人がチューターになって、毎日乙女な顔をして騒いでるんですよ」
「へえ、そうなんだあ。東方の人ってあんまりごつくなくて、いいよねえ……あ、マドセンさんのお友達のモーガンさんの悪口じゃないのよー」
「シェード・モーガン様は体格は大柄ですけど、顔立ちはそこまでごつくはありませんよ、お姉様。それに大変紳士で淑女科でも人気物件ですのよ」
「それにしても、どうして東方の大国から、アルセリアみたいな小国にわざわざ留学なんてしてきたのかなあ」
「まあ、お姉さまったら。議長の奥方様が元は東方の姫ではありませんか」
「ふうん?」
「騎士科に編入した兄弟はシェン家のご出身です。議長夫人とも遠縁だそうです」
「はあ、詳しいねえ、メリーは」
シオリは一切会話に口を挟んでいないが、姉妹二人で姦しい。二人の会話を聞き流しながら本館玄関まで辿り着く。風から逃れて安堵の息を吐いたシオリは、神経質そうな声に呼び止められた。
「マドセン君、少し来なさい」
「……はい」
社会科教師のデビットに呼び止められたシオリは、柳眉を顰めて返事をする。チェンバレン姉妹はそれぞれ友人と教師に挨拶をして教室へ行ってしまう。
「芸術科の生徒には他の学科より簡単な試験問題を出しているのに、君だけ点数が単位認定に足りない」
人気のない廊下の隅で告げられた台詞に、シオリはマフラーを外しながら頷いた。
「本来なら次の試験まで補講を受講せねばだが……留学生のチューターを引き受けるなら、免除する」
口調は穏やかだが眼鏡の奥の瞳には温度がない。
「はあ、何で私が」
「ナナーシュ・リー君は、アルセリアの芸術的感性に触れたいそうだ。補講は毎日だが留学生の世話は空いた時間でいい」
「……わかりました。引き受けます……私が相談役で満足するかどうかまでは知りませんけど」
冷たい目をした教師を見返して、シオリは留学生ナナーシュ・リーのチューターを引き受けた。




