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24.決別

「スローリーの上着を奪う? 君が?」

「ええ、そうです。私にはデビット先生、いえ、デビットを陥れる責があります」

「……ないと思うけど」

 特別捜査部隊の騎士たちと離れた途端、ナナーシュがカイに耳打ちしてきた。

「あります……私の、いえ、私が浅はかにもデビットの人間性を見誤って不用意に近づいたせいで、ダイが……ごめんなさい、カイ」

「ナナーシュのせいじゃない。ダイは君を守ろうとして、そこにつけ込んだのがスローリーだ」

「だとしても……ねえ、カイ。良く考えてみてください。彼が私に執着しているとしたら、裏切られた時にこそ、大きな絶望を味わうでしょう。私たちができる復讐はこれぐらいです。協力してください、カイ」

 ナナーシュの行動が危険で正しくないと頭では理解していたが、カイは結局説得された。


 ヤーン総合医院から学園に戻ったナナーシュは、早速与しやすそうなルークの方から落とすことにしたらしい。

「ご挨拶するだけですから、危険はありません」

 ナナーシュは自分の胸を強調するように肘で寄せ、上目遣いに若き騎士を見上げる。ルークは頬を赤らめ、視線を彼女から逸らしながら答えた。

「まあ、そうかもしれないけど」

 困惑するルークに同情しながらも、カイは黙って様子を見守っている。

「医院から戻ったら、ダイの様子を報告に行くと伝えてあるので、行かないと不自然に思われるかもしれません」

 外見や物言いの柔らかさを最大限利用して、理屈も筋も通して、他人を意のままに動かす。リー家のやり口に慄きながらも感心した。

「うーん……わかった。俺たち、部屋の外にいるんで、危ないと思ったらすぐ、大声出してください、いいっすか」

「はい、約束します」

 デビットのいる放課後の社会科準備室に向かう彼女の背は凛と伸びて美しい。扉前に着いたナナーシュは、大きく深呼吸をしてから声をかけた。

「デビット先生、いらっしゃいますか?」


 室内からは死角になる位置でナナーシュの後ろ姿を見送ったカイは、地面を睨んでゆっくり呼気を整える。

「もう少ししたら、俺も中へ行きます」

 内心の罪悪感を押し隠して伝えたカイに、若き騎士たちは頷いた。

「スローリー先生、いらっしゃいますか」

 ナナーシュとの相談通り、少し経ってから声をかけた。

「カイ、戻ったのか。今、ナナーシュ君からダイについて聞いていたところだ」

 扉を開けて出迎えられたカイは、感情を隠すために目を伏せる。

「明日から復帰することにしました」

「そうか、ダイについていなくて大丈夫なのか」

「はい、主治医のせんせいがしっかり看ていてくださいますし、議長閣下が護衛として辺境の騎士を配備して下さったので、安全面でも不安はありません」

 デビットは何度か頷いてカイの肩を叩く。

「そうか、良かった」

 カイは一歩退いてから、丁寧に腰を折った。

「スローリー先生には、本当にお世話になりました」

 デビットは不自然に黙ってカイには入室の誘いを与えない。彼は振り返ってお気に入りの彼女の様子を窺った。カイは奥歯を噛みしめて、デビットの背を鋭く睨んだ。

「やめたまえ、大げさだ……カイ、君もお茶でも飲んで行きなさい」

 ナナーシュの関心を買いたいというあからさまな態度だと、今なら気づける。お茶という言葉を合図に彼女が、カップを持ったまま立ち上がった。

「あら、ランタンが消えかかっていますわ」

「うん? さっき火を入れたばかりのはずだが」

 デビットがランタンの方へ向かって歩き出した後について、ナナーシュがにじり寄る。

「先生、やっぱり俺は寮に戻って」

 デビットの視線を逸らそうとカイが声をかけた拍子に、ナナーシュは小さく悲鳴を上げる。彼女はカップのお茶をデビットの背に向かって引っかけた。

「キャア」

 カップが転がり割れる音が響く。ナナーシュは体勢を崩して床に膝を着いている。振り返ったデビットは、すぐにナナーシュの元へ駆けつけた。

「ナナーシュ君、大丈夫か? 火傷は」

「ああ、先生、申し訳ありません、躓いてしまって……カップが割れてしまいましたわ」

 出入口にいたカイが、床に散らばったカップの破片を見ながら言う。

「俺が片付ける……先生、上着にお茶が」

 打合せ通りに若干の棒読みで紡ぎ出された台詞を聞いて、デビットは慌てて上着を脱いだ。

「裾にかかっただけだな、大丈夫だ」

「いけませんわ、先生。セヴェル・ロウの特注の上着だと仰っていたじゃありませんか。お預かりしてクリーニングに出しておきます」

 スカートの裾を掃いながら立ち上がったナナーシュが、眉尻を下げてデビットを見上げる。デビットは濡れた裾部分に触れて困惑を露わにした。

「少し濡れているだけだが」

「染みになったら大変です。私の制服クリーニングを頼んでいる職人のお店に出しますから」

 僅かな逡巡の後、彼の上着はナナーシュの手に渡った。かけ方の妙か、濡れているのは上着の裾だけだった。カイは聞き耳を立てながらも、破片を拾い集め終えた。

「カップも弁償いたします」

 ナナーシュの申し出に、デビットは苦笑して首を横に振る。

「いや、カップはたくさんあるし、汎用品だから気にしなくていい」

「そうですか? 本当に申し訳ありません」

「気にするな、ナナーシュ君。見舞いで疲れたのだろう」

 真相を知った今となっては空々しく響くデビットの言葉にも動じず、ナナーシュは笑顔を浮かべる。カイは大声で笑いたいような泣き出したいような複雑な心地のまま、作業に徹した。

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