22.目覚めと違和感
ダイがカイをしっかりと認識して呼んだ。
「兄……上」
「ダイ、ああ、カイだ。いるぞ」
「……う……ん」
息が漏れて掠れた声だったが、安堵と喜びでカイは涙ぐんだ。枕元にそっと寄り添って力なく下ろされた弟の手を握る。
「待っていろ、せんせいを呼んでくる」
廊下に飛び出したカイは、病室へ向かってくる途中のハミルトンを見つけて駆け寄った。
「せんせい、ダイが、俺のことを呼んで……っ、あの」
「そうか!」
足を速めた医師と連れ立って病室に戻る。ダイはのろのろと目線だけ動かして二人を見た。
「主治医のハミルトンだ。ここは医院だ。ダイ殿、わかるか」
「……ん」
声にならない返事を聞きながら、ハミルトンはダイの腕を持ち上げて脈を取る。寝台から少し離れた位置で医師とダイを見守っていたカイは、はっと息を飲んで問いかけた。
「せんせい、アネモネ様に伝えてきていいですか」
「ああ、そうしたまえ」
議長夫人は、分家の兄弟を心配して医院に留まり続けている。院内を全速力で駆け抜けるわけにはいかなかったが、気が逸って小走りになりつつ貴賓室へ到着した。扉を叩くと中から女性騎士の声がする。
「どちら様ですか」
「カイです!」
大声で答えるとすぐに扉が少しだけ開いた。防犯上慎重にカイと廊下の様子を確認してから、彼を中へ招き入れる。
「どうしました」
「はい、ダイが起きてくれました。ただ、目を開けるだけじゃなくて、俺のこともハミルトンせんせいのことも認識して会話ができました」
「なるほど、良かったですね。すぐにアネモネ様にお伝え……」
言葉の途中で奥の部屋の扉が開いて、アネモネが姿を現した。華奢なヒールの音を響かせて駆け寄ったアネモネが、カイの両手を取って見上げる。
「良かった……本当に」
「はい……」
「私が顔を出してもいいか、せんせいに伺ってから、参ります」
「お願いします」
許可が下りてダイの顔を見てから、アネモネは医院の貴賓室への泊まり込みをやめ、城外にあるタウンハウスへ移動した。
冷たくて乾いた風が吹く日、ナックル医師と一緒に、特別捜査部隊の副長、ランスロット・リーガルンがダイの事情聴取に訪れた。医院への搬送当初に駆け付けた騎士のうちの一人なので、カイもランスロットの名前と顔は覚えている。
「ダイは眠った。無理はさせていないが、ナナーシュの手紙を読んで興奮していた。念のため注意して見ておくように」
「はい、リーせんせい」
カイは神妙に頷いた。
「ランスロット、俺は先へ戻る」
「わかった。カイ殿、少しいいでしょうか」
表情を全く変えないランスロットに誘われ、カイは庭へ出た。
「ダイが何かおかしなことを言っていましたか」
「いや、おかしなことは何も言っていません。ダイ殿の話は筋が通っていました」
「そうですか……俺も……ハミルトン医師に、まだ興奮させない方がいいと止められているので、事件についてはまだ詳しく聞いていません」
「なるほど、ハミルトン殿は患者第一で信頼できる医師ですね」
「はい、俺もそう思います」
促されて、医院の庭のベンチへ腰を下ろしたカイは、背筋を伸ばして真っすぐに前を見つめるランスロットをチラチラと観察する。謹厳な雰囲気を纏う騎士は人間としての温度が感じられない。
「お聞きしたいのは、スローリー殿について、です」
「スローリー先生のことですか」
「はい、ダイ殿は彼を信用していますね?」
身構えていたカイは、予想外の質問で肩の力を抜いて答える。
「ああ、はい。スローリー先生には俺も含めてお世話になっています。特にダイが入院した後は学園との連絡を買って出てくださっていましたし」
「はい、我々も彼から様々な情報を得ました」
灰色の瞳を眇めるランスロットを見て、カイは首を傾げた。表情も声色も平たんなのに、僅かに違和感を覚える。
「そうなんですね。学科等の些細な質問にも丁寧に答えてくれますし……あの、何か危険なことがありますか」
ランスロットが僅かに殺気立っているのだと、強く握られた拳を見て気づいた。
「いえ、失礼しました……ダイ殿が理不尽に傷つけられた事実に改めて忸怩たるものがこみ上げまして」
「弟のためにありがとうございます」
すぐに礼を言うカイに、ランスロットは低い声で答える。
「これ以上、ダイ殿を傷つけさせません。ではまた、後日、参ります。お大事にしてください」




