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19.シェードに寄る影

 授業は再開したが、ダイを襲った賊は捕縛されていない。学園の出入り門には、終日濃紺の制服を着た騎士が立ち、敷地内では鉄錆色(チャコールグレー)の制服を着た騎士が大手を振って歩き回っている。

「特別捜査部隊?」

 一足先に卒業試験と騎士団試験に合格したシェードの同級生の二人が、王都特別捜査部隊へ配属されたらしい。

「ああ、ルークとヒースだ。一度、紹介した気がするが」

「……ああ、あの、痩せてて声が低いやつと、フェリーチェ家の令息ね」

 寮への帰り道で偶然顔を合わせた婚約者同士の会話は、久しぶりだが甘さはなく淡々としている。

「シオリらしい覚え方だな。あいつら……俺よりだいぶ先に行ってしまった」

「その、特別捜査なんちゃらってすごいの?」

「ああ。特別っていうだけあって、警邏や近衛からの選りすぐりたちで構成された部隊なんだと思う」

「ふうん……シェードも入りたいの」

 シェードは首にかけていた大判のハンカチで首筋の汗を拭いながら足を止めて空を見上げた。九月に入って日が沈む時間が徐々に早まっている。シオリもなんとなく彼の視線を追いかけた。

「知識も剣もまだ追いついていない……体格に恵まれているのに、カイだけじゃなくて、ルークにも勝てない」

 騎士らしい体格と落ち着いた態度から、大人びて見られるシェードが、実際は繊細な質であると知っている。シオリは心配そうに眉を顰める。

「自分のやり方でやればいい……小さい頃にシェードが私にそう言ったんじゃない」

「そうだったか」

「うん……剣で勝てなくたって、あんなに細いヤツ、シェードだったら一発殴ったら吹っ飛ぶでしょ」

 婚約者の物騒な感想を聞いて、シェードは喉を鳴らして笑い出した。

「クック、普通に避けるだろう」

「そうなの? 取っ捕まえてドーンとやればいいじゃない」

「俺は別にルークをやっつけたいわけじゃない」

「それもそうね」

 素直に認めてシオリも小さく笑みを浮かべる。シェードはバイオリンケースを抱える彼女の頭に軽く手を置いて、歩き出す。二人は寮の玄関でそれぞれの棟へ分かれた。

「あ、お疲れ様です、マドセン先輩、練習帰りですか」

 部屋に入る直前、階段を下りてくるメリーアンと会った。

「うん、そう」

「あ、そういえば、お姉さまから聞きました。婚約おめでとうございます」

「ああ、うん、どうも」

 素っ気ない返事をしても、姉妹揃って気にしないらしい。メリーアンは好奇心に輝く目で寄ってくる。

「さすがですねえ、淑女科でも人気のモーガン様を射止めるなんて!」

「……別に」

「はあ、でも、気をつけた方がいいですよ。最近、淑女科でモーガン様に近づいている子がいて……」

 気のない様子で通り過ぎようとしていたシオリの足が止まった。すかさず顔を近づけてくるメリーアンの肩をそっと押しやる。

「あ、気になりますよね。婚約者のことですものね」

 鼻息荒く嬉しそうな彼女を見ながら、シオリはバイオリンケースを抱え直した。

「近づいているって、シェードと婚約したいってこと?」

「ええ、そうでしょうね。マドセン先輩のように甘露の果実の女神に愛された美貌ではありませんけど、愛らしい方ですから」

「そう……シェードにはそっちの方が……ううん」

 彼が小さくてかわいらしい女性を好むことを知っている。シオリは思わずつぶやいてから、首を左右に振った。

「まあでも見た目は愛らしいんですけれど、婚約者のいる殿方に遠慮も葛藤もなく近づいているものだから、はしたないって噂になっていますの」

「シェードは多分、丁重に断るだろうから、変な噂になってる令嬢の方を心配した方がいいんじゃないの」

 皮肉交じりに答えたシオリは、軽く会釈をして話は終わりとばかりに扉に鍵を差し込む。メリーアンははしゃいだ声で言った。

「さすが、マドセン先輩ほど美しいと、盗られる心配もしませんのね!」

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