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18.マドセン商会

 個人宅としてはかなり大きいマドセン家の台所に、甘い香りが漂っている。分厚く白いエプロンを身に着けたシオリとナナーシュは、菓子職人でもあるシオリの母の作業を見学していた。見慣れているシオリは頭の中で音楽を鳴らして心ここにあらずだったが、ナナーシュは目を輝かせて興奮している。

「色みは違うけれど、まるで大熊猫(パンダ)のお顔みたいに丸くなって……かわいいわ」

 タルトの上に洋ナシと木苺が円形に並んでいく。ため息交じりに呟くナナーシュに、シオリの母は小さく笑い声を上げた。

「菓子を動物に例えられたのは初めてだわ」

「……パンダって丸いの?」

 脳内で鳴らしていた音楽を止めて異国の友人に尋ねる。

「ええ、白と黒の毛で覆われている大型動物よ。動きがのんびりしていてとてもかわいいのよ。アルセリアにはいないのではないかしら」

「ふうん……お母さまは見たことあるんだ」

「ええ、お父さまと東方旅行に行った時にね。かわいかったわあ」

 思い出を語りつつも職人らしく手は止めず、果物の周りにクリームを絞っていく。

「甘そうね」

 冷たい娘の感想に、母は不敵な笑みで答えた。

「ふふ、それは試食してから言ってちょうだい」

 最後にクリームの上に砕いた木の実も振って、試作品ができ上った。


 ダイが襲撃された事件より三日経過している。娘が初めて連れてきた友人が東の大国、東黎帝国の四大宗族、リー家の姫君だという事実に、最初は両親揃って慄いていた。

「お母さま、ナナーシュは菓子が好きみたい。その……私たち、お母さまの試作の試食係をやらせてくれない?」

 昨日、ダイを心配して沈んでいるナナーシュを元気づけようと、シオリが申し出た。

「もう試食は懲り懲りだって言っていたシオリの気持ちを変えるほど、姫様、いいえ、ナナーシュさんが大切なのね」

「何それ、そういうの、やめてくれる」

 照れてそっぽを向く娘に涙ぐみながら、母はちょうど思案していた試作品を作ることにした。


 女性三人で台所にある試食用テーブルを囲む。シオリとナナーシュの前に紅茶を注いだカップを配り、母も正面に腰を下ろした。切り分けた試作タルトを前にそわそわと笑顔になるナナーシュを見て、シオリは口元が緩んだ。彼女がそっとフォークを持つと、ナナーシュも続いた。

「いただきます」

 クリームは砂糖控え目、洋ナシの煮汁と蜂蜜で甘さが調整されている。果物とナッツのかかったクリームを同時にすくって口へ運んだナナーシュは、頬を押さえて感嘆の悲鳴を漏らした。

「まあ! 本当に美味しいです」

「……だいぶ甘さを抑えてある」

 シオリの呟きに母は大きく頷く。

「そうなのよ。シオリみたいに菓子を食べ飽きた贅沢者でも美味しく食べられるタルトを考えていたの」

「うふふ、母の愛ですわね」

 シオリはフォークを置いて軽くナナーシュの二の腕辺りを小突く。柔らかなナナーシュの笑い声につられて、シオリも笑った。和やかな午後の試食茶会は、張り詰めた二人の少女に束の間の安息をもたらした。

 


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