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17.ダイ襲撃事件

 ダイが昨晩、学園内で事件に巻き込まれて大怪我をした。寝起きなこともあり驚きすぎて何も返せないシオリに、セレスティアがのんきに忠告をする。

「危ないから暫く休校になるんですってー。午前中には荷物をまとめて、今日中には寮を出て実家に帰るように、ですって。マドセンさん、聞いてるう?」

「あ……ええ。わかった」

「じゃあ、私は他の部屋も回るからあ」

 扉を閉めたシオリは、まだ開ききらない目を擦りながら、ぼんやり寝台に腰を下ろした。

「……え……」

 顔から血の気が引くのを感じる。覚醒が追いつかず、ダイの安否について尋ねることすらおぼつかなかった。寝間着を脱ぎ捨てた彼女は、簡素なワンピースを上からかぶって、部屋を飛び出す。学生寮は複数の棟があり、シオリの部屋は玄関に最も近く、ナナーシュの部屋は最奥に位置する。場所は知っているが一度も訪ねたことはない。『ナナーシュ・リー』扉の上部に差し込まれたプレートを見上げ、シオリは一度大きく息を吸い込んだ。

「ナナーシュ、いる?」

 軽く扉を叩くと、すぐに足音が聞こえた。

「シオリ!」

 扉が開いてきっちり制服に着替えて、泣き出しそうな表情をしたナナーシュが顔を見せる。

「ダイのこと、聞いて……」

 言いよどんだシオリの手を取り、ナナーシュが小さく息を吐いた。

「中へどうぞ」

「うん」

 机にしまってあった椅子を引いて勧められ、シオリは浅く腰を下ろす。毒針と称されるほどに人付き合いを避けていたので、寮生活で他人の部屋に入った経験はない。

「部屋……間取り、同じなのね」

「ええ、入りきらない荷物は送り返したの」

「そう……」

 ナナーシュはシーツがよれたままの寝台へ腰を下ろし俯く。前下がりの黒髪を耳にかけ、落ち着きなく手を動かす。

「私もさっき聞いたばかりだけれど……ダイは昨夜、聖樹の小径で襲われて意識がないまま総合医院に運び込まれたそうよ」

「襲われた?」

「ええ……生徒会室に詳しい話を聞きに行ったのだけれど、カイとデビット先生が付き添って行ったってことと、助かるのかどうか、わからないってことしか聞けなかった」

 淡々と状況を説明しながら、ナナーシュの頬を雫が滑り落ちて行く。

「ナナーシュ……」

「あら……私ったら、自分で思うよりずっと強い衝撃を受けているみたいだわ」

 彼女はポケットから出したハンカチで目元を抑えた。

「心配して来てくれて、嬉しいわ、シオリ……ありがとう」

「うん」

 慰めの言葉が思い浮かばず相槌を打つだけのシオリに、ナナーシュが苦笑を向けた。

「ふふ、シオリの不器用さがかわいらしいわ」

「そういうの、いいから……どこか、行くところはあるの? 休み中も寮に残ったじゃない」

「休校だと残れないみたいだから、宿を探すわ。着替えもまとめないといけないわね」

 はにかんで立ち上がったナナーシュは、衣装棚に向かう。

「うちに来たら」

 東方の姫の細い腰と丸みを帯びたお尻を眺めながら、シオリが言った。驚いて振り返るナナーシュに、シオリは頬を染めてぶっきらぼうにもう一度言う。

「うちに、来なさいよ……両親も、喜ぶから」

 ナナーシュは大きな胸を両腕で挟んで、何度も瞬きをした。

「シオリ……ありがとう、大好きよ」

「だから……そういうの、いいから」

 そっぽを向いて照れるシオリを見て、ナナーシュはもう一度ハンカチを取り出して目元を拭った。


 休暇の時と同様に荷物を抱えて寮を出たシオリは、校門近くでナナーシュを見つけた。彼女は荷物を足元において、紺色の上下を着た教師と話している。

「ナナーシュ……お待たせ」

 茶色い前髪が僅かに乱れたデビットを見上げ、軽い会釈をしながら声を掛ける。

「ああ、シオリ。今、デビット先生からダイのことを聞こうとしていて」

「ああ、うん」

 神妙な顔で頷くシオリに、デビットが疲れた声で説明した。

「……ダイ・シェンは助かったけれど、まだ意識不明だ。血を流しすぎたらしい。ヤーン総合医院に搬送されて、兄のカイが付き添っている」

「ああ、ダイ……」

 ナナーシュが涙を堪えて何度も瞬きするのを見て、デビットが眉間に皺を寄せる。

「ナナーシュ君、私も毎日様子を見に行くつもりでいる。友人が心配なのはわかるが、嘆いていても彼が助かるわけではない。何かあったらすぐに君に知らせるから、気をしっかり持ちなさい」

「デビット先生……はい、どうか、ダイのこと、カイのことも……お願いします」

 ナナーシュの肩にそっと手を置いてから、デビットはのろのろとした足取りで校内へ戻って行った。

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