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第二幕 降り始めの雨が小枝を揺らす(1)


 翌朝。

 寝不足で重い体を引きずって出社する。

 同じくぐったりしている西畑さんと、エレベーターで一緒になった。


「おはようございます、西畑係長」

「おはようございます。高城課長、キスマ復活してます」

「了解。あとで隠しとく。西畑さん、作業工程の確認とスケジュールの最終確認お願いします。私は総務部で社用車の使用申請ついでに、派遣社員の確保を念押しして、業支の工藤係長に情報共有しておきます。あと朝の全体会議は途中で抜けるので、支度して駐車場で待っていてください」

「はい。では、駐車場で」


 昨夜。

 別件で残業していた企画課開発係の係長である西畑さんを捕まえて、HDMに巻き込んだ。

 メモ書き程度だった素案を、見せても恥ずかしくない程度に整えて、HDMとの打ち合わせ内容のすり合わせをした。

 首筋のキスマークはばっちりと西畑さんに見つかった。

 昨夜はからかう気力のあった西畑さんも、今朝はもうそんな気力も残っていないようだ。


 始業1時間前から、自分のデスクでメールを確認する。

 HDMホールディングスからメールが届いていないことに安堵してから、形を整えた提案書を佐原さん宛に送信。

 2人で行くことと、面会時間の再確認をしておく。


 今回、取引先の不興を買ったことは私の責任だ。そこは言い訳できない。懲罰は免れないし、覚悟もしている。

 ただ、それは社内の事情で、お客様であるHDMには関係ない。私の懲罰程度で作業を止めたり、納期を引き延ばしたりできない。何とかして間に合わせられるように思いつく限りの根回しをしておく。


 始業のチャイムが鳴る。

 全体会議でHDMの案件を一番に議題に乗せてもらえるように、総務部長へ頭を下げた。

 第一報は、杉山さんがやらかしていることが分かった直後。昨日の朝に出している。

 昨日、一日かけて、各部署に説明して頭を下げて回っていたことが記憶に残っていたらしく、総務部長は苦笑しながら了承してくれた。

 社用車もすんなり確保して、派遣社員の募集についても総務課長が知り合いの派遣会社に頼み込んでくれていて、今日の午前中に返事を貰えることが分かった。総務部は皆、仕事が早くて素晴らしい。


 会議室には、会議開始時間ギリギリで滑り込んだ。


 部長陣から怒号が飛び、ひたすら謝り続ける。

 HDMが大手取引相手であることは皆の共通認識なので、謝罪の方向性と今後の対応方法を説明し、5割か3割か、あるいはマイナスかは相手次第、というところまで言ってから、今日の面談を理由に逃げるように会議室を飛び出した。


 行きがけに業務支援課に顔を出す。 


「工藤係長! あのスケジュールで対処できますか?」

「はい。あと、総務から派遣の返事来ました。来週から来てもらえるそうです。追加で来週末から営業の若手2人が応援に入ってくれます」

「ナイス、工藤さん! よくやってくれた! 助かる!」


 鞄を持って出ようとして、慌ててトイレに入った。キスマーク消し忘れ。これで会議に出ていた私はどこまで間抜けなのか。辛い。でも、もうわりと色々がどうでもいい。時間がない。


「ごめん、待たせた」


 駐車場まで駆け下りると、西畑さんが既に待機していた。車の鍵を渡す。


「いや。それよりも今日、杉山さん、来てなかった」


 車に乗り込み、シートベルトを締めながら西畑さんが言う。


「欠勤連絡、聞いてないけど?」


 慌ててスマホから企画課へ電話を入れる。

 車は西畑さんの運転に任せる。

 通勤ラッシュは終わっている時間だから間に合うはず。


「ごめん、高城です。杉山さん、出社してます?」

「まだです。何度かスマホに電話してるんですけど繋がりません」


 この声は担当の河合さんだ。いつも明るい声と笑顔で企画課を盛り上げてくれる。


「もし来たら、仕様書通りで作業進めるように伝えてください」

「分かりました」


 電話を切ってタブレットで各担当のスケジュールを確認する。新着メールはなし。

 今日の仕事も、注視するものはない。


 HDMの案件については、かなり厳しい作業量だが無茶ではないはずだ。工藤さんが手を回してくれた人員が入れば、工程を省くことなく、ギリギリで納期に間に合う。


 せめて2週間早く気付いていれば、と思うが後の祭り。


「全体会議どうでした?」

「とりあえず状況説明だけ。今回、賠償でマイナスになっても、今後に繋げられるなら将来的にはプラスだって言ってきたけど、査定には響くと思う。ごめん」

「高城よりはマシだよ。今回のことで退職金さらに削られるって聞いたけど?」

「まあね」

「なのに杉山にはお咎めなしってどうなってんだよ」


 西畑係長は同期入社で、私が辞めた後の企画課課長。

 工藤係長も同期だ。彼女も業務支援課課長になることが決まった。

 私と同期というだけで貧乏くじを引いた2人と言える。


「河合さんが秘書課の子に聞いたらしいんだけど。杉山さん、社長の親戚だって」

「うっわ、マジか。最悪じゃん」

「私が杉山さんの査定下げてたから。そこも含めての退職金半分なんでしょ」


 思った以上に腐っている会社だった。


「工藤には?」

「一番に言っといた」

「さすが、課長」


 報告連絡、大切。必要な情報の共有は素早く迅速に、だ。私の中で、杉山さんのプライバシーよりも工藤さんの査定が重要視された結果。


 スマホが鳴った。

 HDMホールディングスからだ。

 タブレットのメールに新着はない。


「ごめん、HDMホールディングスから電話来た。出ます」

「分かった」


 西畑さんが車をゆっくりと道路の端に寄せるのを確認しながら電話に出た。


「お電話ありがとうございます、鷲尾商事、高城でございます」

「おはようございます。HDMホールディングスの佐原です。高城さまに大変申し訳ないのですが」


 スピーカーに切り替えた。


「何でしょうか」

「本日の面談なのですが、こちらの都合でお時間の変更をお願いしたいのですが」


 隣で西畑さんが心臓を抑えて脱力した。

 考えていたことは同じらしい。


「はい。問題ございません。いつお伺いすればよろしいでしょうか?」

「それが……11時から11時50分の間で、上長の会議が終わり次第なので。はっきりとした時間が分からず、お待たせしてしまうことになり申し訳ありません」

「問題ございません。では、11時前に御社で受け付けを済ませておくという形でよろしいでしょうか?」


 危機は去っていなかった。

 というか、より具体的に迫ってきた。

 胃が痛い。


「はい。受付で、物流担当の佐原宛てに来た、と伝えていただけますか。すぐにお迎えに参りますので」

「かしこまりました。では、10時50分頃、御社の受付に参ります。よろしくお願いいたします」


 電話が切れるのを待って、大きく息をついた。

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