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雨の庭、月の光のアラベスク  作者: 浅井一希


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第一幕 疲れ果て眠る踊り子の見た夢は(2)


 杉山さんは、私の手に余る。

 何度か部長に伝えていたのだが、もう、本当に無理だ。眉間を拳でほぐす癖がついてしまった。


「それは明日一緒に先方に謝りに行くから。今はとにかく、全員のタスクを見直して、本線チームとトラブル対処班に分けること。班分けまでしたら、納期のデッドライン見てもう一度リスケ提案出来るよう資料用意し……」

「リスケなんてどうしてうちから提案しないといけないんですか! 納期は発注者が決めてるものじゃないですか」

「それは今は考えなくていい。切り替えてください。1時間したら戻るから。それまでにリスケ資料まで仕上げてください。よろしく」


 電話を切って、天を仰ぐ。


 私は本当に成長出来ない人間だ。

 杉山さんと1年以上仕事をしてきたのに、全く彼の成長を引き出せなかった。それどころか、最近では彼の声を聞くだけで頭痛がしているのだから情けない。

 はあ、とため息をついて頬を軽く揉む。表情を作り直して席に戻ると犬塚さんが居なかった。


 最初から乗り気でなかったようだし、そういうこともあるか、と何も聞かずにお喋りに耳を傾ける。


 しばらくして犬塚さんが戻ってきた。

 微かなタバコの匂いに、喫煙所に居たことを知る。


 椅子を引いて座るという動作だけで絵になる人だ。

 犬塚さんは基本的に無口なのか、不機嫌が継続しているのか、少し判断に迷う。

 ただ、何となくこちら側を観察している気がする。

 目が合う頻度が高い。そして逸らすことなくこちらを見続ける。ちょっと怖い。


 大皿の料理がやってきた。鶏肉とエビの蒸し料理だ。

 早速小皿に取り分けて、隣のリリちゃんに渡す。

 小皿は女性陣の手から手へ渡って、男性1人ずつに手渡される。

 合コンの成功率が上がる料理の取り分け方だと、同期の工藤さんから聞いた。

 男性陣最後の犬塚さんには、リリちゃんから手渡された。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 犬塚さんの言葉にリリちゃんが愛想よく答える。

 女性陣にも取り分けて大皿を空にする。通りかかった店員さんに空いたお皿を下げてもらった。


 さて、と自分の分に手をつけようとしたところで、また犬塚さんと目が合った。

 今度はすぐに視線が逸れる。リリちゃんの手元を見ていた。

 次に犬塚さんは自分の皿と、隣の男性の皿を見た。

 だいたい皆同じ量になるように分けたはず。


 犬塚さんは特に何も言わず、小皿に手をつけた。

 それからおもむろに自分の皿からお肉を1切れ私の小皿に入れた。


「足りる?」


 犬塚さんに問われて、私は何度も頷く。


「はい。ありがとうございます」

「いえいえ」


 犬塚さんは無表情に答えて、隣の男性の皿から大きめなエビを勝手に食べた。隣の男性は咲音ちゃんのお喋りに夢中で気付いていない。


 犬塚さんは自分の小皿を順調に食べ進めて空にした。そしてまた隣の人のお皿からお肉を勝手に取って、自分の口に入れてしまう。今度は気付かれた。


「あ! 何勝手に食べてんだよ!」

「余ってたから」


 犬塚さんの言葉に、思わず笑ってしまった。

 皆の視線がこちらを向いた。


「余ってないから! 今から食べるから!」

「そぅお? 賢治くん、好き嫌いせずに食べて偉いわねえ」


 何故か裏声で話し出した犬塚さんにリリちゃんたちが笑い転げる。


 こうなると男性陣も乗ってくる。


「気持ち悪いから、本当、気持ち悪いから!」

「お前の裏声、妙に完成度高いんだよな〜」


 場が盛り上がって、別の話題に流れていく。次は千彩菜ちゃんの話で盛り上がっているようだ。

 犬塚さんは自分の方へ話題を引っ張ることもできたのに、どうしてしなかったのだろう。

 少しだけ、犬塚さんの顔を見てしまう。

 目が合った。


「何か食べ物追加する?」

「え?」

「紋さんだけ全部少なめだったから。お腹空くんじゃないかと思って」


 そんなことを考えていたのか、と驚く。


「大丈夫です。犬塚さんは、お料理足りてますか?」

「うん。大丈夫」


 やっぱり無表情に犬塚さんは答えた。


「よかったです」


 私は言って、視線を手元に戻した。取り分けた料理を口に運ぶ。

 見られている気がして食べにくい。

 顔を上げると、やはり目が合う。曖昧に笑みを浮かべて、また手元に視線を戻し。

 そうして何度目かの視線の交錯の後、犬塚さんが口を開いた。


「紋さん、時間大丈夫?」


 犬塚さんは自分の腕時計をちょいちょいと指さしている。

 確かにそろそろ出なければならない。


 先ほどの電話を聞かれていたのか。

 努めて冷静に話していたつもりだが、恥ずかしいものがある。


「確かにもう時間ですね。ありがとうございます」


 私は立ち上がり、皆に頭を下げた。


「すみません、私はそろそろ」

「ええ?! なんで?! 今日はもう用事ないって!」

「ごめんね、リリちゃん」


 お金をさっとリリちゃんの鞄に滑り込ませた。


「ヤダ! もっと紋さんと飲みたい!」


 リリちゃんの可愛いワガママに、男性陣の顔がだらしなくなる。そんな中で犬塚さんが口を開いた。


「リリちゃん、ワガママ言わないの。紋さんだって、急に用事ができることだってあるでしょ。大丈夫、俺が送ってくから」


 一緒に立ち上がった犬塚さんは、私の背中を押すように軽く触れた。その手がごく自然に腰を抱く。


 腰はだめだろう、と思ったが、皆の前で払いのけるのも悪い気がして、そのままにしておいた。


「あ」

「え」

「犬塚お前いつの間にっ」

「きゃあああ紋さん紋さん紋さん!」


 一気に賑やかになった。

 絶対色々な誤解を生んだ。

 たった1つのさり気なくあざとい些細な行動でここまで場を大騒ぎにした人を私は初めて見た。


「また飲もうね、お先に失礼します」


 皆に軽く手を振って店の外に出る。

 腰に犬塚さんの手のひらの温度を感じながら。

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