第一幕 疲れ果て眠る踊り子の見た夢は(1)
リリちゃんに引っ張られるように入ったお店は、居酒屋と小料理屋の間のようなお店だった。
「千彩菜も咲音も入ってて、男性の方は1人遅れてるみたいです」
「遅れてるってまだ10分前だよ?」
「こういう時は男が早く来るのが常識なんですよ!」
7時は合コンの開始時間にしては早い。
だいぶ無茶苦茶なリリちゃんの意見に苦笑いする。
彼氏が出来た美羽ちゃんがキャンセルしてきたため、私が呼ばれた。
皆とは年齢も違うから、と遠慮したのだが、どうしても、と言うリリちゃんに押し切られた形だ。
「今日は地方公務員さんですから! もしかしたら紋さんに合う人もいるかもだし! 気合入れてください!」
「私が気合入れても困ると思うよ?」
「何言ってるんですか! シャキッとしてください!」
男性3人。咲音ちゃんと千彩菜ちゃんの隣にリリちゃんを押し込んだ。私が一番端に座る。
店員さんに飲み物を聞かれたので烏龍茶を頼んだ。
開始時間ちょうどに、最後の1人が現れた。
「どちらさま?」
その声が既に不機嫌だった。
椅子を引いて座る所作はとても美しい。恐らく育ちが良いのだろう。
そして無表情。綺麗な顔立ちをしているから、余計怖い。
どう考えても怒っている。とても静かに怒っている。
仕事なら、こういう人からのクレームが、実は処理が一番楽だったりする。
起きていること、問題が起きた理由を筋道立てて説明すれば、大方理解してくれて、落としどころを一緒に探せる。
私は仕事と同じように正解を出す。
どちらさま、という問いに対して、明確な回答と、名乗りが遅れたことに対する詫びを込めて頭を下げること。
「近くの総合商社に勤めております、高城 紋と申します」
今日の主役は私ではない。隣に座る若い彼女たちだ。
怒りを受け止めるのは私の役割。
顔を上げると男性と目が合った。
冬の空のような、少し遠くて澄んだ目の色。
視線が少し逸れて、私の耳のあたりにいく。
思わず自分の耳に触れた。ピアスに髪が絡んでいた。髪を耳に掛ける。
「前山 リリです」
「東 咲音です」
「二上 千彩菜です」
男性の視線は名乗った順に横へ移っていく。
私以外は二十代。
はっきり言って美人揃いだ。
これは採用担当が面食いだったから。
私の頃は『顔よりも愛想』とか、『顔よりも人柄』だった。時代は変わる。
「じゃあ、犬塚 晄くん、全員の名前言ってみようか」
男性側の幹事さんが、自己紹介しなさそうな私の目の前の人の名前を呼んだ。
呼ばれた犬塚さんが、私の目を見て、まっすぐに私を指差す。
「紋」
返事をしそうになった。
「リリ、咲音、千彩菜」
1人ずつ指をさして名前を言う。
一発で覚えた。凄い。
犬塚さんはきっと仕事の出来る人だろう。
こんな人の部下になりたかった。
今、私が20日連勤で残業し続けているクレーム対応とサポート業務も、犬塚さんならサクサク指示して片付けてくれそうだ。
内輪ネタに走りがちな後輩たちの話題を当たり障りのない話に戻しながら、空いているグラスがないか確認して、注文をする。
この辺りは経験が物を言う。
今では考え事をしながらでも相槌を打ってお酌も出来る。
開始30分頃から、スマホが何回も振動している。
絶対に彼だな、と残業している部下の顔を思い浮かべる。
杉山さんは、私と同い年で2年前に中途採用で入社してきた。
最初は営業課に配属されていたが色々あって今は私の部下になっている。
私が今している仕事の原因を作ってくれた人だ。
そんな人からの電話、出たら最後。呼び戻されるに決まっている。
でも無視し続けるのも、たぶんこのあたりが限界。さらに炎上しかねない。
頃合いを見て席を立ち、折り返しの電話を掛けた。
すぐに杉山さんの怒鳴り声がした。
「なんですぐに電話に出ないんですか?!」
「業務時間外だからです」
「部下の報告連絡相談には迅速に対応するのが上司ですよね? 職務怠慢ですよ!」
「申し訳ありません。では、報告をお聞きします。相手先との面談はいつになりましたか?」
「え、それは、課長の時間を確認してからアポ取りしようとしていたので」
「まだなんですね?」
「それは」
「次に進捗報告をお願いします。タスクの洗い出しと再編計画はどこまで進みましたか?」
沈黙。
一体、何のために8件も着信を残してくれたのだろう。
「他にあれば聞きます」
「あのですねえ、課長が退社されてから先方から電話が入りまして進捗を確認されまして、今は課長がいないのでお答え出来ないと伝えました。課長が戻り次第お答えします、と伝えてますので、連絡お願いします」
「待ってください。退社前に私は杉山さんに先方へ進捗報告したか確認しましたよね? あの時、杉山さんは終わっています、と答えていたと思うんですが」
「あの時は連絡していたんですが、先方が会議で捕まらず、内容までは報告出来ていませんでした」
それは、終わっているとは言わない。
「自分、凄く怒鳴られて怖かったんです! あれ、絶対カスハラですよね?!」
「報告を怠ったこちらの非がある以上、先方の非を声高に責めることは出来ません。怒鳴ったことは確かに先方の非ですが」
「だったらもうこれは課長の責任ですよね?! 僕が怒鳴られるのはおかしいです! 課長が先方に謝罪してください!」
「分かりました。先方へは私から謝罪を入れます。杉山さんはすぐにタスクの洗い出し、納期の提案のための資料を私に提出してください」
「なんで課長に提出しないといけないんですか?! これは僕と先方の話で、先方が勝手に怒っているのが悪いんですよ?!」
ため息をつきそうになって、深呼吸をした。




