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第四幕 甘い夢は闇夜に溶ける(5)


「失礼します、紋さん、具合どうですかぁ?」


 肩が震えた。


「公安っ」


 振り返った小谷さんが苛立ちを隠さずに睨みつける。

 修也さんだった。


「やば。まだいたのかよ」

「公安が、高城さんに、何の用事ですか?」

「単なる見舞いだよ。花、被ったけど」


 ずい、と私に向かって花籠を差し出す。


「ありがとうございます」


 受け取って眺める。

 こちらは黄色い花がメインの、籠に入ったアレンジメントフラワーだった。籠にあしらわれた白いリボンが可愛い。


「気に入った?」

「はい。可愛いお花、ありがとうございます」


 礼を言うと、修也さんはにやりと笑って、小谷さんを見た。

 小谷さんが修也さんを睨みつける。


 2人は仲が悪いのだろうか。喧嘩なら外でやってもらいたい。


「今日は、紋さんに謝りに来たんです」


 修也さんが勝手に近くの椅子を引き寄せて座る。


「どういうことですか?」

「賢治に吐かせて、二課長にも話を聞きました。合コン、組んだのは賢治と美羽さん。ガサ入れの日が前倒しになったのは、ガサ入れ予定日と、捜査一課で追ってた被疑者が確実に捕まえられそうな日が被ってたから。不用意に紋さんにストレスを掛けてしまいました。申し訳ない」

「待ってください!」


 声を上げたのは小谷さんだった。


「じゃあ、警察が踏み込んだ日に会社の人が揃っていたのは偶然だって言うんですか?」

「ああ。なあ、澤村くん?」


 突然水を向けられた澤村さんが固まる。


「俺は、次の日も忙しかったとしか」


 刑事としての経験値の差なのか、澤村さんにしても小谷さんにしても、修也さんに上手く転がされているようにしか見えない。


 食えない人だ。


 晄くんは、私の目を見て謝ってくれた。守りきれなくてごめん、と。それだけで私は充分だった。

 それなのに、それ以上をくれようとする。


 晄くんは確実に、あの時間に会社にいる人が多いことを知っていた。私の言葉を全て覚えている人だ。踏み込むならあの時間だと考えていた。

 それを言うだけで良かったのに、高城から引き出した情報だと言えば済んだのに。


 あの最後の飲み会は、会社からの嫌がらせだと言ったのは私。

 行かなければいいと言ったのは晄くんだ。

 そして、行かなくていい状況を作ってくれた。

 お店には迷惑を掛けてしまったが。


「月曜日の夜、高城さんの送別会と、新体制の立ち上がりを兼ねた飲み会が予定されていたはずです! 高城さん、そうですよね?!」


 頷こうとして、動きが止まる。


 お金を徴収されていない。

 開始時間も教えてもらっていない。

 呼ばれていなかったとも取れる。


 それよりも、そもそも本当に飲み会は予定されていたのだろうか。

 趙くんは、お店を予約していたのだろうか。


「小谷さん、それは高城さんじゃ答えられなくない?」

「公安は黙ってください!」

「はーい」


 修也さんの軽い口調に、小谷さんの顔が歪む。


「高城さん、答えてください! その飲み会には、社長も出席すると分かっていたから、高城さんは出ることにしたんですよね?!」


 知らない。

 社長の動向など気にしたことがない。


「黙っているのは、得策ではないと思いますよ? 非協力的だと聴取が長引きますから」


 脅しのようなひと言を添えられても、私には答える言葉がない。


「秘書課の人が、高城さんは社長とそれなりの関係があったと証言しています。社長自身も同じ旨の証言をしています」


 ――やられた。


 本当に全部背負わせる気か。

 知らないことの証明などできないから、何も答えられない私に。

 秘書だけでなく、社長自身が高城 紋を愛人として手元に置いておくために、出向をやめさせたと言ってしまえば、私がいくら関係を否定しても誰も信じない。


 そこまでして私に着せたい罪は何なのだろう。


「私は、社長の愛人ではありません」


 何とか、それだけ絞り出した。


 新入社員時代、何件かの取引先にやたら気に入られて、愛人にならないかと誘いがあった。化粧を変えたり、服装を変えたりして、そういう目で見られないように努力してきた。


 胃が、痛い。


「うん。紋さんはそんなことしてないよね。小谷さん、そういうの、裏取りしてから詰めないと、侮辱罪で訴えられるよ? 俺、もう身内逮捕するのイヤなんだけど」

「公安は随分と高城さんの肩を持つんですね」

「公安じゃなくて、俺が紋さんと晄の味方してんの」

「犬塚係長は既にこの案件から外されているはずです!」

「そうだよ。紋さんが参考人に上がった時点で、晄は自分を捜査から外してほしいと願い出た。ガサ入れまで引き延ばしたのは課長だ」

「……外されたんじゃなくて、外れたんですか?」


 小谷さんの顔色が変わる。

 小谷さんの中の何かが崩れた瞬間だった。


「鷲尾商事は出向先に高給取りばかり出して、向こう1年のシステムメンテナンスを無料にする代わりに、出向社員の給料を相手に支払うように要求してる。本社勤務時と同額を、だ。

 当然、地方の中小企業には荷が重い。結果、その地方の企業が1つ潰れて、鷲尾の社長のお友達の会社がほんの少しだけ利益を得る。

 やり方は悪質だが、それ単体では罪に問えない。だから公安は鷲尾から手を引いた」


 複数の会社が膨れ上がった人件費に潰された。出向していった先輩方も、切り捨てられている。

 だから、地方都市では鷲尾商事と取引のある会社に警鐘を鳴らしていると、あの時、和田さんに聞いた。


 鷲尾商事にしてみれば、人材育成の一環。経営方針。そう言い切れる。相手先が潰れたのも、相手先が甘い見積もりで受け入れてしまったせいだと言えてしまう。


 今回、警察が踏み込んだのなら、それ以上の何かを掴んだのだろう。

 社長個人への賄賂とか、度を超えた接待とか。決定的な何か。

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