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第四幕 甘い夢は闇夜に溶ける(2)


「失礼します、澤村です」


 晄くんが立ち上がって、扉の前にいる男の人を見た。澤村と名乗ったその人も、警察の人だろう。晄くんよりもかなり若く見えた。


「澤村さん、ここのパソコン、全部課長権限付きだから」

「はい。あ、警視庁刑事部捜査一課、澤村です」


 澤村さんは私たちに向かって手帳を見せて挨拶した。

 座ったまま頭を下げる。顔を上げると澤村さんと目が合った。


 澤村さんが固まっている。


 自分の部署で恋人がいると言ったのなら、この澤村さんもそれを聞いて、もしかしたら写真くらい見たかもしれない。

 固まるのも、無理はないかもしれない。


 警察官でも動揺するのが分かって、肩から少しだけ力が抜ける。

 さっきからずっと痛み続けている胃が、吐き気と頭痛を連れてきた。


「失礼します。警視庁刑事部捜査二課、山口です」


 入ってきたのは合コンで晄くんの隣に座っていた人だ。


 晄くんの手が、私の座っている椅子の背もたれを掴む。


「山口さん、手帳忘れてます」


 晄くんの指摘に、山口さんは顔をしかめた。

 手帳を取り出して、顔の横に掲げると手帳をしまう。


「パソコン内のデータを取らせていただきます」


 山口さんが西畑さんの隣に来る。

 パソコンにUSBメモリを挿そうとして、USBポートを探している。


「あの、このパソコン、ポート使用不可になっているのでデータを取るならクラウドに接続しないと無理かもしれません」

「使用不可?!」


 怒鳴られて、西畑さんが身をすくませた。


「総務課に確認してもらえれば分かると思います」


 おどおどと西畑さんが申し出た。


 山口さんは舌打ちするとスマホでどこかに電話を掛け始めた。


「USBポート使えないんですか?」


 晄くんの声がしたので顔を上げた。


「はい。企画部と営業部のパソコンは社外に持ち出すことがあるのでポートを塞いでいます」

「それだとデジカメのデータとか取り込むのもできなくないですか?」


 いつの間にかこちらへ来ていた澤村さんが身を乗り出した。


「はい。データを取り込むときは、ポートの使える総務部にデジカメごと渡して、取り込みを依頼します」

「総務部はUSBポートを使えるんですね?」


 晄くんが、私の隣にいる工藤さんを見た。


「はい。私のパソコンのUSBポートは開放してあります」


 工藤さんが私を見てから、晄くんを見て頷いた。


 工藤さんが落ち着いて答えているのは、晄くんと澤村さんの口調が穏やかだからだ。


 山口さんは捜査二課と名乗って、晄くんと澤村さんは捜査一課と言った。

 テレビドラマとかでよく出てくる捜査一課は聞いたことがあった。捜査二課というのが何かは知らない。


 部署が違うせいか、山口さんと晄くんの雰囲気はだいぶ違う。


「ポート開放されていないパソコンは現物押収でいいんじゃないですか?」


 山口さんが電話に向かって言っている。

 だが、この会社の社内パソコンは電源オフと同時にローカルデータが消える仕様になっている。

 データ保存と管理は、総務部総務課の仕事だから、そちらからクラウドにアクセスしてもらうのが早い。現物は持って帰ってもただの箱だ。


 それを言おうとして、吐き気の違和感に気付く。鉄の匂いが、喉の奥をせり上がる。

 不快感に耐えているところへ、鋭い痛みが走った。胃の辺りを服の上から押さえる。

 トイレに、と手を上げようとした時だった。


「はい、失礼します! 須賀さん、ここの刑事さんたちはどうですか?」


 修也さんの声に会議室にいた全員がそちらを見た。


「新山さん?!」


 澤村さんが驚いたように声を上げた。


「お、ここの担当、澤村くんか。あれ、晄も?」


 新山 修也さんだ。

 今朝、会ったときに、晄くんとは部署が違うと言っていた。

 晄くんも、あの合コンにいた中で捜査一課は自分だけだと言っていた。


「なんで生活安全課が来てんだよ?!」


 凄んだ山口さんに向かって、修也さんの後ろから顔を出した美羽ちゃんが叫んだ。


「いた! あの人です!」

「あの丸いの? 間違いない?」

「間違いありません! あの人です! あの人に騙されました!」


 美羽ちゃんに指差された山口さんの顔が青ざめていく。


「あの人が、『新山 修也』を名乗って、須賀さんに交際を申し込んだ、で間違いないですね?」

「はい!『新山 修也だから、修ちゃんって呼んで』って言われました! 何回かデートして、その後、連絡が取れなくなりました!」


 修也さんは山口さんに近寄ると肩を叩いた。


「話、聞かせてもらうぞ」


 山口さんが修也さんの手を乱暴に振り払う。

 美羽ちゃんの体が震える。でも、美羽ちゃんは唇を噛み締めて立っていた。


「ふざけんな、今、どういう状況か分かってんのか?!」

「もちろん。この時期に鷲尾の関係者に接触するとしたら二課だろうって踏んで来たんだから」


 修也さんの口調は軽いのに、私の震えは止まらない。


「今なら現場に二課全員揃ってるだろ? 面通しには丁度いいって思ったんだよ。ガサ入れが1日前倒しになったって聞いて焦ったけどな」


 修也さんの顔が険しい。

 山口さんと至近距離で睨み合っている。


 晄くんが動いた。澤村さんの肩を軽く叩いて、山口さんの手からUSBメモリを取ると、工藤さんのパソコンに挿した。

 澤村さんは美羽ちゃんを私の近くの椅子に座らせる。


「暴れんな、賢治。誰も身内に手錠なんか掛けたくねえの。分かるだろ?」

「そんなの後でもいいだろ?! ガサ入れ中に抜けるわけにはいかねえんだよ!」


 山口さんが手を大きく振り回す。その手が修也さんの顔に当たった。

 そこから一瞬で、山口さんの上半身が机にうつ伏せに押し付けられた。

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