第三幕 仮面を付けた道化師たち(4)
電話を切って二課の事務室に向かう。
「賢治、ちょっと面貸せ」
賢治の顔色が変わる。
憶測の全てが確信になった。
人気の少ない資料庫に連れて行く。
「いつからだ」
「いつって?」
「いつから、鷲尾商事を張ってた?」
「……今年に入ってからだよ」
「10カ月も。1つの事件によくそこまで時間かけられるな」
皮肉だった。
捜査二課が1つの事件に掛ける時間は数ヶ月から2年程度。裏取りが難しい案件ばかりだ。今回の鷲尾商事は動きが早いほうだろう。
捜査一課とは、事件の本質が違う。
割ける人員の数も、許されている捜査方法も。
「身分詐称は、捜査二課には許されてない」
「合コンの話か? 俺たちは公務員だろ? 嘘はついてない」
「あの合コン、どうやって仕組んだ?」
「俺は誘われただけで」
「修也も蓮も、合コンならお前を誘わない」
それは潔癖な人間だからではない。
賢治が既婚者だから誘わなかったのではなく、賢治の妻から、賢治を誘わないように釘を刺されているだけだ。賢治の妻は元警察官。挨拶程度なら、俺でもしたことがある。随分と舐められたものだ。
「だから、お前込みの合コンなら組むのはお前だけなんだよ」
「あれは、たまたま」
「お前な。俺に嘘がつけると思うなよ? それで、取りたい情報は取れたのか?」
沈黙はいつも雄弁だ。
「欲しかったのは、出向先の潰し方か?」
「特別背任の証拠だよ! 中央建設に無理やり人間入れて潰したのは鷲尾の社長だって証拠! 同じやり方で他の企業も潰してるなら、出向に出された奴や、人事部が何か掴んでるはずだ」
「残念だったな、合コンに来たのが社長と繋がりのない下っ端ばっかりで」
紋は出向を断って相手の会社を潰しかけたと言っていた。
澤村が探し当てた旅館の女将は、融資してくれる銀行を紹介してくれたのは写真に写っている紋で間違いないと言った。
紋が出向する予定だったのは、澤村が行った秋田の旅館美郷だ。
「それでも、全くハタケ違いの出向が常態化してる話は聞けたよ。おかげで捜査が進んだ。それが悪いのか? これ以上、倒産する会社を出さないうちに本丸を押さえられるならそれでいいだろ?!」
良くない。
何も良くない。
今、鷲尾の社長が捕まったら、会社の悪い話が広がったら、紋が身を削って出そうとした成果が、何よりも守ろうとしていたものが失われてしまう。
この時期に会社を辞める紋は、悪事に加担していないのに、前職が鷲尾商事というだけで再就職が絶望的になる。
何ひとつ、いいことなどない。
「それより晄。持ち帰った女、ちゃんと切ったんだろうな? 抱えてたらいい笑い者になるから気をつけろよ?」
賢治の胸ぐらをつかんで、壁に押しつけた。
「犬塚さん、ダメです!」
割って入ろうとしたのは藤原だった。構わず、賢治の首を押さえつける。
「晄! やめろ、バカ!」
蓮の声がして、無理やり引き剥がされた。よろけたところを、藤原に受け止められる。
汗ばんで小刻みに震えている藤原の手に、我に返った。
「悪い、藤原さん。ありがとう」
「いえ」
賢治から距離を取り、冷たい壁にもたれて頭を冷やす。
「何なんだよ。まさか、あんな年増に本気なのかよ」
賢治は這いつくばって咳き込みながら悪態をついた。蓮がその頭に向かって怒鳴る。
「賢治! 言葉選べ!」
「交通課は黙って切符でも切ってろよ! 俺らは何ヶ月もずっと準備してきたんだよ! 個人的な感情挟んで捜査台無しにされちゃ困るんだよ! 捜査進めるために女使うなんて普通に誰でもやることだろうが!」
「そういう考え方がうちに苦情になって入ってきてんだけど?」
落ち着いた声で修也がやって来た。
修也の後ろには桑野。
呼んできたらしい。桑野は気が利く。
「は? 生活安全課?」
廊下に座り込む賢治が修也を見上げる。
「お前ら捜査部は知らないだろうけどな。刑事に乱暴な口を聞かれたとか、威圧的に協力を求められたとか。そういう苦情はこっちに全部回ってくんの。あと、白バイ隊員が路駐してるとかな」
修也は、にやりと笑って蓮の肩を叩く。
今の白バイ隊長は蓮だ。蓮が顔をしかめている。
「まあ、今回は、晄が同期のよしみで軽く腕に触ったら賢治がすっ転んだってところだろ」
「違う! 晄が俺の首を締めてきて」
「それ、書いていいのか?」
「は?」
「内輪揉めを報告書に上げるんなら、俺は発端になってる話まで書く。賢治、お前はそれでいいんだな?」
修也の言葉に、発端が合コンにまで遡ると気付いた賢治が首を横に振った。
「俺が、1人で転んだだけだ」
「ケガはないな?」
「ない」
「じゃ、解散な。晄、ちょっとコーヒーでも飲みに行こうか」
「いや、仕事が、ある」
「だめ。行こうか。桑野くん、上手く言っといてくれる?」
桑野の戸惑ったままの返事を背中で聞いた。
修也は俺の背中を押して歩き出す。蓮も一緒だ。
食堂の片隅に陣取って、安いコーヒーを飲む。
「一課の係長が何やってんの。バカじゃないの?」
修也の言葉に返す言葉もない。
「手間かけさせて、悪かった」
「別に大した手間じゃないよ」
無言でコーヒーを飲んだ。
2人とも、紋のことには触れてこなかった。
その日の夜。
鷲尾商事本社のガサ入れが決まった。
押さえる資料と、呼び出す参考人の名前の入った捜査資料を見て、課長の席に足を運ぶ。
「どうした?」
「課長。二課の応援なんですが、俺を外してください」
「来週のガサ入れと参考人聴取で終わりだろ? もう少しじゃないか」
「すみません。俺にはできません」
室内がざわめくのが分かった。
「理由は?」
「参考人の中に、個人的に付き合っている人がいます」
課長の戸惑いが伝わる。
「親族ではないんだな?」
全員が、こちらの様子を伺っている。
人手が足りないことは分かっている。
刑事は、親族に犯罪者がいるとなれない職業だ。
親族は自分の血縁関係者だけではなく、配偶者と配偶者の血縁関係者、さらにその配偶者まで含まれる。
紋は犯罪者ではない。
配偶者でもない。
それでも、自分と無関係のフリをするのは違う。
「親族では、ありません」
声がかすれた。
「分かった。参考人聴取からは外す。ガサ入れは人手が必要だ。特に犬塚並みに現場で指示を出せる奴は替えが利かない。頼む」
課長がこう言う時は、本当にどうしようもない時だと知っている。
「分かりました。ガサ入れは出ます。ただし、課長から二課に、俺の条件をねじ込んでください」
課長に条件を告げた。




