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第二幕 降り始めの雨が小枝を揺らす(5)


「私は、こんな指示はしていません」

「私もです。企画課では営業が持ってきた案件に沿う提案しか出さないようにしています」


 私と西畑係長から反論を受けて、人事課長が杉山さんを見る。


「でも係長は成績を上げろと言いました!」

「なんでそれが色営に結び付くんだよ!」

「西畑係長、落ち着いてください。杉山さんも、大きな声を出さなくても聞こえますので」


 工藤係長が口を挟む。苛立ちが見える。 

 私が呼ばれるまでに色々な話が出たに違いない。


「企画課として、個人的な関係の上に成り立つような営業をすることは推奨も指示もしていません。HDMホールディングスとの取引金額も納期も、仕様書に照らし合わせて逸脱したものではありませんでした。契約内容は妥当なものだったと考えています」


 言いながら、妥当だからこそ、個人宛の調停申立書なのだと思った。

 HDMホールディングスの社長は、3週間の延期を申し出た時に、佐原さんから話を聞いていたのだろう。佐原さんの泣いた理由が分かってしまった。


 杉山さんも、恋人関係までいっていたなら、ちゃんと仕事をすれば良かったのに。

 もしかして、データの修正方法が分からなかった、とか。

 いや、まさか。あんな簡単な作業、半年もうちで仕事をしていれば誰でもできる。

 まさか。


 “まさか”があり得るのが杉山さんだ。


「杉山さん、正直に答えてください。前にいた会社で立ち上げた企画は、社内システムの開発ですか?  それともゲームアプリですか?」

「社外向けのWEBサイトのデザインです」

「……予約受付とか問い合わせフォームとかの?」

「そこまでの注文はありませんでした」


 人事課長が頭を抱えていた。


「プログラミングは誰から教わりました?」

「独学です」


 確かに独学で会社を立ち上げる人もいるが、杉山さんでは無理だと思う。最近は言語も多様化して、1つに特化するか、全てを網羅していくかで、企画課内でも意見が割れているところだ。あの会議、確かに杉山さんは船を漕いでいることが多かったな、と思い出す。


「そうですか。分かりました」

「じゃあ、課長が裁判所行ってくれるんですね」

「行きません。この申立書は杉山さん宛です。杉山さん本人か、その弁護士でなければ、裁判所に行っても欠席扱いになります」

「そんな」


 杉山さんはがっくりと項垂れているが、どうしてがっくりできるのか分からない。

 どう考えても私が出向く理由がない。


「総務部長、調停申立書は会社宛には届いていないんですね?」

「はい」


 ということは、現時点で、HDMホールディングスは会社同士の争いにする気はなく、個人の話し合いで決着がつくことを願っているということだ。

 佐原さんに知恵と弁護士をつけたのは、向こうの社長で間違いないだろうが。


 うちの社長が個人的に杉山さんに弁護士をつければいいと思う。


「私、杉山さんの罪を被って退職なんかできません」


 私ははっきりと宣言した。


「社長が来られたとしても、考えは変えません」

「退職金を全額にするとしても?」

「はい。色営は、飲めません」


 この時間、本来は私の退職に伴う新体制を整える会議が予定されていた。

 もちろん、その前に2人の係長に引き継ぎをする予定だった。

 本当に次から次へと、いらないことしかしてくれない人だ。


「私は何度も、私には杉山さんの指導はできないと、総務部長にも、人事部長にも、申し上げてきました。社内での指導もままならない私に、社外、しかもプライベートの管理までできません」

「時間外に杉山さんに業務の連絡をしたそうですが」


 ほら来た。だから時間外に電話を掛けたくなかったのに。


「発信履歴は確認していただけましたか? 時間外に杉山さんから8回着信がありました。それに折り返しただけです」


 業務用のスマホの着信履歴を呼び出して、人事課長に見せた。


「杉山さん、お話が違うようですね。この調停申立書はお渡しします。ご自身で処理なさってください」


 最初からそこが着地点だったのか、人事部長は流れるように杉山さんを退席させて私を見る。


「高城課長」

「はい。杉山さんの手前、あのように申し上げましたが、諭旨退職で構いません。退職届は書き直します」


 朝の全体会議で、ただの退職ではなく、処分付きの退職となることは決まっていた。

 どこまでの処分になるかは分からないが、最も重くて諭旨退職だと言われていた。


「すまんね。高城課長にばかり背負わせてしまって」


 HDMホールディングスとの取引の他にも、杉山さんが数件やらかしていることが分かっている。営業部にいた頃の後輩へのセクハラから、工藤係長へのセクハラまで。

 再三の注意にも関わらず、杉山さんに反省の色は見えなかった。

 ここからは私の処分内容を詰めるのだろう。


「内容を具体的にすると、今後何かが出てきた時に対応できないが、あまり曖昧なものも困る」

「ハラスメント関係は被害者が特定できないように、把握している出来事だけ記載します」

「業績に関しても、相手先の名前は伏せて、あと時期も特定されないほうがいい」

「分かりました」


 はあ、と工藤係長のため息が漏れた。


「私にも無理ですよ、杉山さんの面倒を見るなんて」

「自分にも無理です。木村課長、人事で引き受けてもらえませんか?」


 西畑係長から人事課長の木村さんへ直球が投げられた。


「無理」


 木村さんも返事が早い。


「スキルアップ研修の名目でどっかの専門学校に放り込めないですか? さっきの話では独学ってことでしたし、半年くらい勉強すれば多少はマシなんじゃないでしょうか」


 提案したら人事部長がこちらを見た。


「いっそ1年でもいいな」

「2度と戻ってこなくていいです」


 工藤さんがとどめを刺した。

 誰一人擁護しないあたりが、本当に凄い人材であることを物語っている。

 まあ、この場に社長がいれば、皆、こんなに自由に口を開いたりしないだろうが。


 人事課長の木村さんも、私と同期入社で、新人の頃はよく4人で飲みに行ったりした。彼が一番早く課長になった。

 私がいなくなった後、3人が上手く連携してくれたらいいな、と思った。

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