子犬
「フェデリコは結局、子犬だ。母犬が突然いなくなり、寂しい、となったが、能動的に探さない。寂しさを紛らわすために酒を飲み、酒に飲まれ、新聞も掲示板も見なかった。彼女が『世界で一番美しい遺体』になったことさえ知らず、今日まで過ごしていた」
ジークフリードはため息と共にロゼワインを口に運ぶ。
今日の夕食の肉料理は鶏肉のフリカッセだった。クリームの煮込み料理なので、ジークフリードはロゼワインをお供に選んでいた。エリディアナもこのペアリングに挑戦したが、とてもよく合うと思っている。鶏肉のフリカッセ自体が優しい味わいなのだ。赤ワインより軽く、フレッシュなロゼワインはクリームと鶏肉にピッタリだった。
フェデリコへの尋問は一日掛かりとなり、全てを終えた辺境伯とその婚約者は夕食の席についた。
フェデリコへの尋問。
それは休憩を挟み、続けられ、最終的にフェデリコは氷室へ向かった。そこで『世界で一番美しい遺体』になってしまったカタリーナとの再会を果たし、初めて彼女の死を実感する。
フェデリコはその場で泣き崩れた。その姿は母犬を失い、呆然とする子犬のようだった。
ジークフリードが指摘する通り、フェデリコはカタリーナのことを慕っていたが、それは母を求める感覚に近かった。自分を庇護してくれる存在。急に姿が消え、金も食事も温もりも失った。
フェデリコはただ自分が寂しいという感情に支配されてしまう。カタリーナを探そうともせず、シュヴァルツ警備隊にも相談しなかった。
フェデリコが世間知らずだったのかもしれない。何より彼自身、甘え癖がつき、能動的に動けなかったとも言える。
ともかく彼はカタリーナを探そうとせず、そして金が尽きた。ホテルの金庫に現金があるとは知っているが、暗証番号が分からない。フェデリコは何度か開けようと試みたようだが、鍵は解除できない。
宿泊代は前金を払っている。
しかし滞在が長引く客は、途中精算が求められた。延泊するなら今日までの分は一度精算するということだ。長期滞在した挙句、宿泊料・飲食代を払わず、とんずらするような悪人もいる。そんな悪党はそう簡単には捕まらない。別の事件・事故に追われ、捜索は後回しになり、結局被害を受けたホテルが泣き寝入りになる。そこでホテルは途中精算の制度を思いついた。これなら少なくとも客が悪党だったとしても、全額を棒に振らないで済む。
慣習に従い、精算を迫られたフェデリコは大いに焦る。ホテルを追い出されては行くあてもなく、何よりお金もない。王都へ戻るための帰りの汽車のチケットさえ、持っていなかった。このままでは路頭に迷ってしまう。質屋に売れるものがないか、カタリーナの荷物を探ることになる。だが金目の物はすべて金庫にしまってあった。荷物を漁っても、出てくるのはメイク用品や下着など、質入れが難しいものばかり。香水と金具が壊れたブレスレットが見つかったが、売れても二束三文。とても足りない。
そこで思い出したのが、クローゼットにいれ、放置していた宝石箱だ。宝石箱を見ると、自分のことを足払いし、尻もちをつかせた優男のことが思い浮かぶ。さらに今この瞬間にもカタリーナとその男が一緒にいると思うと、不快になる。そこでフェデリコはカタリーナに叱られるかもしれない……と思いつつも、その宝石箱を質入れすることにしたのだ。
ホテルから途中精算を迫られ、お金が必要だった、ということもある。だがどこかでフェデリコは期待していた。この宝石箱を売ったことにカタリーナが気づき、自分のところへ戻って来てくれるかもしれないと。
「フェデリコ! これは大切な商品なのよ。売るなんてダメ!」
もしあの垂れ目の瞳を珍しく吊り上げ、怒った顔でカタリーナが現れてくれたら……。厚みのあるぽっちゃりした唇を自身の唇で塞ぎ、全力で彼女を抱きしめ、「会いたかった」と何度も囁くだろう。「どんなことでもする。ボクを置いてどこにもいかないで」と懇願し、彼女が悦ぶことは全てやろうと夢想していた。
「これを質入れしたいのですが」
街外れの質屋に宝石箱を持ち込んだフェデリコのところへ現れたのは、カタリーナではない。シュヴァルツ警備隊の屈強な隊員三名だ。彼はなす術もなく、捕らえられ、そしてジークフリードから尋問を受けることになった。さらには『世界で一番美しい遺体』になってしまったカタリーナと再会することになったのだ。
その一方で回収された宝石箱は傷一つなく、そして中には“アズライトの輝き”と呼ばれる首飾りが入っていた。こうして一気に二つの謎が解決したのだ。
『世界で一番美しい遺体』の身元は判明した。カタリーナ・ディ・ブラガンザ。王都でカタリーナ古美術商会を営む女オーナーだった。そして“アズライトの輝き”と宝石箱は無事、シュヴァルツ辺境伯家に戻って来た。
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