気晴らしの機会
「エニグマ・シークの任務では成功よりも失敗が多い。何せ闇の住人も、百戦錬磨の悪党。そう簡単に罠には落ちない。だから気にするな……と言っても気になるだろうから、気晴らしの機会をやろう」
黒髪をオールバックにし、一重と薄い唇が特徴的な捜査長は、わたしに真新しい封筒を渡した。大きな窓の前にある捜査長の席からは王都の街並みを見渡せる。その街並みを背景に、悠然と革張りの椅子に座る黒スーツ姿の捜査長。その彼から渡された封筒の中身を確認し、尋ねる。
「シュヴァルツ辺境伯領の中枢部となる街フロストピーク……ここへわたしに行け、と?」
「そうだ」と答えた捜査長はマホガニー材で作られたズシリと大きい執務机に両肘をつき、その手に自身の顎を乗せる。
「シュヴァルツ辺境伯家の財宝は王家の宝物庫にも匹敵すると言われている。その財宝の一つにアズライトストーンという鉱石を使った“アズライトの輝き”という首飾りがある。その鉱石は辺境伯領にあるピオーネ山でしか産出されない。宝石としての価値に加え、シュヴァルツ辺境伯家に伝わる秘宝だ。宝石の価格を上回る価値がある」
“アズライトの輝き”。聞いたことがある。シュヴァルツ辺境伯一族にとっては領地の栄光を示す、秘宝中の秘宝。確か辺境伯の城――フロスト城の敷地内にあるシュヴァルツ博物館で展示されていたはずだ。
「フッ。フォークスターくん。さすがだ。その顔は首飾りを知っている――ということだな」
「それは……エニグマ・シークであれば、秘宝については詳しくなりますから」
片眉をクイッとあげた捜査長が上目遣いでわたしを見て尋ねる。
「“アズライトの輝き”は過去一度も闇に沈んだことがないのに?」
「沈まれると厄介な物は予め情報をインプットしています」
「……なるほど」と捜査長は口角をあげる。
なぜだか彼は嬉しそうな顔をしていた。
「闇ルートに一度沈めば……浮上は難しいだろうな。そこで若きシュヴァルツ辺境伯が国王陛下に泣きを入れた。折しも彼は新妻を迎えたばかり。盛大な結婚式は秋に予定しているが、既に婚姻関係は結んでいる。そこで結婚祝いとして、“アズライトの輝き”の捜索をエニグマ・シークで請け負って欲しいと言ってきた」
「つまりわたしの新しい任務ですか?」
「そうだ。既に汽車のチケットの手配は済んでいる。駅に向かい、三番窓口でミドルネームを名乗れ。チケットが手に入る。後は汽車に乗るだけだ」
封筒に中身を戻しながら苦笑する。
「 “アズライトの輝き”について多少の見識はあります。ですがまさか今すぐ汽車に乗れだなんて。昨日の今日なのに?」
「どうせ暇だろう? それとも昨晩の失敗を検証したいか? 昼間から酒を飲み、女に声をかける。『俺に魅力はないか』と自問自答し、何人の女を落とせるか――試すつもりか?」
先輩捜査官に比べ、わたしに対しては寛容な捜査長。だが今は実に辛辣な言葉を投げかける。彼なりのわたしへの慰めなのだろうか?
だが確かに「どうせ暇」だ。エニグマ・シークの任務がないわたしはチェスボードの前に座り、対戦相手を待つ身に過ぎない。
「その検証は不要です。百人中百人、落とせます。それに捜査長。取引中止が失敗とは限りません。何か事情があったのかもしれません。ガリアの聖杯を諦めるつもりはないです」
婆やは、マナー書による知識武装ではダメというが、そこで諦めては終ってしまう。それに実戦経験は……地道に積むもの。焦って積めるものでもない。ハッタリでも落ち着いて優雅に振る舞えば……なんとかなるはずだ。
「分かった、分かった。だがな、取引に来なかった女は、こちらがエニグマ・シークであると気が付いた可能性が高い。そうなると女自身が闇に沈む。深追いをすれば沼にハマるぞ」
本当にあの女は正体に気づいたのか?
わたしが作り上げた偽りの身分を妄信したように思えたが……。
「今は追うな。泳がせておけ。ほとぼりが冷めてから身元を洗え。その時はもう聖杯を売りさばいている可能性が高いが、そこからリスタートだ。売りさばかれた聖杯の痕を再び追う。ベテランと言われるエニグマ・シークが闇から救えた名画や秘宝の数は、多くてもせいぜい二桁だ。闇は深いんだよ、フォークスターくん。焦りは禁物だ。……分かっているとは思うが」
「ええ、捜査長。今は“アズライトの輝き”に集中します。闇に沈む前に救い出しますよ」
これが汽車に乗る前、数時間前に、捜査長とした会話だ。
かくしてわたしは汽車に乗り込み、渡された封筒の書類で、“アズライトの輝き”の首飾りが消えた経緯を反芻していた。
犯人は間違いなく身内だ。入退室記録が取られているなら、すぐに犯人は浮かび上がる。揺さぶられると痛い弱点を持つ者が犯人に違いない。バックに黒幕がいるとしても、動いた駒は素人のはず。そうでなければ“アズライトの輝き”が失われたことが、こんなに早く明らかになるはずがない。
フロストピークについてから二十四時間以内に、この件は解決できるだろう。
カーテンを閉じ、休むための準備を始めた。
お読みいただき、ありがとうございます!
リゲルと首飾り事件が結び付きました。
果たして犯人は……?
じっくり推理いただき、また次の週末にお会いしましょう~















