告白
王都で最高級のホテル。その最上階のラグジュアリースイートルーム。
この部屋をとれと指定したのは女の方だった。約束通り、この部屋を押さえた。彼女が飲みたいと言ったヴィンテージシャンパンも用意し、キャビアとクラッカーも準備したのだ。しかも彼女が望んだ「わたし」自身を差し出すことで、取引は成立したはずだったのに。
――なぜ、現れない……?
バルコニーに出ると、生温かい風がわたしの前髪を揺らす。喉を締め付けるようなテールコートのタイを無造作に外したくなっていた。
ホテルのエントランスのあちこちに秘密諜報部の捜査官が変装し、待機していた。だが東の空が白み始め、取引が空振りに終わったと悟り、彼らは持ち場を去る準備をしている。
扉をノックする音に振り返る。一抹の期待を胸に足早で室内へ戻った。
無駄に広いラグジュアリースイートルーム。出入口の扉がやけに遠く感じる。
期待と不安の入り混じった瞳でドアアイをのぞく。
そこに見えたのは、一見するとホテルマンに見える黒のスーツ姿の男性。だがその正体は……わたしの上司である捜査長イアン・ゴールドマンだった。
◇
フロストピークの街はずれにある質屋に“アズライトの輝き”を入れた宝石箱が持ち込まれた。質入れを希望したのはフェデリコという男性だ。
ここで奇妙な一致がある。
『世界で一番美しい遺体』の女性の正体。その可能性が高いとされているのは、現国王陛下のいとこであるバルト公爵が教えてくれた、カタリーナ・ディ・ブラガンザだった。古美術商会のオーナーでもあるカタリーナは、避暑と“アズライトの輝き”を見るため、王都からフロストピークに訪れていた。フェデリコという年下の男性を連れて。
二つの事件で名前が浮上していたフェデリコが姿を現した。すぐに重要参考人となり、連行される。そしてジークフリード自らが尋問することになった。
フェデリコはフロスト城の敷地内にある大聖堂へ連れて行かれる。通常は一般開放され、観光客で溢れる大聖堂だが、急遽閉鎖となった。そしてまさに主の前にフェデリコは跪き、ジークフリードが祭壇に立ち、そこで尋問が始まる。エリディアナや側近のサルビア他、ジークフリードの家臣は、大聖堂内に用意されている長椅子に座り、その様子を見守った。
フェデリコは実年齢より若く見える。華奢な体型であることに加え、顔立ちが幼い。このフェデリコと十六歳年上のカタリーナは恋人関係にあったのだ。
「フェデリコ・デ・サヴォイア。これから君を尋問するのは、第六十五代シュヴァルツ辺境伯であるジークフリード・フォン・シュヴァルツだ。ここは由緒正しき大聖堂であり、三百年の歴史を持つ。主の御心が宿るこの場で嘘をつけば、君の魂がこの世を去る時、行きつく先は地獄となる。そのことをゆめゆめ忘れず、自分の問いに答えるように」
バラ窓のステンドグラスから射し込む光を受けるジークフリードは、大天使のように美しかった。ダークブロンドの髪は光り輝き、ブルーグレーの瞳は透明感が増している。何よりもこの大聖堂に響き渡る声が聴衆の胸に響く。この時点でフェデリコは圧倒され、今にも泣き出しそうだった。年齢として二人は三歳しか違わない。だがシュヴァルツ辺境伯として経験を積んだジークフリードにはオーラがあった。フェデリコは完全に委縮している。
「では尋ねる。フェデリコ、君は我が領地フロストピークに、誰と何の目的で来たのか?」
凛とした声で尋ねられ、フェデリコは一瞬体を震わせたが、すぐに答えを口にする。
「カタリーナ古美術商会のオーナー、カタリーナ・ディ・ブラガンザ様に連れられ、避暑と観光のため、王都からここへ来ました」
「カタリーナと君との関係は?」
「カタリーナ様は……ボクの恋人です」
「恋人。その恋人は今どこに?」
問われたフェデリコは唇をキュッと噛みしめ、眉根を寄せ、ジークフリードを見上げた。フェデリコとしては精いっぱいの強気の態度。だがジークフリードの見下ろすような瞳に、すぐにたじろぎ口を開く。
「カタリーナ様とは数日前に口論になりました」
「口論。つまり喧嘩をしたと。なぜ喧嘩することになった?」
ジークフリードは淡々と尋ねるが、フェデリコはキッと彼を睨んだ。だがそれは大型犬に挑もうとする小型犬だ。すぐにうなだれ、フェデリコは求められた答えを話し出す。
「……順を追い、説明します。フロストピークに到着し、三日間はホテルの部屋から出ませんでした。二人きりで、ほぼベッドで過ごしました。四日目も同じように過ごすかと思ったら……。カタリーナ様はシュヴァルツ博物館へ行くとおっしゃりました」
「それで実際にシュヴァルツ博物館へ足を運んだのか?」
「はい。そこでカタリーナ様は“アズライトの輝き”という首飾りを熱心にご覧になられ、他にも初代辺境伯の着用した甲冑、三代目辺境伯の肖像画などをじっくり見ていました」
一通りの見学を終えた後、博物館に併設されているカフェに向かう。そこでカタリーナが絶品だというスフレをブランチで食べた。午後は街中にある古物商を見て回ろうと話し、カフェを出て歩き出すと……。
モスグリーンのフード付きローブを目深に被り、口元しか見えない女性が、カタリーナに話しかけた。
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